血刃


武芸者もののふと呼ばれる超常の力を操る者たちが存在する。

元々は太極者、あらゆる技術や超常現象の神髄まで極めた臨界点に属する者であり、その歴史は多くの有名偉人と繋がっている。

力を蓄える為に、臨界点に属する太極者と交わり、その血を家系に注ぎ込み根を強くしてきた。

例えば老神紅姫。彼女の情報は知っている。平安時代初期に実在した皇が宿す呪術を所持し、自らの霊力を血に流し込み変幻自在の刃と変える。

呪いと化した血を操る故に、彼女の異名は呪血皇などと呼ばれていたのだ。


「あのぉ」


車で送迎される事になった俺は、メイド長であるその人の顔を見ながら聞く。


「はい、なんでしょうか?」


下位の武器者として扱われる筈の俺でも、その人は敬語を使って話してくれる、優しい。


「なんで、俺を買ったんですか?」


そう聞くとメイド長はバックミラー越しから俺の顔を見た。

じっと、その視線が外れる事は無く、何故俺の顔を見ているのか不安になる。

と言うか俺の方を見ているから全然前を見てくれない、車を運転しているのだから気を付けて欲しい。


「お嬢様が欲しいと言ったのです」


お嬢様?源家のお嬢様と言えば…心当たりが多いな、単純に源家の直系の娘か、源家に属する女性の事を指しているのか。

心当たりがあるとすれば…当然彼女しかいない。


屋敷に到着した。

この地区一帯は源家の領土となっていて、この屋敷は源家を守護する為に展開されている城の様なものだ。

屋敷に入ると、和服を着込んだゴツい顔をする『武器者つわもの』の人達が二列に並んで腰を落として頭を下げている。

まるで極道に属しているかの様な恐ろしさがあるが、極道よりも恐ろしいのが武芸者と言う存在だ。


庭に並ぶ人達に恐怖を抱きながらも、俺は前を向く。

屋敷の玄関前には、チョコレート色の髪の毛を持つ少女が此方を見ていた。

隣にはランドセルを二つ、前と後ろに抱え込む二つ結びの少女と、おかっぱ頭に眼鏡を掛けた、顔に傷を持つ少女の二人、側近であるかの様に立ち尽くしている。


「ご苦労様、美利みとり


美利と呼ばれたメイドは軽く頭を下げた。

そして俺と美利さんは一緒に極道ロードを歩きながらチョコレート髪の少女の前に立つ。

ジッと小動物を食い殺そうとする獣の如き視線を此方に向ける少女。


「あの…」


声を出そうとした瞬間、彼女は俺の頬をひっぱたいた。

ぱしっ、と耳の良い音が発して、俺は頬を抑える。

ジンジンと痛みが続いている、俺が一体何をしたと言うのか。


「喋って良いなんて許可してないんだけど」


許可制?!


「良い?あんたは買われたの。この私に。これからは、私を様付けで呼びなさい、老神紅姫が、あんたの主なんだから」



俺は黙って手を挙げる。

彼女は再び俺に向けて手を振り上げようとしたが、喋ってはいないので叩く事はせず挙手に対して睨みながら許可をする。


「なに?」


許可が下りたので俺は改めて彼女に質問する事にした。


「なんで俺を買ったんですか?」


明らかにみても、俺を名指しで買う理由など無いだろう。

まさか、早朝に彼女を助けた行為を恩義などと感じている筈があるまいが…。


「…」


老神紅姫は押し黙る、何か口にしようとして開くが、再び閉ざすと鋭い目つきで再び俺の頬を叩いた。


「うっざい、そんな質問、二度としないで」


俺は頬を叩かれて顔面を赤くしているが、彼女も何故か顔面を赤くしていた。

どちらにせよ俺にやらされている事は理不尽でしかない。


その後、俺が居る場所は屋敷の地下だった。地下は薄暗くて、青白い光を放つ蛍が周囲に散っている。


この地下に居る人間は老神紅姫と美利さんと俺の三人だ。

地下室の奥へと進むにつれて、巨大な樹木が見える。

いや、それは樹木の根だろう。

地上には確か、大きな樹木があり、その樹木の根本が、これなのだ。

樹木の根は、何かに絡まっている。その絡まりは、一振りの刀だ。

その刀が木の根に絡まっていて、中々剥がれそうになかった。


「あんた、霊力も少なさそうだし、力を上げるわ」


木の根に絡まる刀を引き抜く。

簡単に引き抜けたのは、その刀が絡まっている大部分は刀を納刀させる鞘のみだったからだ。その刀の刃は赤い、紅色をしていた。その刀身が俺の方に向けられる。


「な、何を…」


老神紅姫が俺の方に近づいて来るので、俺は後ずさりをするが、すぐに美利さんが俺の体を掴んで離さない。拘束されてしまった。


「なに?逃げようとしたの?馬鹿みたい、これから、あんたに力を上げるのよ」


力を上げる。

それは一体どういう意味だろうか、先程は、霊力が少なさそうとは言っていた、と言う事は、その刀を使って俺の霊力を底上げしようとしているのだろうか。


聞いた事があるぞ、霊力が少ない人間は道具に頼り、能力を底上げする事がある。

俺の場合は、人身商人に身柄を買われた際、この体を改造されて、多少の霊力が増加していた。


他の家系であれば、肉体に蟲を押し込んで無理矢理霊力を作り出したり、刀に霊力を押し込めて抜刀時に所有者の能力を増加させる事も出来る。


老神紅姫が持つその武器は、恐らく、何かをする事で霊力をあげる代物なのだろう。

問題なのは、その『何か』と言う部分だ。これから何をするのか分からないから、怖い。


「そのまま抑えてなさい」


俺の体を抑えたまま、老神紅姫が俺の衣服を破いた。

そして、自らの指の腹に刃を添えると、ゆっくりと引いた。

血が流れだして、その血を刃に塗り付ける。


「血儀、『かばね』」


そう告げると共に、俺の首筋に、彼女の血が塗られた刃が添えられて引かれた。

首を切られる痛みが過る…だが、何故か、血が流れ出ていない。

首は斬られたのだが、血が、刃に塗られた血によって押し出されている。

いや…そうか、彼女の塗った血が、俺の血管に入り込んでいるのだ。


肉体の細胞を犯す様に、彼女の体液が俺の中に流し込まれていく。


「…―――」


どくどくと、血の音が聞こえて来る。

そして、刃をゆっくり離すと、俺の首から、ぷしゅぅ、と血が噴き出した。


「これで多少は遣える『兵器者つわもの』になるわ」


そう言った。

俺の体は、異物に犯されている様で、段々と体が熱くなりだした。


その後、数日間俺は熱を出した。

うなされてる間は用意された部屋の中で布団の中にこもりながら延々と苦しみを訴えるような声を漏らしていた。

その際には美利さんがやってきては俺の為に食事や身の回りの世話してくれた。


「大丈夫ですか、お気分は?」


その優しい言葉かけてくれるが俺には質問に答える余裕もない。


「う、ぐあ……」


精々頓珍漢な声を漏らすので精一杯だ。

またある日、老神様がやって来た。


「調子はどうかしら」


と気にかけるような言葉をかけてくれた。

しかしそんな状態でも俺は喋る事が出来ないので、急いで力を振り絞って頭を二度三度振る事しか出来ない。

「何よ。私が来てあげて、そして話しかけているのに、なぜ答えないのかしら?」


「ぐもうっ」


そう言いながら彼女は苦しんでる俺の顔面を、足で踏みつけた。


痛くはないが、しかし口や鼻を抑えつけられているので息苦しい。


黒色のストッキングを履いている彼女の足の裏は、市販品の匂いがしていた。

結局 見舞いに来た美利さんが俺の現状を見るや否や。


「老神様、おやめください」


と微笑みを絶やさぬようにそう言ってくれたのだった。


「……?」


次に目が覚めた時。

俺は体に違和感を感じた。

その違和感は、何ていうか悪い意味じゃなかった。

どちらかと言えば、頭が冴えていたり、快眠であったり、まるで重石が取れたんじゃないのかと思える程、体が軽い。


まさかとは思うが、俺は体を起こして霊力を手から流してみる。

基本的に霊力というものは自らの生命力が体という器から溢れ出たものだ。


それを自在に操ることで身体能力を強化させたり特殊な能力へと変換させることもできる。

しかし生命力というものは使い過ぎれば疲弊し最悪命を落としてしまうものもある。

前回の俺はとにかくその生命力が弱く一分以上も力を放出することはできなかった。

しかし現在は違う。


既に五分以上も霊力を放出させているがまるっきり疲れる様子はない。

間違いなく俺に霊力が加算されている。

そしておそらくは老神様が、あの血液の付着した刀で俺を突き刺したことで霊力が倍増したのだろう。


「よっしゃっ」


思わず俺はそう喜びの声をあげてしまった。

これほどまでの 霊力があるのならば、自らの能力もいち早く発現することだろう。


「…何を喜んでいるのよ?」


騒々しいところを駆けつけたのか、老神様が顔を出してきた。

俺は弱者の人生を変えさせてくれた老神様に向かって敬服の意味を込めて頭を深々と下げる。


唐突な俺の行動に老神様は気色悪いものでも見るかのような目つきをして嫌そうな声を漏らした。


「うわぁ…きっしょ」


罵倒してくるが俺は気にもとめない。

この事実を素直に受け入れて、俺はこの人のために尽くそうと思った。

我ながら単純な事だった。


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