大空へ......それは幸せ?それとも......
ゆりえる
転ばぬ先の杖を.....
「このふるいごほんは、なあに?」
絵本の楽しみを覚えたばかりの
「これはね、日記といって、その日、何が有ったのか書いておくものだよ」
「めも?」
「うん、メモ的な意味も有るね、おばあちゃんにとって。小鳥について、色々書いてあるからね。この家には、コザクラインコさんがいるだろう?」
「ぴっぴちゃん?」
「そう、ピッピちゃん。よく覚えていたね、紗香。そのピッピちゃんといつまでも一緒にいられるように、大切な事が書いてあるんだ」
「ぴっぴちゃん、ながいきなんだね」
「ピッピちゃんは、そんなに長生きしてないよ。その日記の時には、ピッピちゃんじゃなくて他の小鳥だった。文鳥さんという小鳥だったんだよ。」
その古い日記の背表紙を見ながら、その文鳥がいた昔に思いを巡らせた。
あれは、二十年前......
桜の蕾が少しずつ膨らみを見せていた頃......
思いがけない不運が重なった、あの日の母の動揺ぶりが蘇ってきた......
……………………
いつも通りの時間なんかに、ケージ掃除しなきゃ良かった!
今日、息子達の小学校は終業式だから、早く帰宅するって事くらい、少し考えたら分かるはずだったのに......
今さら後悔したところで、もう後の祭りなんだけど......
我が家には、一羽の文鳥がいた。
三年前、長男の
勝道はとても喜び、その文鳥を『ブンちゃん』と名付けた。
ブンちゃんは、とても愛らしく、鳴き声も心地良く癒されるのだが、ただ1つだけ難点が有った。
ケージは、私が毎日、午前中にブンちゃんを放鳥させながら掃除し、その時に残っていた餌をいつも遊びに来るスズメ達用にベランダに捨て、新しい餌に入れ替えていた。
すると、お礼のつもりなのか、その直後にいつもスズメ達がやって来て、しばらく可愛い鳴き声で歌ってくれていた。
ブンちゃんは、放鳥で疲れたり、お腹が空くと、自分からケージに入って行った。
その前に、ケージ掃除が終わった時点で、捕まえて入れても良いのだが、ブンちゃんはメスゆえに、警戒心が強い上、残念な事に噛み癖が酷い。
私も、息子達も飼い慣れない時には、何度も流血の惨事に見舞われていた。
触らぬ神に祟りなし。
極力、自分達に被害が無いよう、ブンちゃんの好きな時にケージに戻ってもらうようにしていた。
その日は滅多にない事に、ケージの掃除中、電話が鳴った。
電話に出ると、夫が通っている歯科からで、受診時間を三十分ずらして欲しいとの要望だった。
応答しながら慌てて、それを忘れないように電話の横に有るメモ用紙に書きとめようとした。
その時、終業式で早い時間に下校した息子達が、いつもはそんな事にはならないのに、その日に限って、同じようなタイミングで帰宅した。
私が書き間違えの無いように注意して、電話の要件をメモ書きをしている間に、居間のドアと入口のドアが同時に開いてしまうという、運の悪い偶然が重なってしまった!
放鳥中だったブンちゃんは、未知なる広い世界へと導かれるように、外に飛び去って行った。
「あ~、ママ! ブンちゃんが~!」
電話を終えた私が、息子達の声を耳にした時には、既にブンちゃんの姿は、どこにも見当たらなかった。
息子達は、カバンを家に置くなり、虫取り用の網とカゴを持って、ブンちゃんを探しに行った。
私は、パソコンを起動して、自分のブログからキーワード検索し、三年前に投稿していた勝道の誕生日の記事に目を通そうとした。
そこに、ブンちゃんの足環に表示されている個体番号を記しておいたはずだった。
ところが、ブログをキーワード検索しても、1件もヒットしなかった!
三年前のその時点では、まだブログを始めてなかった事を知り、愕然となった。
そうだった、まだあの頃は、アナログ生活を謳歌していた。
それなら、過去の日記を探そう!
過去の日記......私、どこに置いていた?
テンパっているせいか、
私が日記を探している間、ブンちゃんを探し疲れた息子達が帰宅し、小鳥が逃げた場合の対処法をパソコンで検索しようとしていた。
私よりずっとパソコンの扱いを心得ている勝道は、私が日記を探している間に、ブンちゃんの特徴を書き写真を付けて、ツイッターの自分のアカウントに、行方不明になったブンちゃんの写真付きのツイートをアップ出来るはずだった......
更に、ブンちゃんの捜索用のチラシも作製してもらって印刷し、弟と手分けして、近所の電柱に貼りに行ってもらおうとしていた......
なのに、不運な偶然は、まだ終ってなかった......
数日前に発生した大地震による計画停電の時間となり、パソコンもプリンターも稼働できない状態になった!
八方塞がりな気持ちになりながらも、日記を探していたが、なかなか見付からないでいるうちに、家事に追われる時間になっていた。
頭の中は、逃げてしまったブンちゃんの事で占められ、要領が悪くなり家事が
夕刻になり計画停電が終わり、やっと勝道がパソコンで対処法を検索出来るようになった。
私は家事の合間に、勝道の指示通り、保健所と警察に電話し、ベランダには入口を開けた状態で、餌と水の入ったケージを出して置いた。
そうしておく事で、飼い鳥が戻って来たケースも、過去に何件か有ったらしい。
ところが、ブンちゃんが戻って来る事を期待して置いたケージ中に、スズメ達が入って来て、餌を食べ散らかして出て行く。
また餌と水を追加しては、スズメ達に食べられ、いたちごっこのようにそんな事を何度も繰り返したり、家事に追われたりで、日記探しが一向に進まない。
ブンちゃんは、今頃、どうしているのだろう?
天敵に襲われてはいないか?
お腹空かせて、食べてはいけない木の実を食べてしまってないか?
よその家に迷い込んで、気に入られて、飼われてしまってはいないか?
よその家に飼われるのは我が家にしてみると寂しいが、ブンちゃんにとっては、それほど悪い事ではない。
ブンちゃんが生きていて、可愛がってもらえているなら、御の字だ!
問題は、亡くなってしまっていたり、大怪我している場合......
息子達と、そんな最悪のパターンだけは、なるべく想像しないようにし、スズメに食べられたケージ内の餌と水を補充する日々は続いた。
そうしているうちに、やっと探していた日記が見付かった!
ブンちゃんの足環の番号は、『5141』だった。
『5141= 恋しい』と、頭の中で変換出来るような、こんな単純なナンバーだったのに......
どうして私は覚えようともせず、足環の番号が書いてある日記を探すのに、何日もかかってしまったのだろう......?
保健所と警察署に足環の番号の件で再び連絡を入れたが、ブンちゃんらしき文鳥は見付かってないとの返答。
予想していたとはいえ、失意は大きかった......
春休み中で、家の中にまだいた息子達に、足環の番号を伝えると同時に、『
もう何日も経って見込みは薄いかも知れないが、勝道に頼み、ツイッターのツイートに足環の番号を追記してもらったり、ペンを持参し、電柱に貼った捜索用のチラシにも書き足して来てもらった。
それから数日、日記が見付かり足環の番号が分かったところで、結局、肝心のブンちゃんが見付かったという連絡は、どこからも届かなかった。
「ブンちゃん、無事でいるかな?」
ケージの餌に群がるスズメ達の鳴き声を耳にして、勝道が呟いた。
既に、十日も経過していた。
これだけの期間、ブンちゃんが餌無しで生きられていたとは思えなかったが、息子達の心を傷付けたくない。
「きっと、大空の散歩を楽しんでいるよ!」
「そうだね! ケージでも家でも思いっきり飛べなかったから、良い経験が出来ているのかも」
私の言葉に合わせて、楽観的に答えた勝道。
「そうよ、飼い鳥として生活していたら、一生絶対出来ない貴重な体験だもの!」
ブンちゃんは、もしかすると、心配しているような不幸な目に遭っているわけではなく、今まで味わった事の無い大空を満喫して、幸せなのかも知れない。
そう信じ続ける事で、私達は気持ちを落ち着かせていた。
そんなある日、いつものようなスズメ達の声に、何か違和感が有るような気がして、ベランダを覗いてみると......
ケージはスズメ達に占領されていたが、本来、スズメ達用にまだ残っている餌を置いていた場所で、ブンちゃんが餌を食べていた!
今日まで春休みで、勝道がいてくれて良かった!
そっと勝道に伝え、虫取り網を持って来てもらった。
問題は、ベランダのドアを開けた瞬間、スズメ達は慌ててケージから出るけど、ブンちゃんも一緒になって逃げては大変!
なるべく音を立てないようドアを少しずつ開けると、それでも、敏感なスズメ達は気付き逃げた。
失敗した~!
と思ったが、意外にも......
ブンちゃんはよっぽど空腹だったようで、スズメ達が出て行くのと入れ替わりに、虫取り網は使用しないまま、自らケージに戻ってくれた!
「やった~!!」
私と息子達は、涙が出るくらい喜んだ!
こうして二週間ほど経って、無事、ブンちゃんは元の住まいに戻る事が出来た。
その日以来、今回のような騒動でも早急に対応出来るよう、過去の日記に、小鳥が逃げた場合の対処法や、この二週間の経緯もしっかりと記し、いつでも見られる場所に置く事にした。
…………………
「ふ~ん、むかし、そんなことがあったんだ~。じゃあ、このにっきは、すごくだいじだね!」
ブンちゃんが逃げてから戻るまでの話に、聴き入っていた紗香。
「そうだよ、これは大事な事が沢山書いてある日記なんだ。だから、いつでも見える所に置いておかないとね」
もっとも、この日記を見える位置に置いてからは、小鳥が逃げた事など無かったようだけどね。
【 完 】
大空へ......それは幸せ?それとも...... ゆりえる @yurieru
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