3 京都どすえ

 次の日は朝からバスで京都へ向かった。昨日同様、クラスごとの観光名所巡りだった。

 俺は昨日と同じようにクラスの列の最後尾をダラダラ歩いて観光名所を巡った。天気が良くて気持ちよかった。奈良も良かったけど、京都もいいなあ。


 修学旅行生相手で儲けているであろう、広いだけが取り柄の会館での大したうまくもない仕出し弁当の昼食を済ませ、午後は清水寺へ向かった。さすがにここは広いらしいのでクラスごとでぞろぞろ歩くようなことはせずに、班行動となっていた。決められた時間内にバスの駐車場へ戻ればいいのだ。

「じゃあ、15時に駐車場でな」俺はそう言って、班の連中と別れた。俺はここで、行くところがあったのだ。


 バスを降りるときに、バスガイドさんに俺は尋ねた。

 昨日からお世話になっているバスガイドさんは今年デビューしたばかりで俺たちと二つしか違わない小柄で、可愛いらしい人だった。

「レイザン神社ってどこっすか?」「えっ?」

 彼女は不思議そうな顔で俺を見た。

「レイザン神社」「ん?」

「んと〜・・・・・・・・・坂本龍馬の墓がある神社」

「あ〜あ、それね。リョウゼン神社って言うのよ」

「・・・・まじ?霊山って書いてリョウザン?」

「違う。リョウゼンだってば」

 読み方間違えてた。もしかして、知床をシルユカと言ってしまうくらい恥ずかしいぞこれ。高和をタカカズって言うより恥ずかしいかも。うわ、はずかしい〜

「そう。そこへ行きたいのね」

 そう言って彼女は微笑みながら地図を広げ、そこへ行く道を教えてくれた。とりあえず、彼女は俺をバカにはしていないようだ。田舎者のアルアルで片付けられたかも。

 俺の親父が坂本龍馬の信奉者だった。俺は別に好きでも嫌いでもないけど、せっかくだから彼が眠っているところへ行ってきて、それを親父に報告しようと思ったのだ。なんて親孝行なんだろう、俺。

 ということで、俺は班の連中と別れて霊山神社へ行った。

 坂本龍馬の墓は斜面に広がるたくさんのお墓の中に普通にあった。特別デカイとか、銅像が建ってるとかなんていう派手なデコレーションはなかった。でも立て看板があったり邪魔臭いくらいの花が置かれていたりして、すぐに坂本龍馬の墓だとわかった。でも、普通の墓だった。俺は合掌した。目的は終わった。


 さて、この後どうしようか?清水寺見てくるか、タリイけど。まだ時間あるし。俺はトボトボと清水寺への坂道を登った。

 当たり前だけど、観光客が多い。飛び降りたくなるくらい有名な舞台は人で溢れていた。俺も舞台から景色を眺めたかったが、人をかき分けてズカズカ行くのも何なんで諦めた。

 チラチラ水が落ちてくる何とかっていう滝あたりも人でごったかえしていた。俺は滝を下から眺められるところにあったベンチに腰掛け、滝から流れる水をありがたく柄杓で受けてそれを飲む人たちをボ〜ッと眺めていた。時計を見ると14時30分だった。

 平和だなあ。まだ早いな、集合場所へ行くの。それにしてもタバコ吸いてえな。

「あっ、高和くんだ」突然声をかけられた。

「船山さん?」

「こんにちは」

 彼女は選択教科の美術で一緒の6組の子だった。

「こんにちは。あれ、笹山さんも。こんにちは」

「・・・・こんにちは」

 船山さんの横に笹山さんが立っていた。うお〜、相変わらず可愛いぜよ。思わず土佐弁で叫んでしまった。もちろん心の中で。

 彼女がいわゆる学年NO・1と言われている女子だった。

 俺はたまたま美術の時間で、彼女の席の横に座った関係で仲良くなった。しかし、ただそれだけで、クラスの男どもから非難された。それだけ彼女は可愛く人気者だった。マジ可愛い子だ。

「修学旅行、楽しんでますか?」「うん。高和くんは?」

「まあ、それなりに」「相変わらずね」

「相変わらずって・・・笹山さんも、楽しんでますか?」「・・・・うん」

「高和くん、一人なの?なんだか、らしいよね」「君たちだって二人じゃん」「そうね。二人くらいが気楽なの。ねえ、理央」「・・・・うん」

 いや〜、笹山さん、マジかわいいな。まじまじと彼女を見れるわけもなく俺は意味もなく頭をかいていた。

「高和くんじゃん」

 目の前を通り過ぎていった見覚えのあるブレザー姿の女子が俺に向かって言った。

「あっ、滝沢さん?」

「どうしたの?高和くん。ベンチ座って女の子に囲まれて。モテモテね」

「京子!」船山さんが言った。

 あら、笹山さんに滝沢京子。所謂、男どもが言う我が校、NO.1とNO.2が揃った。すげえのかな?これって。

 俺はベンチに座ったまま彼女たちの顔を下から眺めた。

「美樹と理央じゃない。二人?班行動じゃないの?」

「京子こそ、一人?高和くんみたい。はははっ」

 高和くん見たいって何だよ。

「ん〜、なんか集団て合わないのかなあ〜」「らしい〜、京子」

「でも、あなたたちだって二人じゃない」「まあね。私たちもたくさんでゾロゾロするの好きじゃないの。ね、理央」「うん」

 なんか3人で盛り上がってる。この3人、知り合いなんだ。

「で、高和くんも一人なんだ」滝沢京子が急に言った。

「ん?・・・・そうです」「この後どうするるの?」

「別に。時間になったら集合場所へ行くよ」

「そなんだ。私もそうだけどね。じゃあ一緒に行こうか」

「はあ?・・・・まあ、いいか」「ん?まあいいかあってなによ!」

「い、いや、別に」滝沢京子に絡まれるのはごめんだ。

「あなたたちは?」滝沢京子は二人に向かって言った。

「うん。私たちも、集合場所へ行くだけかな。じゃあ私たちも一緒に行こうか。理央」「・・・うん」

 なんなんだ、この流れ。集団行動嫌じゃなかったか?

 まあ、いいか。それにしても可愛いな、笹山さん。

 なんていうか、このおっとり感。俺は思わず笹山さんに見とれてしまいそうだった。下から見る笹山さんもいいなあ。恋の予感。

 なんて油断してたら、急に手を引かれ立たされた。

 滝沢京子が俺の手を引いたのだ。

 引かれた勢いで彼女の体にぶつかりそうになった。彼女の顔が目の前。

 わお!これはこれで可愛い?恋の予感。

 いや、ありえない。


 集合場所へ行くまでの道中、土産屋が現れるたびに彼女らは店に入ってキャッキャと物色していた。その度に俺は店の外で空を見上げ時間を潰した。何してんだろ、俺。どうやら彼女たちは中学校が一緒で仲がいいらしい。

 集合場所が近づいてきた時、滝沢京子が言った。

「高和くん、明日どこへ行くの?」「俺?」

「うん」「俺の班は嵐山行ってそのあとはどこだっけか・・・・?本願寺?祇園?ん〜、なんだっけかな?」「ふふふ、適当ね」

「滝沢さんは?」「いろいろ」

「ふ〜ん。船山さんたちは」

「もう、盛りだくさんよ。ねえ、理央」「うん」

「なんか今から疲れそう」

「ねえ、高和君」「何?」

「今夜の自由時間はどうするの?」「滝沢さんは?」

「私?みんなと新京極へ行くの。理央と美樹は?」「あら、偶然。私たちも」「まあ、新京極って修学旅行の王道らしいもんね。で、高和君は?」

「大佐たちとお好み焼き食べに行く」

「え〜本当!いいなあ〜、私も行きたい!」滝沢京子が大きな声を出した。

「声でかいよ。滝沢さんは新京極でしょ。お母さんへのお土産でも物色してきなさい」「え〜」

「いいな、私もお好み焼き食べたいな」笹山さんが突然そう言った。

「ええ?笹山さんまで・・・・」、驚いた。

「ねえねえ、美樹。あなたはどう?」「私?別に」

「じゃあ理央、私と一緒に高和君たちと合流しない?」「・・・・うん」

「じゃあ、そういうことで、よろしく!高和君」

「はあ?なに勝手に段取りつけてんだよ?もう・・・・まあいいか。でもむさ苦しい男が俺の他に3人いるよ。それでもいいの?大佐とか巻とか、小坂とか。知ってる?本当にむさ苦しいよ。いいの?」

「いいよ、全然。私、久遠君と話ししてみたいし」

「ふ〜ん、あっそう。大佐も喜ぶよきっと」

 あらま!なんてこった。学年トップの美女二人とお好み焼きとは。滝沢京子は置いといて笹山さんがくるなんて。やつら喜ぶかな。いや、絶対緊張するぞ。

「あ〜、もうこんな時間よ!」船山さんが大声を出した。時計を見ると15時5分前。

「あら、急がないと」笹山さんが全然急いでいる風には思えないおっとりしたかんじで言った。

「大丈夫よ。置いていくわけないじゃん」滝沢京子が当たり前でしょという感じに言った。

「確かに」、「でも急ごうよ」

 俺たちはちょっと早足で集合場所へ向かった。


「あら、もうみんなほぼ集まってるんじゃない」

 学生服の集団が整然と並んでいた。えらいなあ。

「じゃあ、目立たないようにこっそり行こうよ」

「あ〜もう無理、みんな見てるぜ、こっち」「あら、本当だ」

 そう言って滝沢さんと船山さんは集団に向かって手を振った。なんとも彼女たちは自由人だ。笹山さんは俯き加減。なんとも正反対なこと。

 俺はそんな彼女たちの後方をノサノサとあらぬ方を見ながら歩いた。私はこの人たちとは関係ありませんよ的に。まあ、明らかに集合に遅れましたけど。

「じゃあ」滝沢さんは俺と笹山さんに向かってそう言い、自分のクラスの方へ向かった。

「・・・・うん」笹山さんと船山さんも自分のクラスへ向かった。

「はいはい、じゃあねえ」俺は彼女たちに軽く手を振って自分のクラスの方へ向かった。そして、さりげなくコソコソと最後尾に並んだ。まあ、バレバレだけど。

「こらっ、高和!遅い!」「すんません・・・・」俺は担任に向かって軽く頭を下げた。

「しかも女連れとはいい度胸だな!」周りからドワっと笑いが起きた。「・・・・すんません」「じゃあ、みんな揃ったからバス乗るぞ」

 ぞろぞろとバスへの移動が始まった。その途端、俺の周りに男子が集まってきた。

「おい、高和、さっきのあれなに?」「ん?あれって?」

「オイオイ、しらばっくれるのかよ。女連れだよ」

「あ〜、あれ」

「つうか、なんだよ、彼女ら?笹山さんに滝沢さんって?」「ん〜、なんなんでしょう?」

「どうしてお前が、学年NO•1とNO・2と一緒に登場すんだよ!しかも遅れてよ!」「へえ、そなの?」

「なにボケてんだ、この」「遅れるならまだしも、彼女らと一緒というのが許せん!」

「仕方ないじゃん。勝手に彼女らがついてきたんだもん」

「はあ?嘘つくな!お前がストーキングしたんじゃねえのか?」「そうだそうだ、お前なんかに彼女たちが付いてくるかよ!」

「あら、そんなこと言うの?じゃあ、彼女たちに聞いてみろよ」

「おお、開き直ったかあこの野郎!」

「オイオイ、早く乗らないと、また怒鳴られるぞ」

 は〜、これだから面倒くせえよな、集団行動。


 旅館に着いて、いつもの入浴時間をフライングをして部屋でくつろいでいた。

「あっ、大佐。あのさ〜、今夜のお好み焼きなんだけど」

「ん?やめる?居酒屋で飲むか?」

 立ち振る舞いが軍人のようで自分でもそれを意識している。そういうわけなのかいつの間にか大佐と呼ばれている。高校生のくせに酒飲みで、一言一言が高校生にしてはじじくさいが、それが何故かみんなにリスペクトされている。

「いやそうじゃなくてさ。ちょっと増えていい?一緒の行く人」

「巻と小坂の他に?」「うん。ダメ?」

「いや、いいよ別に。で、誰?」

「う〜ん。驚かないでね・・・・。滝沢さんと笹山さん」

「ん!誰それ?」「いや、だから、9組の滝沢さんと6組の笹山さん」

「ん?女子?」「そう。ダメ?」

「・・・・まじか」「だよな、ダメだよな・・・・やっぱ断るか」

「・・・・いいよ」「本当!助かる。今更断れんしさ。よかった。でも、面倒くさいよな、女も一緒って。酒もタバコも、どうするべ」

「いやいや、全然。きっと巻きも小坂も喜ぶ」

「そう?大佐がいいていうならいいけど」

「で、なんで、彼女たちが来るの?」「ん〜なんか流れで。断れなかった。ご悪いな」

「いや、それなら仕方ないな〜」明らかに大佐は嬉しそうだ。笑える。


「・・・・・あっ、そういや、待ち合わせの場所決めてなかったなあ。まあいいか」

「へえ?オイオイ。紳士らしくないな。決めてこいよ」

「え〜、面倒くさ。じゃあ大佐が行けよ」

「ん・・・・・・・」「わかったよ行くよ。まったくもう・・・・」

 俺は仕方がなく今夜の待ち合わせ場所を決めるために、滝沢さんの部屋に行くことにした。でも良く考えたら、俺は滝沢さんの部屋がどこか知らない。あらま。大佐には諦めてもらうしかないな。


 夕飯も終わり、自由時間となった。

 大佐も巻、小坂は盛り上がっていた。

 まいったなあ、今更、待ち合わせの時間も場所も決めてないって言ってない。

「高和、で、何時に待ち合わせだ?」 

「あ〜・・・・・・ごめん大佐。彼女の部屋わからんかった。ってことで、彼女らとは一緒に行けないかなあ・・・・・」

「・・・・」大佐、明らかにがっかりしてる。

「まあ、仕方ないな。行こうぜ」巻もちょっとがっかりしながら言った。

 いやはや、そんなにがっかりするとは。しゃあねえ、盛り上げるか。俺はいつもの3倍くらい饒舌になった。みんなのご機嫌をとるために。


 エレベーターを降り広いだけが取り柄のロビーに着いた時、俺たちは驚いた。 

「遅いぞ〜」 滝沢さんが手を振っていた。その横に笹山さんと船山さんがいた。

「ご、ごめん、遅れて・・・・つうか、別に約束してたっけ、ここでって?」

「ここで待ってればいつかは来るでしょ」

「マジか。船山さんも行くの?」「私は理央の保護者みたいなものよ。変な虫がつかないように」

 よかった、なんとか奴らに対して面目が立った。後はどうでもいいや。ふ〜

「変な虫って、大佐と巻きだな。気をつけてね〜笹山さん」と調子にのって言った。

「こら!あなたも、高和くん!」「・・・・船山さん・・・・俺が?」

「て言うか、小坂くんもみんな、ダメよ、理央は!」

「うわ〜厳し〜。俺たちそんなつもりはないぜ」、巻が言った。

「ん〜、どうだろ、久遠くんと小坂くんはまあ大丈夫そうだけど、巻くんと高和くんはなあ〜」

「はいはい。わかりました。高和涼、ちゃんとします。つうか早く行こうぜ。お好み焼き早く食べたいなあ〜、ねえ、笹山さん」

「・・・・うん」「ほら、船山さんも滝沢さんも早く行こうぜ」

「そだな、行こう行こう」大佐が歩き始めた。

 笹山さんがなんとなく大佐の後をついて歩き始めた。

「じゃあ行こうか」巻が船山さんにそう言って歩き始め、小坂もそれに続いた。 

 俺と滝沢さんがなんとなく並んでその後ろに続いた。


 とりあえず通りを西に歩いた。遠くに橋が見えはじめた。その下は鴨川だ、確か。川は街の灯りを受けていてキラリとしていた。

「ねえ、どこへ行くの?」滝沢さんが俺に聞いたきた。

「お好み焼き屋さん」「だからどこの?」

「あっち」真っ直ぐ指差した。

「ふ〜ん。なんて言うお店?」

「・・・・ねえ、なんて言うお店?」俺は小坂に聞いた。

「え?」小坂は振り返った。

「そんなの決めたっけ?河原町ってとこあたりに行けばあるんじゃなかった?」「なに?決めてないの?」「うん」

「え〜誘っておいて決めてないの?」

「はあ?いやいや、誘ってないし。まあ、なんとかなるんじゃない、行けば」

「普通さあ〜調べておかない?」「そう?どうやって?」

「雑誌とかガイドブックとか」「そうなの?」

「信じられない!」

 何怒ってんだろ?

「あっそうだ」俺は走り出した。


 橋を越えて大きな通りとの交差点で信号待ちをしているカップルのところへ向かった。

「すみません」「ん?」男の方が振り向いた。

「突然すみません。あのですねえ、この辺で美味しいお好み焼き屋さんってありませんか?」「お好み?」

「はい」「修学旅行生?」女の方が俺に聞いた。「はい」

「ん〜・・・・・・・・・・・あそこがいいんじゃない?」「あ〜あそこね」

 男はその店の名を教えてくれた。

「あんな、この通りまっすぐ行ってな、二つ目の信号を右に曲がったらすぐわかるわ」

「ほうほう、三つ目の信号を左に曲がって3軒目ですね」

「なんでやねん!」

「ごめんなさい!冗談です。でも、感激です。生の『なんでやねん』まで聞かせてもらって」「そうかあ、まあ、なんでもええわ。美味しいで、そこ」

「なんでやねん!」

「はあ、使うとこまちごうとる。つうか俺ボケてへんで、今。おもろいな〜君」「君たちどこから来たの?」


「ねえ、高和くん随分話長くない?」「うん。あっ、今あいつどつかれた」

「本当だ。絡まれてるの?大丈夫?」

「どうだろ、二人して大笑いしてる。あいつもどついた」

「何してるのよ!呼んでくる」


「北海道からです」「遠いわね」

「マジ遠いっすよ。パスポートも取らなきゃならなかったし、ってなんでやねん」

「う〜ん、惜しい。ちょっと違うわ」「そうっすかあ?いいと思ったんだけど。ははははは」

「あら、可愛い子が走ってきたわよ。彼女?」「あ〜あ。忘れてた」

「もう、高和くん何してるの?あっ、こんばんは」滝沢さんは立ち止まってお辞儀をした。

「お二人にね、『なんでやねん』を教えてもらってたんだ」

「ええ?お店聞いてたんじゃないの?」「あっそうだった」

「大丈夫。ちゃんと美味しいところ教えておいたよ」

「本当に?ありがとうございます」滝沢さんがまたお辞儀をした。

「北海道から来たんですって?あの子達も?」「はい」

「北海道の女の子ってみんな可愛いのね。じゃあ、楽しい旅行にしてね」

「はい。ありがとうございました」滝沢さんがお辞儀をした。

「おおきに」俺もそう言ってお辞儀をした。

「おおきにって・・・・なんでやねん!じゃあな」カップルは点滅する青信号に気づき走り出した。

「素敵なカップルだね」「そだねえ」

「でどこ?お好み焼きやさん」「この道まっすぐ行って二つ目の信号右に曲がったらすぐにわかるって」「ふ〜ん。じゃあ行きましょう」

 周りはだんだん人通りが多くなって来た。


 その店はすぐに分かった。説明通りだった。

 入り口のドアを開け入ると、暖かい空気が顔にまとわりついてきた。

 店内の両サイドのテーブルにはすでに客で埋まっていた。左右それぞれに3っつのテーブル席。テーブルの中央の鉄板から湯気と香ばしい匂いと焼き音がした。

「あら混んでる」「人気店なのね」奥の方にも席はありそうだ。

「あの〜、7人なんすけど」滝沢さんは近くにいた店員にたずねた。

「7名ですね。いらっしゃいませ〜」

「お〜空いてるみたい」

 店員は奥の座敷を案内してくれた。座敷には大きめのテーブルが4つ。どうにか一つだけ空いていた。

「7人にはちょっと狭くねえ?」「まあ、大丈夫じゃない」

 滝沢さん、船山さん、笹山さんは奥の方へ並んで座った。

「こっちサイド、野郎4人は狭いな」「だな。横に一人ずつ座るか」

「小坂がそこね」巻は笹山さんの隣側を指差した。しかしそこには大佐が座ろうとしていた。

「えっ!大佐、そこでいいの、狭くねえ?」「問題なし」

「高和くん、ここ来なさいよ」滝沢さんが横を指差した。「え〜なんでえ〜?」「いいから」「・・・・・分かったよ」

「じゃあ、俺と小坂はここね」全員が席に着いた。

「さあて、何食べようか」俺は座ってそう言ったが、すでに大佐がメニューを笹山さんと見ていた。「早いなあいつら」

「ねえ、あれ見てよ」小坂が隣のテーブル席を指差した。

「結構でかくない?お好み焼き。飯食ったばかりだしあんなに食えないぜ」

「そうね。二つ三つ頼んでみんなで食べない」

「おお、ナイスアイデア、船山さん!」巻が大げさに大声で言った。

「美樹の言うとおりね。ねえ、久遠くん、理央、美味しそうなのある?」「ん〜、何がいいかな」「適当に3つくらい頼んでよ、スミマセ〜ん」

 俺は店員を呼んだ。大佐と笹山さんが適当に、実に適当に3品頼んだ。

 店員は手際よくお好み焼きを鉄板の上で焼き上げた。

「ごゆっくり」それを船山さんが手際よくそれぞれを7等分した。

「お〜、7等分って分けれるんだ。船山さんすごいね」巻が感嘆の声で大袈裟に言った。

「そう?ありがとう、でも大袈裟よ。声も大きいし」

「そ、そうかなあ」巻は頭をかいて笑った。こいつ、船山さんのこと気に入ったな。で、あいつ。大佐め、笹山さんとずっと話しかけてる。まったくもう、こいつらは。俺は小坂と目を合わせた。彼も苦笑い。「じゃあ、食べようぜ」


 お好み焼きは実にうまかった。北海道じゃ専門店もないし、家で食べる習慣なんてないから俺は初めかも。

「ん〜、うまいね」「そだね」

「これなら晩のご飯食べないほうがよかったわね」「確かに」

 俺たちはしばらくに夢中になって食べていた。そのうちペースが落ちてきて、会話が徐々に盛り上がってきた。こんな時、巻が重宝する。彼はなかなかの話達者でどんどん会話を盛り上げていた。女子の3人は終始笑っていた。

 鉄板の上のお好み焼きはもうほとんど残っていなかった。笹山さんの前にちょっとだけ残っていた。

「理央、それ食べさいなよ」「・・・・ん〜、もうお腹いっぱい」

「わお!なんか今の可愛い〜」小坂がすかさず声を出した。確かに可愛い。

「私もお腹いっぱい!」俺は思わず真似してしまった。

 その時、後頭部に衝撃を受けた。大佐が俺の頭を平手打ちしたのだ。

「な、なにすんのよ!」

「じゃあ、半分こしようか笹山さん」大佐は俺を無視し残りを半分に切り分けた。彼は一口でそれを食べきった。笹山さんはその三分の一を小さい口に入れた。大佐はその残りも一口で食べた。

「なんか、今の仲のいいカップルみたい」船山さんがいった。

「本当ね。私もう食べられない、久遠くん、た・べ・て。てか!」

 今度は巻が真似をした。

「・・・・」笹山さんの顔が真っ赤になった。

 大佐がテーブルの下から巻に蹴りを入れた。同時に船山さんが頭をどついた。「ばか!フザケンナよ」「も〜」「・・・・・・・・・・・・・・・は、はい」


「ねえ、高和くん。私も食べられな〜い。た・べ・て」滝沢さんは俺をキラキラした目で見ながらいった。

「はあ?何言ってんの?カスしか残ってないじゃん。キャラじゃないよそういう可愛いの。馬鹿じゃないの。滝沢さん、あなた面白いのね」

「理央だから可愛いわけ?私は可愛くないの?」

「は〜・・・・・・・・汝自身を知れ」、「なによう!」

「あほらしい。そろそろ帰りましょうか」小坂は伝票を持って立ち上がった。


 俺たちはきた道を旅館に向かって歩き出した。

「そういや、今日、新京極行くはずだったんだよね?よかったの?」

「うん。お好み焼きにきてよかった。ねえ〜」

「うん、本当、美味しかった。ねえ、理央」

「うん」「ありがとう、誘ってくれて」滝沢さんが改まって俺たちにお辞儀をした。

「つうかさあ、誘ってないし。勝手についてきたんでしょ」「そうだっけ?高和くんが誘ったんじゃなかった?」「はあ?・・・・まあいいかなんでも」

 旅館のロビーに入ると我が校の生徒たちでごった返していた。

「みんな色々どこかへ行ってきたんだな」「そうみたいね」

 そこにいる連中のほとんどは両手にお土産なのか、大きな紙袋やビニール袋を掲げていた。そして門限までの数十分を惜しむように、それぞれが会話に夢中になっていた。

「なんか、みんないっぱい買い込んでるね」「そうね」

「じゃあ、俺たちは部屋に戻るね」「うん、ありがとう」滝沢さんがまたお辞儀をした。

「ありがとう」船山さんがそう言うと、巻が「またお好み焼き食べに行こうね」と言った。その横で大佐が「笹山さん、またね」と言うと、彼女はこくりと頷いた。「は〜あ、この二人はどうしよもないね」小坂が俺の横で小声で言った。「じゃあおやすみ」そう言って、彼女たちと別れた。


 部屋に戻るなり巻が言った。

「いや〜、実に楽しかった。ん〜、風呂入ってくるか」

「オイオイ、お前さん、船山さんに惚れたな」

「おい、そんな軽々しく言うな、彼女に失礼だ」「はいはい」

「でもよ、解せねえのが大佐だよな」「全くだ。大佐はお嬢様派だろ」

「・・・・・・・・・」

「あらま、困ってる。でも確かに笹山さんもお嬢様って感じだしな」

 お嬢様とはうちのクラスの女子で、立ち振る舞いも品が良く、性格も良くてしかも可愛らしい子で男子には人気がある子だった。

「まあ、なんでもいいか。でも、大佐、あの子学年No.1だぞ。俺なら躊躇しちゃうな」

「俺、美術で隣だからよく話すんだけど、かなり性格いいぞ、優しいし。またあのおっとり感がいいんだろうな」

「・・・・高和、俺の書道と授業変われ」

「ははは、こっちも惚れたみた〜い」小坂が愉快に言った。その刹那、小坂は大佐に関節技を決められていた。


 翌日は班ごとの行動だった。班で決めた見学コースを周った。早めに終わったので16時には宿へ戻って、いつものフライング入浴を満喫した。

 そして部屋に戻り窓を全開にしてタバコを吸った。

「なあ、晩飯の後どうする?」巻が俺に聞いてきた。

「ん〜出かけるのも面倒くさいな」「そうかあ?新京極行かない?」

「なんでよ?」「お土産とかさあ、買いたいし」

「そう?面倒だな。俺はいいや」「そうか」

「俺行く」大佐が突然言った。その時、ピ〜ンとあることに気がついた。

「はは〜、なるほどね。じゃあ行ってらっしゃい」

 その後二人はソワソワしながら新京極へ向かった。

「なあ、小坂。あいつら新京極だってさ」部屋に残った俺たちはテレビを見ていた。

「あ〜、どうせ彼女ら目当てでしょ」「だろうな。約束もしてないのにな」

「会えればいいね」

 小坂は適当に言った。


 門限ギリギリに二人は楽しそうに帰ってきた。

「お〜、小坂くんに高和くん、留守番お疲れ様だね」巻はご機嫌だ。

「いや〜新京極はいいところだったよ」「あっ、そう」

「ん〜実にいい時間を過ごせた」

「それはそれは」俺たち二人はテレビを見ながら適当に相槌をしていた。

 長々と巻は新京極での話をしていた。大佐も要所要所で口を挟んだ。要は新京極で船山さんと笹山さんのグループに合流し、楽しい時間を過ごしたらしい。「よかったね〜」市川が適当に言った。

 コンコン

 ノック音がタイミング良く響いた。

「誰だよこんな時間に」「また市川の彼女か?それとも伊藤の彼女か?」

「ったく、外で会え」、「うっせな」そういって市川が立ち上がった。

「こんばんは」

「あれ、滝沢さん?」

 全員が俺を見た。俺は首を振った。

「高和くんいる?」俺はうなだれた。何だよ。

「何?」俺は立ち上がって入口ドアへ向かった。

「ねえ、これ、た・べ・て」おいおい、昨日の続きかよ。

 彼女は紙袋を俺の目の前に出した。

「何これ?」「食べて。美味しいよ」彼女は袋の口を広げ俺に見せた。

「ん?何これ?」「ベビーカステラ。見てわかるでしょ」

「どうしたの?」「帰り道にね、何故か屋台が出ているところがあったの。お祭りってわけでもないのにね。なんだか美味しそうで買っちゃった。うふっ」

 彼女は小首を傾げ俺を見上げた。か、可愛い・・・・つうか、彼女、こんなキャラじゃないだろう、騙されるか!

「でもね、2、3個食べたら飽きちゃった。えへっ」うわ、『えへっ』って。まキャラじゃねえだろ。騙されんぞ。

「じゃあ、他の子たちにあげればいいべさ」「うん。あげたけど、みんなすぐ飽きて残しちゃった」

「どんだけ買ったんだよ」「50個。500円よ!」

「いやいや、なんでそんなに買うのさ。じゃあ、明日食べればいいじゃん」「え〜、明日になったらカピカピよ。美味しくなくなっちゃう〜」

 彼女は可愛子ぶってまたもや宣った。なんだこのキャラ。酔ってんのか?

「クラスの男子にあげればいいじゃん、わざわざここまで持ってきてさ」

「あっ、そうか」彼女はそういっていつものキャラに戻った。

「そうだよね、お邪魔しました」そういって彼女は出て行こうとした。

なんだこの身の変わりようは。ったく面倒臭い。

「あ〜、せっかく持ってきたんだからいただきます。ありがとう」

「そう?」「うん。みんな喜ぶよ。なんていったって滝沢さんが持ってきてくれたんだもん」「そうかしら?」

「うん。俺も嬉しいなあ」ったく面倒臭い。

「はいどうぞ」「ありがとう」「じゃあ、おやすみ」そういって彼女は出ていった。なんなんだ今のやりとり。ったく面倒臭い。

 部屋へ戻るとみんながニヤニヤして俺を見ていた。

「こ、これ・・・・食べてって」

「ほう!お熱いこと」「もう冷めてるぜ、これ・・・・」「はいはい」

 なんだよ、こいつら。

「フザケンナよ、こら!お前とお前はさっきまで彼女とウロウロしてたんだろうが!」伊藤と市川を指差した。

「で、アンタと巻はお気に入りのかわい子ちゃんと合流してたんだろ!」大佐と巻を指差した。

「俺はねえ、別に彼女と何にもないの。ったくよう」俺は袋からベビーカステラを一つ取り出し口にした。「まあまあ、高和さん」「いいじゃん、ねえ」

あ〜むかつく。思わず一つを口に入れた。

「あら、おいしいかも」

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