【KAC202211】 野田家の人々:日記

江田 吏来

第11話 日記

 俺たち兄弟が世界を滅ぼすかもしれない。


 ことのはじまりは、古い日記帳だ。

 小学生の頃、どこの祭りだったかは覚えていないけど、クジをやっていたテキ屋のオッサンからもらった。

 小遣い全部をクジにつぎ込んだ俺を哀れに思ったのか、残念賞としてくれたものだ。


「こいつは不思議な日記帳だ。使い方に気をつけろよ」


 そう耳打ちされたが、日記などつける習慣がない。あっという間に落書き帳になってしまう。

 ところが何かの気まぐれで、空白の日付欄に俺の誕生日を記入した。その日の出来事を書く欄には「新しいゲーム機をもらう」と書いたのだ。


 誕生日はまだまだ先だし、ゲーム機は兄弟げんかの原因になるから買ってもらえない。わかってはいたけど、未来日記的な気分で書き込んだ。


 すると、誕生日に新しいゲーム機が届いた。

 叔父さんが娘のために買ったけど、叔母さんも同じものを注文していたようで、ふたつあっても困るから、ひとつ、俺の誕生日プレゼントになった。


 H.平成22年1月27日、弟よりたくさん、おやつをもらう。

 この日がやってくると、じいちゃんがお菓子を持ってきた。弟は遊びに行って留守だから、全部、俺が食った。

 H.平成22年2月9日、テストで百点を取る。

 百点なんて取ったことなかったが、先生の採点ミスで百点だった。


 他にもたくさんある。

 面白半分で書き込んだことが、本当になる。

 はじめは楽しくても、そのうち何か大きな代償を払うことになりそうで怖くなった。だから弟に相談したのに、腹を抱えて笑われた。 

 

「ウソだー。そんなことあるわけなぁーい。お兄ちゃんバカだから、貸して」


 生意気な弟は日記帳を取りあげて、とんでもないことを書きはじめた。


「お、おい。こんなこと書いて、本当になったら」


 俺は青ざめたのに、弟は冷静だ。


「22年3月30日、人類滅亡。これでよし! この日に人類が滅亡したら、お兄ちゃんの話を信じるよ」


 カラカラ笑って日記帳を返してくれた。

 もちろん、3月30日になっても人類は滅亡しなかった。


「な、お兄ちゃんの考えすぎだろう。オトンもオカンもみんな生きてるし」

「そうだな。未来の日付で人類滅亡って書いたのに、なぁーんにも起こらなかったな」


 俺たち兄弟は笑い飛ばした。

 それからその日記帳の行方は知らない。

 おそらく捨てたのだろう。そう思っていたのに、部屋の大掃除をしていると出てきたのだ。ほこりまみれの日記帳が。


「懐かしいな。十年ぶりぐらいか?」


 パラパラとめくった。

 へたくそな文字と不細工な絵が並んでいる。それから誕生日の日付と「新しいゲーム機をもらう」の文字に、なぜか背筋がゾッとした。

 それから弟が書いた「22年3月30日、じんるいめつぼう」の文字にたどり着く。


「あれ?」


 俺は気づいてしまった。

 これを書いたとき、弟は幼すぎて平成という元号を知らない。

 日付の欄に「22年3月30日」と書いただけ。

 そして現在は、2022年2月24日。カレンダーには「22年2月」と……。


「まさか……な」


 俺の手は震えていた。

 そしてテレビから嫌なニュースが届く。


「ロシアがウクライナへの軍事侵攻をはじめたって」

「第三次世界大戦とかにならないといいけど。なったら核戦争よ、怖いわねぇ」


 こたつで背を丸めている弟が、オカンとのんきに話をしている。

 22年3月30日、俺たちの未来は――⁉





 <あとがき>


『KAC2022 ~カクヨム・アニバーサリー・チャンピオンシップ 2022~』からはじまった「野田家の人々」は、今日でおしまいです。

 読んでいただけたり応援があったり。レビューやコメントもすごく嬉しかったです。

 本当にありがとうございました。


  22/03/30 江田 吏来

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