【KAC202211】書いたことが現実になる日記

小龍ろん

日記は過去を記すもの

「つまり、この日記に書いたことは現実になるってことか?」


 俺は不信感を隠しもせず、日記帳のページをめくった。


 装丁もしっかりして高級感がある。古びた書庫からくたびれた状態で発見されたら、ありがたみもあるかもしれない。


「そのとおり!」


 持ち主である斉木諒也はそう言うが、いかにも怪しい。こんな新品同様の状態だと神秘性の欠片も感じない。ある日、郵便受けに入っていたというのも胡散臭い。間違いなく誰かのイタズラだろう。


「まあ、見てみろ。ほら、このページ」


 そう言って、斉木が示したのは日記帳の最初のページだ。お世辞にも綺麗だとは言いがたい字で何か書きつけられている。


『xxxx年xx月xx日。西山稔と出会う』


 確かに、斉木と出会ったのはその頃だ。以降、友達付き合いが続いているので書いてある内容に間違いはない。


「で、これはいつ書いたんだ?」

「昨日だが?」

「馬鹿なのか。それは書いたことが現実になったんじゃなくて、現実のことを書いただけだろ」


 ジト目を向けるが、斉木はどこ吹く風だ。


「そう思うのは無理もない。記憶ごと改変されているからな」

「へぇ。証拠は?」

「ない。書いた俺以外は世界ごと改変されている。証明するのは不可能だ」


 馬鹿馬鹿しさに、思わずため息が漏れた。その設定ならいくらでも好きなことが言える。せめて、もっと面白い話なら乗ってやっても良かったが、これではネタにしても話が膨らまない。


「あー……、そうか。良かったな」

「待て待て。露骨に興味を失うな。次のページを見てみろ」

「はぁ? なんだよ……」


 まだ続ける気かとウンザリしながらも、俺はページをめくった。


『xxxx年xx月xx日。西山稔は京城みなみに告白してフラれる』


日付は昨日。確かにその記述の通りのことがあった。


「なんで、お前が知ってるんだよ!」

「落ち着け。知ってるんじゃない。日記に書いたからそうなったんだ」

「はぁ?」

「よく考えろ。お前がフラれるわけないじゃないか。告白は確かに成功したよ。いや、本当にお似合いの二人だった」


 ……なるほど、たしかにな。


 正直、告白には自信があった。京城も自分のことを憎からず思っているという確信があったのだ。だというのに、フラれてしまった。何かが見違っていると思ったが、まさか世界が改変された結果だったとは。


「って、だったら、お前のせいでフラれたんじゃないか! お前のせいで」

「ちょっ……! 落ち着け! 首を締めようとするな! 悪かったから、少しだけ話を聞いてくれ」


 ふぅふぅと荒い息を吐きながら、どうにか気持ちを押さえつける。息の根を止めるのは後からでもできる。長年の付き合いだ。最後の主張くらいは聞いてやろう。


「何だ? 一応、話してみろ」

「いや、俺も反省してるんだ。安易に世界を変えてしまったことをな。だから出来れば、世界を元のかたちに戻したいと思ってる。協力してくれないか?」


 斉木は真っ直ぐな目を見て、俺は思った。

 嘘くさい、と。


 斉木がこんな態度を取るときは、たいていアホなことを企んでいるときだ。俺は無言で日記帳の次のページをめくった。


『xxxx年xx月xx日。西山に貸した10万のことを西山は忘れてしまう』


 なんだこれは。


「そういうことなんだ、西山。お前は忘れているかもしれないが、俺は確かに10万を貸している。世界を元の形に戻そう!」


 そういうことか!

 告白が成功したという現実味のある嘘を交えることで、日記の信頼感を高めてから、次の日記で金を巻き上げる算段だったのだ。


 だが、俺にその手は通用しない!


「お前が、俺に10万も貸すわけないだろ! 嘘つくにしても、もう少し真実味がある嘘にしろよ!」

「なんだと! どう考えて、お前の告白が成功するよりは真実味があるだろ!」


 俺と斉木はしばらくお互いを罵っていたが、だんだん馬鹿らしくなってきた。


「はぁ、もういいか。何だってこんなアホなことしたんだ」

「アホって言うなよ。さっきも言ったが、郵便受けに日記帳が入ってたんだ。せっかくだから便乗しようかと思って」

「なんだ。そこは本当だったのか」

「効果も本物だったら面白かったんだけどな」





 魔界。


 地上世界を伺う一人の悪魔がいた。


「デスノートを参考に、記述した未来・・・・・・が現実になる日記帳を落として、世界に混乱をもたらそうとしたのにうまくいかない……。何故だ」

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