屠龍童子
赤木フランカ(旧・赤木律夫)
ハトの巣で生まれたモノ……
――1日目――
私の家の庭には、一本のポプラの木が立っている。最近、その木の上にハトが巣を作った。ちょうど、私の部屋の窓のすぐ側の辺りだ。
そこで、私は今日からこのハトの巣の観察日記を付けようと思う。
今日の時点では、まだ卵が生まれた様子はない。夫婦のどちらかが常にいるという訳ではなく、落ち着かない雰囲気だ。どうやら、まだ巣の補強を行っているらしい。
――2日目――
今日は茶色い羽のメスが一日中巣の中に座っていた。青い羽のオスが彼女に食べ物を運んでいることから、おそらくは産卵の準備に入っているのだろう。
――3日目――
卵が生まれたらしく、夫婦が交代で温めている。メスが帰ってきたオスに抱卵を代わろうと立ち上がった時、私は彼女の脚の下にある卵を見ることができた。群青色の卵が二つ、親鳥の羽や他の動物の毛で出来たクッションの中で眠っていた。
――20日目――
ハトの抱卵期間は一般に十五日程度と言われているが、今のところ孵化した様子はない。夫婦は相変わらず身体を擦りつけたり、くちばしで転がしたりしている。
――30日目――
まだ雛は生まれていない。ここまで長期間抱卵を続けても生まれないということは、もしかしたら卵は死んでいるのかもしれない。それでも夫婦は諦めずに卵を温め続けている。
――47日目――
やっと卵が孵ったらしい。ずっと親鳥の身体の下にいて雛の姿を確認はできなかったが、オスが餌を与えているようだった。
――51日目――
朝起きると、昨日まで聴こえていた雛の声が聴こえなかった。不安に思って巣を覗いてみると、そこには掌に乗るくらいの小さな少年がうずくまっていた。しかも、少年は赤い布と黄金の腕輪を身に着けている。
ハトの夫婦は少年を自分たちの雛だと思っているらしく、変わらず餌を運び続けている。昆虫の幼虫からミミズのようなものから、アンズやミカンといった果物、さらにはネズミやヘビすらも与えていた。
少年はその身体つきに似合わない怪力の持ち主のようで、まだ暴れるヘビの首と尻尾を掴んで引き延ばし、背骨を全て外して殺してしまった。そして、生えそろった歯でヘビの固い鱗を引き裂き、その中の肉を食い始めた。
私は恐ろしくなったが、この少年は妖精の類かもしれないと思い、もうしばらく観察を続けようと思う。
――60日目――
少年は短期間のうちにどんどん大きくなり、九日で十歳程度の背丈まで成長した。当然、巣から身体がはみ出してしまうので、眠るときは枝に跨るようにしていた。
起きている間、少年は木の枝の間を飛び回り、時々私の部屋を覗いてくることがあった。
私は意思疎通を試みたが、少年は私と目が合うとすぐに巣に戻ってしまうのだ。危害を加える気は無いようだが、私とは一定の距離を置こうとしているようだった。
――63日目――
親鳥が死んだ。突然巣を襲ったヘビが、二羽を丸飲みにしてしまったのだ。そろそろ巣立ちの時期だと思っていた矢先だった。
今日は一度も少年の姿を見ることができず、彼の安否は解らない。
――72日目――
今日の朝、少年……いや、逞しく成長した青年が私の家に尋ねてきた。金の腕輪はそのままだが、マントのように羽織った赤い布の下には、重そうな革の鎧を身に着け、腰には独特な反りのついた剣を下げていた。
彼は私に亀の甲羅のようなものを渡してきた。「これは何か?」と聴くと、彼ははっきりと人間の言葉で「父上と母上の仇である、龍の鱗です」と答えた。
青年はこれから旅に出ると言った。龍の一族を根絶やしにするための、復讐の旅だという。そして、彼が復讐を果たして帰ってくるまで、この鱗を預かっていて欲しいと頼んできた。
私はどう返答すればいいのか解らなかったが、答えを待たずに青年は去っていった。
――追記――
あれから三年が経ったが、青年が帰ってくることはない。しかし、彼が育ったポプラの木には、別のハトの番が巣を作っている。そして、彼等は子育てを終えると、金貨を一枚残していくのだ。青年から私へのお礼なのか、単に餌と思って拾ってきたのか……本当のところは解らない。
それでも、私は青年と再会することを願って、龍の鱗を大切に保管している。
――終――
屠龍童子 赤木フランカ(旧・赤木律夫) @writerakagi
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