おれはおれだ、証拠はないけど

新座遊

第1話(最終話) 俺の日記は抹消された

今日の日記を書く。

特に何をしたわけでもない。

単なる休日。


外出するのは腹が減るので、家に閉じこもったまま、メタバース世界に没入し、冒険者ギルドに寄って、薬草を探す仕事を受け持っただけだ。


結界の張られた街を出ると、すぐに魔獣に襲われて、死にかけた。

正体の判らない親友に助けられて、すぐに森に向かう。

この親友、たぶん現実世界でもスキル高いんだろうなあ、と想像しつつ、あるいは逆に、メタバース特化の引きこもりである可能性もある。

勇者の能力をカンストしており、運営側からも殿堂入り扱いされている奴だ。

正体がわからないのに親友というのは、ソシオグラム上の設定である。

まあ初期値のランダム性によって位置づけられた運命係数というやつ。メタバース初心者でも疎外感を持たないように、という運営側の配慮なのだろう。

メタバース内での行動履歴などを根拠とした信用スコアで、ある一定の数値を得ないと、この親友ともフリーワードでのコミュニケーションをとることはできない。

プルダウン式の選択肢に従った会話のみである。

たぶん、現実世界での犯罪を防止するための仕組みなのだと思う。


で、森に着いた。薬草を探す。どれが薬草かは、ポインターが示してくれるのですぐに見つかる。

ただしトラップもある。薬草に化けた魔毒草。それを引っこ抜くと毒が回って死んでしまう。するとチャージしているメタバースの通貨、ようするにこの世界の地域通貨から再生費用を差っ引かれて、教会で生き返るということになる。チャージ金額が足りないと、そのまま墓場に埋められてしまう。

運営側も、こういった細かいところで参加者から金を徴収しようってことだな。まあ、税金だと思って納めるだけだ。

判定スキルを持っていれば、毒草か否かは判別できるので、それほど難しいことでもない。判定スキルを得るためには、魔法学校の授業費用とか、それなりの出費があるので、どのみち運営は損をしないように出来ている。


薬草を取ったら、元来た道を辿って、街に戻り、冒険者ギルドに直行。

薬草を渡し、幾ばくかのお金を貰う。

メタバース内では、自由経済が主流であり、そこでリアルに金儲けする者もいるらしい。よっぽどルールに精通してなければ難しいと思うんだが。

俺は冒険の対価をチマチマと集めて、メタバース内の土地を購入することを目指している。土地はNFTであり、売買可能なコンテンツである。


今日も今日とて、単に薬草を探すだけの日だった。さて、日記にはどのように書かれているだろう。

日記は、自分の行動履歴を自動的に文書化してくれるサービスに委ねている。その記録は、情報銀行の俺の口座にストックされ、情報資産として、何らかの商品にもなりうるという。何の役に立つのか、素人の俺にはさっぱりわからないけどね。


日記を読もうと、情報銀行にアクセスしてみる。


あれ?

何もない。日記どころか、俺の様々な個人情報が一切合切、空白になっている。

慌ててソシオグラムを読み込む。

ない。何もない。俺の友人関係の図がなくなっている。

得体の知れない親友とも、接点がなくなっている。

そこには俺のアバターのアイコンが空白の中、ただ一人鎮座しているだけだ。


俺の情報が消えた。メタバースの街は、いつも通り、人々の営みがあった。しかし俺は、この世界の人たちから疎外されている。情報連携が断ち切られている。


慌てて、VRゴーグルを外す。

そこにはいつも通りのワンルーム部屋。情報が消えただけで、俺が消えたわけではない、という安心感。たぶん、運営側でなんらかの障害が発生したのだろう。復旧するまでは、現実世界だけで生活すればいいだけのことだ。


それでも手持無沙汰なので、ノートを取り出し、今日起きた出来事を、ボールペンで書き残すことにしてみた。昔懐かしの日記というのは、こんな感じなんだろうな。


翌日は、出社の日。会社に行き、同僚に挨拶をする。

「誰だお前は」


情報銀行の個人情報で身元保証された俺は、その情報が消えたせいで、現実世界からも疎外されてしまったようだった。










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