5 わたしたち 実は・・・・・・

 二日間の休みを挟んで、生活はまた元に戻った。

 昼休みだった。俺は弁当をとっとと食べ終わり、机に突っ伏していた。

「高和〜」

 ん?誰かが呼んでる。面倒だ。無視。

「高和〜」

 何よ?でも無視。

「高和、こら起きろ!」

「なんだよ、高和は現在お昼寝中でございます」

「うるさい、こっち来い、お客さんだ!」

「誰よ、まったく」俺は渋々立ち上がって後ろのドアへ向かった。

 俺を呼んでいたのは佐藤だった。近づくにつれて佐藤の後ろに隠れていた女子の姿が見えた。

「京子ちゃん?じゃないや滝沢さん?」「滝沢さんがようだってよ」

「あ、ありがとう」「いいねえ、モテる男は」

「えへへ、わりいね」


「涼ちゃん、今日暇?」「う、うん。なんで?」

「ほら、ゆっくり話ししようって」

「そうだったね。でも、部活は?」。彼女はバスケットボール部。「休み」

「そなんだ。つうかここで、『涼ちゃん』はやめてよ」小声で言った。

「なんで?」「なんでって」、俺は教室内を振り返った。みんなこっちを注目している。

「ま、まあいいや、じゃあどこで」「そうね、16時半に駅前で待ち合わせない」「うん。いいよ」「じゃあ、待ってるね」そう言って彼女は手を振って歩き出した。

 自分の席に戻り再びうっぷした。

「おいおい、高和くん、彼女は何?やっぱりそうなんだ」「・・・・」

「水臭いじゃないの」「・・・・」

「聞いたよ、伊藤と市川に。修学旅行でも度々会っていたっていうじゃないの」「・・・・・・・あのさ、みんな誤解してる。彼女とはなんでもありません。彼女、人気no.1?2?なんでしょ?そんな人が俺なんか相手にする?」

「まあ、そうだけど。でも現にここに来てたじゃん」

「なんでだろうね?」「なんでって」「うるさい、もう眠いの私!」

 俺は一切無視して昼寝を始めた。面倒臭いな、学年トップのべっぴんさんとお話しするのも。


 駅へ行くと、すでに京子ちゃんがいた。

「ごめん。遅れて」「全然。私が早かった。ここじゃなんだから喫茶店でも行かない」「うん」

「じゃあ、あそこに行こうよ」通りを挟んだビルを指差した。

 その喫茶店は時間のせいかあまり客はおらず、広い店内はし〜んとしていた。俺はできるだけ目立たないように奥のテーブル席へ向かった。

「コーヒーください。京子ちゃんは?」「ホットココア」「お願いします」年増のウエイトレスはメニューを持ちうんともすんとも言わず戻っていった。


「修学旅行、楽しかった?」「まあまあかな」

「そう?私は楽しかったよ、涼ちゃんと久しぶりに会えたから」

「俺は面食らってたよ」「どうして?」

「だってさあ、急に目の前にかわい子ちゃんが現れて、俺の弁当の心配してさ、そんでその子が学年トップのかわい子ちゃんって言うじゃん。そんで、奈良散歩しようだ、お好み焼き食わせれだとかさあ、毎回面食らってたぜ。何でこの人、俺にまとわりつくの?って。で最後にはあの京子ちゃんだって言うんだもん。さぞや、心の中で、俺を笑ってたんだろうね」

「うふふ。そう思う?」「そうだろう」

「まあ、半分はね。おかしかったよ、涼ちゃん」「だよな。なんか俺馬鹿みたい」

「ごめん。でもね、あの涼ちゃんだあ〜って思うと嬉しくて。つい、近くに行っちゃったの」

「ふ〜。おかげで俺は男どもからやんややんや言われて面倒臭かった。今日だっていきなり教室に来るんだもん。あのあと質問責めにあったぜ。本当、学年トップは面倒くさい」

 ウエイトレスがコーヒーとココアを置いていった。内ポケットからタバコを取り出して火をつけた。

「あ〜、また吸ってる」「プ〜」俺は鼻の穴から煙を吐き出した。

「で、なんで、京子ちゃん、釧路にいるの?」「うん。って言うか涼ちゃんこそ?」お互い同じ疑問。

「俺?」「そう」

「俺はさあ、小四の時に、親父の転勤で越してきたんだ。それだけ。京子ちゃんも?」「そうよ。お父さんの転勤で小学2年生の時」

「そうか〜。まさか、同じ街にいたなんて」「そうだね。幼稚園卒園してから・・・・10年ぶりね。涼ちゃんが小4から釧路にいたって言うことは・・・7年間同じ街にいたのよね。なんか不思議」

 京子ちゃんは「ふふふ」と微笑んでカップを口にした。


「俺さ、小2の時ね、旭川の京子ちゃんの家に行ったんだ」

「本当!全然覚えてないよ」京子ちゃんは真面目な驚きの顔。

「だって逢えなかったもん、覚えてるはずないでしょ」

「え〜、家に誰もいなかった?」「・・・・うん。誰も。引越ししてた」

「そうかあ」「結構、ショックだったな」

「うふ、弱虫涼ちゃん、きてくれたんだ」「もう〜・・・・それやめて」

「嬉しい。ありがとう」そう言って京子ちゃんは笑顔で軽く頭を下げた。

「・・・・でもまあ、こうやって逢えるなんてびっくりだな」俺はなんだか遠い目をしてしまった。

 京子ちゃんが俺の目の前で手を振った。

「どこ見てんの?」「あっ、旭川にいた頃の遠い景色・・・・かな」

「ぷっ、おかしい。でもすごいよね。何かの縁よ」「縁か・・・・・」

「だけどね、それにしては全然気づいてくれなかったよね、私のこと」京子ちゃんは頬を膨らませ俺を睨んだ。そんな顔でも可愛い。「そ、そ、それは・・・まさかでしょ、こんなところで京子ちゃんがいるなんてさ」

「ふん、そんなこと言って。私の存在すら修学旅行まで知らなかったくせして」「ん〜、それはなんて言うかさあ、・・・・ほら、俺3組だし、京子ちゃん9組だし接点なかったじゃん!」

「あっそう。私は入学した時から高和涼くんって知ってたわよ」京子ちゃんは勝ち誇ったように胸を張った。思わず俺は京子ちゃんの胸に目を向けた。結構、大きい・・・・・・

「・・・・はあ、すみませんでした・・・・」

「でも、こうやってお話ができるようになってよかった。あの時、思い切って話しかけて大正解」

「うん。ありがとう。なんか運命感じます。なんてね」彼女はニコッとそう言った。

「運命かあ。これからもよろしくね」


 そのあとは、小さい時の思い出話で盛り上がった。

「そういえば、涼ちゃん、強くなった?」「ん?」

「大きくなったら強くなって私を助けてくれるんだよね」

「・・・・そんなこと言ってたね」恥ずかしくなってきた。でもなんだか、胸がキュンとした。

「涼ちゃん、西中でやんちゃしてたんだって?」

「はあ?そんなことないよ。三年間真面目に勉学に勤しんでました」

「知ってるのよ、聞いたもん」「ぐっ。だ、誰だそんなこと言うの」「さあね」「西中出身だな。誰だ、そんなエセ情報吹き込んだの」俺は西中出身の顔を思い浮かべた。

「あいつらかあ・・・・」「まあ、いいじゃん。今は割にちゃんとしてるし」「うるさいなあ、もう」

「もう弱虫涼ちゃんじゃないみたいだから、頼りにしてるわよ」

「ふ〜。京子ちゃんに限って俺を頼るようなことなんて起こりそうもないけどね。俺が助けに行く前に解決しちゃうよ」

「どう言う意味よ!」「さあね」

 

 その日から俺たちは学校で会えば立ち話をしたり、彼女が部活がない日には一緒に帰ったりするようになった。そして、俺は幼稚園の頃のようにいじめられることもなかったので、京子ちゃんに助けてもらうこともなかった。まあ、当たり前か。

 でも、学年トップの美少女が男と仲良くしているのはとても目立っていたらしく、いつの間にか俺たちはちょっと噂になっていたようだった。


 いつものように弁当を食べたあと、俺は机にうっぷして居眠りを始めていた。とっても気持ちいい。

 冬に近づいている釧路の高校では、先週から教室の隅に石炭ストーブに火が入れられていた。ちょうどこの昼過ぎが一番温まる。夏のこの地域の朝のように俺の意識もどんどん霞んでき始めた。

「高和く〜ん」

 ん?誰か呼んでる?眠い。無視。

「高和く〜ん」

 ・・・・睡眠を邪魔するな。無視。

「高和くん!」

 だんだん声が大きくなってる?でも、無視。

「た・か・わ・くんったら!」

 え〜、なによ?

 俺は仕方がなく、顔をあげて声のする方を見た。

「涼く〜ん」

「きょ、京子ちゃん?」

 教室の後ろに立っていた山下さんの後ろで京子ちゃんが手を振っていた。

「ったく、なんで名前で呼ぶんだよ。ダメだって言うの!」

 俺はブツブツ言いながら彼女のそばへ向かった。

「おはよう〜、今お目覚め?」「こんにちはでしょ。で、どうしたの?」

「ちょっといい?」「うん」

「早苗、ありがとう。また後でね」

 そう言って京子ちゃんは歩き始めた。

 どこ行くの?教室中から視線を感じた。また誤解されるじゃん。


「で、どうしたの」

 京子ちゃんの後ろ姿に問いかけた。

「涼ちゃんのことをね、お母さんに話したらね、覚えていたの」「俺のこと?」「うん」

 そういえば、何回か遊びに行ったっけ、幼稚園の頃。

「それでね、うちに連れて来ればって言うの」「え〜」

「いや?」「そうじゃないけど、突然だもんなあ。なんか恥ずかしいよ」

「来週の土曜はどう?」

 いや、俺行くって行ってないし。

「ら、来週?」「うん。放課後そのままうちに来て」

 そう言って京子ちゃんは小首を傾げた笑顔。うわ!何だよその顔。可愛い子ぶりっ子かよ。らしくねえよ。

「・・・・・・・・・・」

「何か予定ある?」

「別にないけどさあ・・・・」

「じゃあ決まりね」

 そう言って彼女はくるりと回れ右をして歩き始めた。

「はあ・・・・・・もう、強引ね。あの頃と全然変わらないや。京子ちゃんは京子ちゃんだな、やっぱり」

 時計を見るとまだ、休み時間は15分あった。もう一眠りだな。


 教室へ戻り自分の席に着いた。お休みなさい。

 机にまた突っ伏して寝ようと思った数分後、なんとなく周りに気配を感じた。なんだよ?俺は顔を上げた。今日は昼寝できないの?

 俺の席の周りに数人の女子が立っていた。

「高和くん」

「な、何?佐原さん」

「え〜と、高和くん、滝沢さんと・・・・付き合ってる?」

「ん?なに?」

「だから、滝沢さんと」

「はああ?どうして?」

「修学旅行で一緒に色々周ったんでしょ?それに最近よく一緒にいるみたいだし」

「あ〜あ。よく知ってるね」

「やっぱりそうなんだ」

 女子たちは顔を見合わせた。

「噂は知ってるけどさ、俺たち全然そんな関係じゃないよ。俺はいいけど、彼女が迷惑でしょ」

「隠さなくたっていいのよ。それに名前で呼びあってるじゃない。さっきだって」

「確かにそうだ・・・・。涼と京子。そういえば字が似てるね・・・・・」

 字が似てる?おお!

「まあ、お似合いかも」「そうね、二人とも背が高いし」

「ちょ、ちょっと待ってよ、勝手に決めつけないでよ!」

「もういいじゃないの」

「わ、わかった。本当のこと言うよ」

 俺は少し暗い顔をして女子たちの顔を見た。

「何?」

「実はさ・・・・本当は・・・・あまり言いたくないんだ・・・・誰にも言わないでね」

「な、何、急に?」

 俺はさらに暗い表情でうつむいた。

「実は・・・・滝沢さん・・・・姉なんだ」

「えっ!」「本当に?」

「うん・・・・」

「でも同い歳だし、だって苗字も違うじゃない」

「それはさ・・・・」

 俺は窓の外に広がる空を遠い目で眺めながらため息をついた。


「小さい時に・・・・生き別れた双子の姉なんだ」

「えっ!」

 女子たちは一斉に驚きの声をあげた。

「しっ!聞こえる」

「ごめん。でも本当に?」「

うん」

「なんで今頃になって?」

「そうなんだ。まさに運命のいたずらってやつ。ふとしたことで、修学旅行中にそれをお互い初めて知ったんだ」

 そう言って俺は学生服の右の袖をまくった。

「これ、いつできたか記憶にないけど、小さい時からあるんだ」

 右腕にある5センチ四方の痣を見せた。

 マジでこれがいつできたかは知らない。

「滝沢さん、これを覚えていたみたいでさ。偶然、彼女、これを見たらしくてピンときたんだって。それで俺に話しかけてきて、驚愕の事実発覚ってわけさ」

 俺は悲しげな笑顔で彼女たちを見渡した。

「そうなんだ」「でも、よかったね」「ドラマみたい」

 そうだとしたら、本当、ドラマみたいだ。

「そういえば似てるね、二人。背も大きいし、鼻が高いし」

 なんかさっきから勝手に解釈してる。基本は背が大きいことかよ。

 彼女らまじで驚いてる。そろそろやめねば。

「そろそろ5時間目が始まるな」

 俺は立ち上がり、ドアへ向かって歩き出した。

「秘密だよ」

 俺はそう言ってトイレに向かった。

 それにしても、こんな話、よくスラスラ出てきたもんだ。創作の才能あるのかな、俺って。すっかり彼女たち信じきってる。まずいかなあ。まあ、いいか。どうせ信じるわけないし。


 次の日、双子話がクラス中に広がっていた。まあ、秘密って言う方が無理な話か。ちょっとやりすぎたかも。本当のこと言わなきゃな。

「高和くん!」

 教室の後ろから声がした。

「滝沢さん?」

 今日は苗字で呼んできたな。

「何?」

 教室後方のドアにいる彼女の方へ向かった。クラス中の視線が俺たちに集まっている。

「ちょっと来て!」

 なんか怒ってる?


 廊下へ出て人気のないところへ行った。

「いつから私、涼ちゃんのお姉さんになったのよ?」「ん?あれ?昨日から」

「しかも生き別れた双子だなんて」「なかなかドラマティックでしょ」

「もう、ばか」「だってね、クラスの女子がさ、俺と京子ちゃんが付き合ってるってうるさいんだよね」

「幼馴染だっていえばいいじゃない」

「うん、そう言おうと思ったんだけどね、なんかその時、双子説が頭に浮かんだんだよね。涼と京子、字が似てるし」

「もう、呆れる。どうするの?」「ん〜どうしよ?誰にも言わないでって言ったんだけどね」「黙ってるわけないじゃない」

「しくったな」「嘘ってバレたら、大変よ、きっと。残りの高校生活、ホラ吹きのアホ高和って呼ばれ続ける」

「そんな大げさな〜。つうか、アホって・・・。たわいもない子供の嘘じゃん」

「誰が子供よ」「そのうちみんな忘れるよ」

「無責任ね」「大丈夫さ、姉さん」

 俺は彼女に向かって親指を立てた。

「ばか!」

 そう言って京子ちゃんは俺の出した手を叩いて踵を返した。


 この件に関して彼女は一切、誰に何を聞かれても貝のように口を閉ざしていたみたいだ。逆にその態度がこの話の信ぴょう性を高めてしまった。彼女は学年でも目立っていたので、瞬く間にその話は広まってしまった。

 数日後の京子ちゃんの部活が休みだった日に、一緒に帰えることになった。

「もう、学校中の噂じゃない!」かのjはやっぱり怒っていた。今日は説教か。「別に誰かに迷惑かけてるわけじゃないからいいじゃん」

「私が迷惑。ほら、みんな遠巻きに私たちを見てる」

「じゃあ、否定すればよかったのに」「本当、失敗した」

「ちょっとはその話気に入ってたんだろ?なかなか哀しいお話だし。だから否定しなかったんじゃないの」「・・・・うん、実はね。ちょっと面白いかなあって」「ほら!」

「でも、こんなになるなんて思わなかったな。困ったなあ〜」「大丈夫だよ。人の噂も49日っていうでしょ」「来年になっちゃうよ。まあ、仕方ないか」

 あら?お許しになられるのかな。

「それでどう?土曜日」「なんだっけ?」

「え〜忘れてるの?うちに招待したでしょ」「あ〜そうだった・・・・」

「お母さん楽しみにしてるよ」「マジかあ・・・・」

「大丈夫よね」「う、うん」仕方ない、行くか。逆らえない。


 4時間目が終わった時、担任が教室に来て俺を呼んだ。

「何すか?」「昼食べてからでいいから、準備室来てくれないか」「はあ」

「俺、なんかしたべか?」「どうした?」

 俺たちはいつものようにストーブの近くを陣取って弁当を食べていた。

「うん。山さんに呼ばれた」「なんかやったのか?」「全く心当たりない」


「そういや、巻、船山さんとうまくいってるの?」「おう、なんとかな」

 巻と船山さんは付き合い始めたらしい。修学旅行のお好み焼きですっかり気があったみたいだったから。

「大佐の方はどうなのよ?」「・・・・」

「小坂、この前も言ったけどさ、大佐は遠くから見守るタイプなんだよ。なあ大佐」「・・・・」

「お前はどうなんだよ、小坂」「俺?かわいい子がいっぱいいすぎて迷っちゃうよな、ははは」「おっと、そろそろ行かなきゃ」

 弁当を片付け、準備室に向かった。

「失礼します。高和です」「おう、悪いな。小会議室行こう」

 そう言って山さんは廊下へ出てきて小会議室へ向かった。ん〜、何だべか?バイトバレたか?

「トントン」山さんが小会議室のドアを二回ノックした。

「はい」

 中から男の声がした。え〜、もう一人いるの?やっぱバイトバレた?一応、禁止だしな。俺は夏頃からバーガーショップでバイトをしていた。修学旅行の資金を捻出するために。もう、働く必要はなかったが、ダラダラと続けていた。

 ドアを開け中に入るとテーブルの向こうに9組の担任の菊川が椅子に座っていた。そしてその前にはこちらに背を向けた女子が座っていた。

 何だ、このシュチュエーションは?

 山さんはテーブルを回り込んで、菊川の横に座った。その時、座っていた女子が顔を向けた。

「京子ちゃん!どうしたの?」

 一瞬彼女の頬が膨らんだ。

「高和、そこに座れ」

 京子ちゃんの横の席を指差した。

「はい」

 俺は京子ちゃんを見ながら席に着いた。

「悪いな、昼休みに」「いえ」

 京子ちゃんは何も言わない。

「で、何すか?」「ん〜、なんていうかな」

 菊川が言葉を濁した。

「ああ!まさか先生たち?」

「何よ?」

「先生たちも俺たちが付き合ってるって噂を?でも全然そんなことないっすよ」

「いやいや・・・・・そうじゃなくて」

「そうです、私たちそんな関係じゃありません。もしそうだとしたって、誰かに迷惑かけますか?うちの高校、男女の交際別に禁止してないですよね。まあ、私、誰とも付き合ってないですけど」

 急に京子ちゃんはきつい口調で言い始めた。京子ちゃん彼氏いないのか?

「・・・・イヤイヤ、私たちだってそんなことでいちいち呼び出さないよ」

 何だか先生ら、京子ちゃんに圧倒されている。笑えるぜ。

「はあ?じゃあ何ですか?あ〜、もしかしてあれ?」

だよなあ。

「そうだ」

 ん〜・・・・参ったな。ここまで広がってるとは。

「お前たち二人が姉弟だって噂だ」

「そう、一応な。別に問題はないが、担任として知っておかなきゃと思って、今日呼んだんだ」

「なるほど・・・・」

 俺は京子ちゃんの横顔を見つめた。

 京子ちゃんは眉間を寄せていた。怖い・・・・・・・・・・

「どんな風に噂が流れているかわかりませんけど、調べてもらえばわかりますが私と高和くんは戸籍上アカの他人です。それ以外何者でもありません。では、部活のミーティングがありますのでこれで失礼します」

 京子ちゃんは一気に捲し上げ、席を立ってドアの前で一礼し、小会議室から出ていった。二人の担任もそして俺も、ポカ〜んとした顔でお互いを見あった。すげえな京子ちゃん。

「ん〜、どういうことだ?」

 山さんが俺を見た。

「まあ、そういうこと、じゃないですか」

「それにしても、おたくの滝沢さん、はっきりものを言う子ですね」

「そうなんですよ。そのおかげでうちのクラスはまとまってますけどね。彼女、成績もいいしバスケットも頑張ってますしね。サバサバしてクラスの信望を集めてますね」「なるほど」

「小さい頃からああなんですよね」

「何?」

 やばっ。

「じゃあ、俺も失礼します」

 俺は慌てて小会議室から出た。結局、どうゆうことになるんだ?まあいいか。


 階段を上ると踊り場に彼女がいた。

「あれ、ミーティングは?」

「ないよ。そうでも言わないと出れないかなって。それでどうなった、あの後?」

「いや別に。京子ちゃんの勢いに圧倒されて、なんかうやむやになった。結局、滝沢さんは成績優秀、スポーツ万能、そしてクラスの信望を集めてるってことで終わった」「何それ」

「菊川、京子ちゃんべた褒め。あそこに残された俺はいたたまれない気持ちでしたよ、自分が情けなくて」

「そう・・・・・」「でもなんであそこで本当のこと言わなかったの?」

「言ったわよ!」「・・・・?」

「戸籍上アカの他人っていうのは本当でしょ」

「まあ、そうだけどさ。それって、でも本当は姉弟だっていう風にも取れるじゃん」

「どうとろうが人の勝手よ。もう、姉弟ってことでいいよ。面倒くさいから!」「そう?京子ちゃん、男前だなあ。惚れ惚れするぜ」

「涼ちゃんが撒いた種でしょ!全く」「ごめんよ、姉さん!」

「うるさい!」「こわっ」

 それにしても、俺、つまんねえこと言ったなあ。すぐに撤回すればよかったかなあ。


 土曜の放課後、約束した時間前に彼女が乗るバスの停留所へ行った。栄町公園前停留所。ここを起点に多くのバスが市内を駆け巡っていた。俺もいつもここに降り、ここで乗る。

 彼女はまだいなかった。まだちょっとだけ時間があるから大通りを挟んだレコードショップへ行った。つい夢中になって時計を見たら約束の時間を10分超えていた。慌てて飛び出し信号待ちをしていると、停留所にはすでに彼女が立っていた。「やばっ。怒られる」

 信号が変わりダッシュ。「ごめん、待った?」5m手前で大声で彼女に言った。停留所に立っている人混みが一斉に俺の方へ向いた。うわ、怒られる恐怖から思わず大声で言ってしまった。恥ずかしい。京子ちゃんに近づいて小声で言った。「待った」「もう、大声で恥ずかしい」「ごめん。つい」


 彼女の家はマンションの5階だった。結構立派。

「ただいま〜」京子ちゃんはドアを開けると奥から女の人がやってきた。

「あら、涼くん?」「こ、こんにちは」「お母さんよ、覚えてる?」

「久しぶりね」「ご無沙汰してます」「どうぞ」スリッパを出された。

 リビングに通された。「そこに座ってて。着替えてくる」ソファを指差し京子ちゃんはリビングから出ていった。入れ替わりにおばさんが入ってきた。

「コーヒーでいいかしら?」俺の前に白いコーヒーカップが置かれた。

「い、いただきます」とりあえず、コーヒーカップと皿を手に取った。カタカタカタカタ・・・緊張してる?俺。手が震えてる。


「涼くん、元気だった?」「は、はい」

「まさか釧路で会うなんてね。京子から聞いて驚いた」

「はい。俺、いや、僕もびっくりしました」「おばさんのこと覚えてる?」

「も、もちろん。何度か遊びに行きましたから、あの頃」

 京子ちゃんが着替えて戻ってきた。

「コーヒー飲んでるの?私はコーラ飲もう」京子ちゃんはコーラを持ってきて、おばさんの横に座った。俺はまだ緊張がおさまらなかった。

「何緊張してるのよ、らしくないの」「だって・・・・」

「小学校4年生の時に、釧路へ来たんだってね」「はい、親父の転勤で」

「本当、奇遇よね」「はい」

「それにしても、大きくなったわね。でも変わらないかな」

「そうですか?京子ちゃんはすっかり変わって全然気がつかなかったです」

「本当、ひどいのよ、私は入学した時からなんとなく涼ちゃんかなあって気がついていたのに。この前の修学旅行で気がつくかなあってくらいアピールしたのにそれでも気がつかないのよ」

「いやいや、それだけ見違えったってことだよ・・・・」

「小さい頃はお転婆だったもんね、京子は。今も変わらないか」「ひど〜い、お母さん」

「おばさんは全然変わらないですね。小さい頃遊びに行った時と全然変わらないや。さっき玄関であった時、お姉さんかと思いました」「あら、いやねえ」

「ちょっと、なに?お世辞?私にはそんなこと言わないくせして」

「えっ?きょ、きょう、京子ちゃんも・・・・」「何よ?」

「京子ちゃんも、・・・・」「もういい」


「ねえ、お母さん、涼ちゃんたらひどいの」「何が?」

「私と涼ちゃんって、生き別れた姉弟っていうのよ」「え?どういうこと?」

「もう、涼ちゃん説明して。面倒くさいから」「そ、それは・・・・」

「大丈夫よ、お母さんは」「そう?え〜と。修学旅行から急に俺たちが仲良くなったって、評判になったんです。学校で。別にそんなことどうでもよかったんですけど。でも、京子ちゃん、学校で男子に人気があるから、俺、やんややんや言われて。うるさくなったんです。本当、面倒臭くて。京子ちゃん、人気ありすぎなんです」「京子が?」「はい。学年で1位2位を争うくらいの人気です」

「もう、それはいいから!」

「京子が人気者?本当に?」

「はい。それで、俺と京子ちゃんが付き合い始めたって噂が広まって。それで俺、クラスで問い詰められたんです。その時、ただ幼馴染だって言えばよかったんですけど、・・・・思わず悲しくてドラマティックなストーリーが頭に思い浮かんで、つい、生き別れた双子の姉弟だって言ってしまって。まさかそんなの信じるなんて思わないじゃないですか」

「ふふふ、傑作ね」「笑い事じゃないわよ、お母さん。先生にも呼ばれたんだから」「本当?」

「はい。一応、担任として事実が知りたいって」「それで本当のこと言ったのね」

「いや、それが・・・・。京子ちゃん、戸籍上はアカの他人ですって言って、怒って出て行って」

「まあ、それは間違ってないわね」「でも、それって誤解しません?戸籍上は他人だけど、本当は姉弟ですって」

「ん〜、そうねえ。それにしても涼くんおもしろいわね。そんな話を作るなんて」「そんなことないです。えへへ」、俺は頭をかいた。

「何がえへへよ!こっちは大迷惑」

「付き合ってますって言えばよかったのに」

「はあ?お母さん何言ってるの?」「涼くんならいいんじゃない」

「はあ?」

「・・・・そんなこと言ったら俺、京子ちゃんファンにボコボコにされますよ」

「京子ファン?実態知ったら即解散ね、そのファンクラブ」

「もう、お母さん!涼ちゃんも変なこと言わないでよ!」

「はいはい。じゃあ、お昼の準備するわね。涼くん食べて行ってね」「はあ。ありがとうございます」

「ふ〜、疲れた」「何?」「いや、なんでもない。京子ちゃん、喉乾いた、コーラもらえるかな俺にも」「うん。待ってて、持ってくる」

は〜、なんだかくたびれる。


「お邪魔しました」「また遊びに来てね」「はい」

「じゃあ、送ってくるね」すっかり昼をご馳走になってしまった。

「ごちそうさまでした」「美味しかった?」「うん。おばさん料理上手だね」「そうかな?」「そう言えば、京子ちゃん、お兄さんいたよね?」

「うん。でも、大学生よ、東京へ行ったわ」

「そうなんだ。じゃあ3人で暮らしてるんだね」「お父さんは四月から単身赴任で大阪よ」「そなの?大変だね」「そうでもないよ。本当はみんなで大阪へ行くつもりだったんだけど、お母さんが私が卒業するまでは釧路にいるって言ってくれて」「そうか。もし、四月にそのまま大阪へ行っていたら俺は京子ちゃんのこと気がつかないでいたね」「そうね」


 12月も中旬が過ぎた。すっかり寒くなった。でも、初雪は降ったものの道路の上には雪はない。この街の根雪は毎年、年を超えてからだった。

 コートを着るのは年が明けてからと何となく決めているので、俺はマフラーを首に巻き、寒さをこらえてすっかり薄暗くなった幣舞橋を渡っていた。明日休みだしレコード店でも寄っていこう。

 なんだかんだと1時間もレコード店にいてしまった。めぼしいものもなかった。寒っ。吐く息が白い。冬だもんな。もう、18時半か。

 交差点で赤信号の信号待ち。俺は何気に右に視線を向けた。5mほど離れたところにダッフルコートにチェックのマフラーをしている背の高い女子高生が立っていた。あら、横顔、可愛いなあ。あれ?笹山さん?

「笹山さ〜ん」呼びかけるとその女子高生がこっちを向いた。

「やっぱり笹山さんだ」「・・・・高和くん?」

「うん。こんにちは。ん?こんばんはか?」「うふふ、こんにちは」

「これから帰り?」「うん」「バス停、栄町公園?」「うん」

「一緒に行っていい?」「うん」

 青信号になり俺は笹山さんの横に並んで歩いた。

「寒いね」「うん」

「一人?」「うん」

「いつも船山さんと一緒じゃなかった?」「・・・・うん」

「あっ、そうか。巻か」「・・・・うん」

 いつも笹山さんと船山さんは一緒だったが、巻と船山さんが付き合い始めてからは、笹山さんは単独になったようだった。

「それじゃあ、気をつけてね」「何が?」

「笹山さん、人気あるからさ、悪い虫につかれないように。船山さんも修学旅行の時言ってたじゃん」

「・・・・」顔を真っ赤にして俯いている。か、か、可愛い・・・・。

 確かにこれじゃナンバーワンだ。俺は周りを見渡した。はっ!

「ど、どうしたの?」「ん?いや、今この瞬間を誰かに見られたら、俺明日、刺される」「なんで?」


 彼女は無口でほとんど、男子とは話をしないらしい。そんな噂を聞いていた。でも、美術の時間で席が隣でなんとなくいつも話しかけていたせいか、俺とは普通に会話をしてくれる。まあ、それはファンクラブの奴らは気に入らないらしいが。だから、バス停に着いても俺たちは普通に会話を続けていた。楽しいな〜


「なんだ、涼ちゃんじゃん」いきなり声がした。京子ちゃんがこちらに向かって歩いていた。

「理央ってすぐにわかったけど。なんだ、隣にいたの涼ちゃんか」

「なんだってなんだよ!」

「理央に彼氏ができたんだって思って、こっそり近づいてきたのに。涼ちゃんだもん。つまんない」

「・・・・京子」「えっ?もしかして、二人・・・・」

「悪かったな、俺たちはこういう仲だよ〜ん」

「あっ、うそ、うそよ、全然違う・・・・」

「え〜、笹山さん、大否定かよ。まあ、本当だけどさ〜」

「だよね。理央が涼ちゃんなんかと付き合うわけないし」

「おいおい、京子さん。それはちと失礼でございませんか?」

「そうでしょうか」「まっ、そうだよね。笹山さんが俺なんかとさ・・・ふん!」

「そ、そんなことないよう・・・・」「えっ!」俺と京子ちゃんが同時に笹山さんを見た。みるみる彼女の顔が赤くなった。わかりやすいかも。


「たまたまそこで会ったんだ」「だよね。二人とももう帰るの?」

「うん、そうだけど」「理央も?」「うん」

「何か温かい物飲みに行かない?」「あ〜、いいねえ。寒いし」

「理央は?」「・・・・私も行こうかな」

「じゃあ行こうよ、笹山さん」「じゃあ、決まりね」


 俺たちは北大通りの方へ戻り、スガイビルの地下にある喫茶店へ行った。俺はホットコーヒーを頼んだ。二人は仲良く、ホットココアを頼んでいた。俺は無意識に内ポケットからタバコを取り出し口にくわえた。

「こら、涼!」「ん?」京子ちゃんが俺を睨んだ。

「あっ・・・・」笹山さんいたもんね。

「私なら平気よ。お好み屋さんで、吸ってたでしょ」

「そうだった?でもねえ、まあいいか。悪いね」そう言って俺はラッキーストライクに火をつけた。

二人は仲が良い。タバコを吸う俺には目もくれず、なんだかかんだと会話に盛り上がっていた。俺はプカプカしながら二人を眺めていた。

 それにしても、二人とも可愛いよなあ。で、二人ともファンがいっぱいいるんだろ?すげえなあ、俺。そんな彼女たちをこうして眺めてるんだもん。

 思わず鼻から煙を出しちゃった。そんなことをしても二人は会話に夢中だった。どんだけ話題があるんだか。俺は彼女たちの会話が一瞬途切れた時に割り込んだ。

「ねえ、君たち仲がいいねえ。ずっとお話盛り上がってる」「ん?」

「・・・・ごめん、高和くん」「いや、そういうわけじゃないよ。俺は別に」

「あっ、涼ちゃん、存在感ないから忘れてたよ」「おいおい。なんでそういうかな。笹山さん見習いなさいよ」

「ふん、私は、理央みたく可愛くないもんね」

「あ〜あ、逆ギレかよ。面倒くせえ」「何よ、悪い?」

「ねえ、笹山さん、なんか言ってやってよ」「うふ。二人、仲がいいのね」「え〜、全然よ」「仲良く見える?」「うん。やっぱり姉弟っていいね」

「ぐっ・・・・」俺と京子ちゃんは目を合わせた。

「あのさあ、理央。そのことはさあ」「ごめんなさい。・・・・触れられたくないのよね・・・」あちゃあ〜、そうじゃないのに。笹山さんにそう言われると心が苦しいな。多分京子ちゃんもそうだろう。「あ〜あ・・・・別に気にしないで。私たちも全然気にしてないからさ」

 笹山さんには本当のことを言ったほうがいいんじゃないか。俺は目で京子ちゃんに訴えた。でも彼女は首を振った。

「そういや、笹山さんて兄弟いるの?」俺は話題を変えるために聞いた。「私?」「そう」「理央は、弟がいたよね?」

「ちょい!京子ちゃんに聞いてない!」あんたが答えたら話題変えた意味ないじゃん、と目で訴えながら言った。

「京子の言う通りよ」「ふ〜ん」別にどうでもいい質問だったから続かねえな。

「え、え〜とう・・・・」「理央」突然、京子ちゃんが言い出した。

「クリスマスってどうするの?」「京子ちゃん、その質問は野暮じゃな?」

「なんで?」京子ちゃんは頭の上に?マークを乗せ俺を見つめた。

「いやいや、彼氏と一緒でしょ。メリークリスマスよ」「そ、そうなの!理央!」「えっ、えっ、えっ・・・・」笹山さん、慌てだした。

「ちょ、笹山さんどうしたの?挙動不審だけど、それ灰皿よ」なぜか彼女、灰皿を持ち出した。

「理央、彼氏いたの!なんで教えてくれなかったの?」

「えっ、・・・・わ、私・・・・」「もう、水くさいなあ」

「私、・・・・誰とも付き合ってない」笹山さんはようやく落ち着いてそう言った。

「へ?涼ちゃん、彼氏がいるって言ったじゃん」「ん?そんなこと言った?」

「彼氏と一緒って?」

「そうじゃないかなあって。だって、人気ナンバーワンでしょ?彼氏いないわけないじゃ〜ん」

「そうなの、理央?」「だからいないってば!高和くん、やめて」

「そうか、いないんだ。こりゃ〜、報告しないと。ファンの皆さん喜ぶね」

「こら、涼!」俺は京子ちゃんに頭を叩かれた。なんだろ、この感じ。ショートコント?

「で、京子ちゃんは彼氏とデートでしょ?」「そうなの、京子?」

 また、頭を叩かれた。「彼氏がいたら、ここにいないわよ」

「ふ〜ん。学年1、2のかわい子ちゃん二人がねえ〜。これ知ったら、明日からクリスマスデートの申し込みが殺到するんじゃな?」

「じゃあ、何?涼ちゃんは彼女と楽しいクリスマス?」「そうなの、高和くん?」えっ、笹山さん、そんな目で見ないで・・・好きになっちゃう。

「ふふふ。俺は誰のものでもねえ、みんなのものさ。だからクリスマスは・・・・」「なんだ、暇なのね」

「ぐっ。そうとも言う・・・・。つうかその日もバイトだよ」


 まじでクリスマスイブはバイトだった。

 今日は終業式で昼からバイト。クソ面白くないからデートがあると嘘を言って、16時上がりにしてもらっていた。それでもなんかムカムカした。なんで、こんな日にバイトなんだよ!と言っても、バイトなかったとしても何も予定はないけどよ。

 そういや、クラスの連中、ボーリングに行くって言ってたな。あ〜あ、それよか可愛い子とクリスマスを過ごしたいぜ。その時、頭に京子ちゃんの顔が浮かんだ。俺は思わず頭を振った。ありえないでしょ!次に笹山さんの顔が浮かんだ。お〜、なんてメルヘンティック。いやいや、頭を振った。ファンクラブにボコボコにされる。その前に大佐に刺されるかも。ふ〜、俺はハンバーガーを作り続けた。

 ポテトを揚げていた。ここからはカウンター越しに客席が見える。俺は何気に客席を見ていた。まあまあの入り。この人たち、この時間になんでハンバーガーとかポテと食ってんだろ?まあいいや、どうでも。

 時計は15:30過ぎ。そろそろ終わりだ。

 揚がったポテトを袋に入れそれを保温機に置いた。その時、客が入ってきた。制服を着た女子高生二人。ん?俺に向かって手を振ってる。

「あら、京子ちゃん・・・それに、笹山さん」俺は思わずカウンターへ行った。

「涼くん、ちゃんと働いてるね」「ど、どしたの?こんなところに」

「喉乾いたの。ねえ」「うん」

「お友達?」カウンター担当の荒堀さんが言った。

「はい。同級生です」俺は裏へ戻った。

 彼女たちは飲み物を頼んでテーブル席へ行った。


「ねえ、どうしたの?」俺は急いで二人の席へ行った。

「部活が終わってたまたま一緒になったんだ」「うん」

「で、なんとなくきちゃった。涼くんバイトだって言ってたから」

「飲み物だけ?バーガー持ってこようか、奢るぜ」「本当?でもいい。ねえ理央」「うん」

「なんで?奢るぜ」「いいよ。ところでバイト何時に終わるの?」

「16時だけど」「そう。あとは理央が説明します」「ん?」

「・・・・アルバイト終わったら、3人で行かない?」「ど、どこへ?」「・・・・・」「ん・・・・?」俺は京子ちゃんの顔を見た。

 私知らな〜い、って感じでそっぽを向いた。

「ボーリングに行かない?」「・・・・ん?」

 俺はまた、京子ちゃんの顔を見た。

「だって。私たちも予定ないし、クリスマスなのにバイトをしている涼くんがかわいそうだから誘わないって、理央が」「ま、ま、ま、マジ?」

「そうね、理央」「・・・・うん。高和くんが良かったら」

「全然OK!すぐに行きます!笹山さんありがとう!本当に笹山さんて素敵!ありがとう」」彼女は耳まで真っ赤にして俯いた。

「ちょっと、私には?」「ん?・・・・あなた、誰?」

「・・・・今の話はなし。行こうよ、理央」京子ちゃんが笹山さんの腕を取り立ち上がった。

「NoNoNo!ありがとう京子ちゃん。なんか素敵よ、今日も」

「ふっ、仕方ねえ。連れてってやるか、ボーリング」


 俺は16時ジャストにあがり急いで着替えた。

「お先に失礼します」「お疲れ様。これからデート?」

「そんなんじゃないっすよ〜」「それにしても、二人とも可愛かったわね。びっくりした。どっちが彼女?」荒堀さんは本当にびっくりしていた。

「どっちも違いますよ。暇人女子高生です。どうしてもって言うからこれからボーリングに行くんです」

「あんなに可愛いのに、クリスマスイブにあなたとボーリング?」

「それがなにか!」「別に。じゃあ、楽しんできてね」「はい」


「二人とも、部活早かったね、終わるの」「今日はミーティングだけ」「私たちも」

 3人並んで歩いていた。

「ふ〜ん。で、寂しくボーリングかい」

「悪かったわね。バイトよりはマシだけど」

「・・・・そうだね。誘ってくれてありがとう」「わかればよろしい」

「笹山さん、船山さんは?」「美樹は巻くんとよ。決まってるでしょ」

「なるほど。道理であいつ、朝からフワフワしてた。羨ましいねえ、クリスマスに彼女とデートか」

「ん?私たちじゃ不服?」「い、い、いや全然!我が校を代表する美少女ふたりとご一緒にさせていただけるなんて、この上もない光栄でございますです」

 そう行って俺は二人に向かって深くお辞儀をした。

「ふふふ」「わかればよろしい」「御意。でもこんなところ高校の連中に見られたらやばいなあ。つうかさっきから同じ制服着てるやつらに見られてるよ〜」


 栄町公園の近くにあるボーリング場へ行こうとしていたらしいが、そこには間違いなくクラスの連中がいるだろうから駅前にあるボーリング場へ行った。でも、冬休みに入る前日、やっぱり高校生であふれていた。

 知った顔はいなかったが、同じ高校の制服もいた。まあ、こっちは知らなくてもあちらは知ってるんだろうな。なんせ、我が校代表の美少女二人がいるから。

「さてと。久しぶりだぜ」「私も。理央は?」「私も」

「じゃあさあ、勝負しない?」「何の?」「決まってんじゃん。スコア。ビリが喫茶店で何でも奢るのってどう?」「いいわよ」「・・・・自信ないなあ」

「笹山さんはやめとくか。そんなタイプじゃないしな。じゃあ、京子ちゃん、勝負だ!」「望むところよ」そう言って彼女はコートと制服の上着を脱ぎ、腕まくりをした。

「わ、私もやる」「理央も?大丈夫?」「・・・・さあ。でも楽しそう」

「OK、じゃあ始めましょう」


 彼女たちはボールがピンを倒すたびに大きな声で喜び合っていた。喜声というのだろうか。嬉々としている。

 二人とも、どんどんピンをピンを倒していく。その度に彼女たちは抱き合い、お互いを誉めあった。その喜びの声だけが響いていた。

 そんな二人は本当に可愛かった。キラキラしていた。

 ボーリング場のほとんどの男たちが彼女たちを見ていた。彼女たちがピンを倒すたびに、拍手が起こった。そりゃそうだ。

 そして俺はどんどん暗がりに転がっていた。


 電光表示板のスコアには上から149、126、98と出ていた。何だこれ?つうか俺は何してる?これ、ボーリングのスコア?98って。

「あ〜楽しかった」「うん。久しぶりに大きな声出しちゃった」

「・・・・だねえ、笹山さん。そんな大きなお声が出るのね。みんなこっち注目してたよ・・・・」「・・・・」顔、赤くしてる。かわいい。そして俺のスコアも可愛い。

「じゃあ、これからパーティー行かなあかんのでこのへんで、ほな、さいなら・・・・」

「こらっ!どこへいく?」

「だからパーティー行かな・・・・。わかりました。そんなに睨まないでよ、京子ちゃん」「約束は約束よ!」


「はい。好きなもの頼みなさい」前に3人できた喫茶店。

 俺は奥のテーブル席のソファに座ってタバコに火をつけながら二人に言った。

「いただきま〜す。理央、何にする?」京子ちゃんはメニューを広げた。

「私はねえ、フルーツパフェ!」「へっ!この寒い日に?」しかも高いぞ・・・・。

「ボーリングで熱くなっちゃたの。理央も同じにする?」「私?ん〜」

「遠慮しなくていいよ、笹山さん。負けは負けさ・・・・」今日のバイト代飛ぶな。とほほ。

「じゃあ、私、ホットココア」「えっ!そんなんでいいの?」「うん」

「おいおい、京子ちゃん、笹山さん見習えよ」

「ん?何が。勝負は勝負よ。98点が何を偉そうに。ぷっ」

「あ〜、今、プッっと言った!親父にだってプッって言われたことないのに〜」「いつでも勝負してあげるから、悔しかったら練習でもしなさい。ねえ、理央」「・・・・う、うん」「あ〜、笹山さんまで・・・・」

 結局、フルーツパフェは二人で仲良く食べていた。ココアも。いいな〜、間接キッス。パフェのスプーンになりたいなあ〜。


 年が新しくなり、あっという間に冬休みも終わった。

 そして、あっという間に3月になった。我が家は慌ただしくなっていた。親父が札幌に転勤になったから。さて、俺はどうなるのやら。

 家族会議で、高校も残り一年ということで、俺は釧路に残ることになった。幸い、市内で民宿を経営している親戚がおり、俺はそこの一間を借りて残り一年の高校生活を過ごすことになった。まあ、下宿みたいなものかな。


「ねえ、大丈夫なの?」「何が?」「一人暮らし」

 終業式が終わり、京子ちゃんと例の喫茶店で待ち合わせていた。昼を一緒に食べるために。

「大丈夫だよ。一人暮らしっていったて、朝晩、飯は出るし」

「そうかなあ、なんか心配」「心配するなよ、姉さん」

「ばか、真面目に心配してるのよ」

「ありがとう。でもどのみちいつかはこうなるじゃん。京子ちゃんだって来年、大学行ったら一人暮らしが始まるじゃんか」

「う〜ん、そうだけどさあ。早く言ってくれればウチに来てもらえたのに」

「それはないでしょう」「何で?ウチは今、お父さんは単身赴任でお兄ちゃんはとっくに家出てるし。部屋は空いてるのよ」「だとしたってっさあ・・・・」

「お母さんだって、来てくれればよかったのにって言ってたわ」

「いや、まずいでしょう。女性だけの家に俺が行くのは」「何で?」

「絶対ありえないけど、年頃の女の子がいる家にもし俺なんかが住んだら、世間体にもよくないし、そんなの学校で知れたらもう、大騒ぎだぜ」

「え〜、学校は大丈夫よ、私たち姉弟でしょ」

「まあ、そうだけど。ありがとう、心配してくれて。大丈夫さ。問題ないよ」

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