2 あおによし ああ あおによし あおによし

「いや〜、ようやく着いたな〜」

「釧路出て、1日半だぜ、ここまで」

「全くひでえ旅だな」

 部屋に入るなりグダッとした。6人部屋だ。用意された茶を飲み一服だ。

「さあて、早速、奈良見物でも行きましょうか」、伊藤が言い出した。

「マジで!」 思わず声が裏返った。

「行こうぜ早く」 市川が賛同した。

「マジかよ。元気いいな〜君たち。俺はもう少し休んでからにする」

「だらしねえな」 市川が俺の足を蹴った。

「じゃあ行くか。鹿でも狩りに」 

 大佐がライフルを構えるような仕草をしながら言った。

「じゃあ、高和、お留守番よろしく!」 小坂が元気に俺に手を振った

「うん、お土産忘れないでね!」 

 俺も元気に手を振った。横になりながら。あっさりと俺以外の5人は部屋から出て行った。

「ふ〜、あいつらマジで元気いいな」 

 俺は窓から、広がる奈良の空を眺めた。

「青いなあ、奈良の空。昔の人はこんな空を眺めて、歌詠んだんだろうか。俺もここで一首。あおによし・・・・・・あおによしったら あおによし あああおによし あおによし」


 そうだ、風呂入ろう。考えたらしばらく入ってないし。

 入浴時間は17時からと『旅のお供(レジュメ)』に書いていたが、部屋にある宿の案内には12時から入浴可能と書いてある。

「風呂入ろ〜」、俺はタオルと着替えを持って鼻歌混じりで地下の大浴場へ向かった。

「お気楽、極楽」 

 大浴場とは言っても、北海道の温泉ホテルの大浴場と比べれと鼻くそみたいにかなり小さい。でも、足が伸ばせるから十分だ。

窓の外はまだ明るい。15時前だもんな。2日ぶりの風呂になるのか?本当、極楽だ。

 カラスの行水よりはちょっとばかし長かったが、すぐに体を洗いあがった。濡れタオルを首にぶら下げて、ご機嫌で部屋への階段を上がった。

 なんだか知らんが、途中すれ違った他のクラスの野郎がからんできた。

「風呂に入れる時間、まだじゃねえかよ」

 お〜怖!。他のクラスで調子こいてるやつだ。おいおい、調子こいてる割には入浴時間遵守を注意するなんて真面目なのね。

 本当、可愛いよね〜。無視。それにしても、この学校は高校デビューが多くて困る。中学まで勉強一筋真面目な僕ちゃん達が、急に粋がってんだから始末に負えない。無視するしかないよね、バカは。ここで相手しても仕方ないし。

 俺はそいつの顔をギロリと睨み、すかさず満面の笑みを送ってやった。案の定、おとなしくなって降りて行った。下らねえ。そんなことのに腹を立ててる俺も。

 部屋に戻っても、当然誰もいない。ドアの鍵をかけ、窓を全開にしタバコを2本吸った。ようやく落ち着いた。気持ちが落ち着くと、頭の中もゆとりが出てきた。

「ぐわ〜」畳に寝転んで伸びをした。じゃあ、奈良の町でも散歩すっか。

 特別、行くあてもないがとりあえず奈良公園を歩いてみるべ。


 が〜!人多い。一般観光客プラスこの時期特有の学生服集団。まあ、俺もその一人か。

 それとどうでもいいが鹿も多い。そしてこいつらは人懐っこいのか妙によってくる。俺は動物が苦手だった。早足で進んだ。どうにか、鹿がいないところへ逃げた。

「もう、なんで鹿がこんなにいるのよ!気持ち悪い!」

喉が乾いたので自販機でコーヒーを買い、目についたベンチに座り飲んだ。

「ふ〜。やっぱ部屋にいればよかった・・・・」

 まあせっかくだから、大仏さん見たら旅館に帰ろう。それにしても人が多い。目の前をたくさんの人が通り過ぎる。でも、街の雰囲気は嫌いじゃない。いや、好きだ。もっと、歩き回りたい。でも人が多すぎだ。観光客、修学旅行生、俺は俺自身がこの一員というのが気に入らない。今回は諦めていつか一人で来るぞ、奈良。俺はコーヒーを飲みながらぼーっと、そんなことを考えながら人の行き来を眺めていた。


「またコーヒー飲んでる」

 後ろから聞こえた。その声のする方に顔を向けると、女子高生が5人ほどこちらを見ていた。そのうちの一人が近づいてきた。

「・・・・・・滝沢さん?」

「何してるの?」

「・・・・コーヒー飲んでた」

「見ればわかる。コーヒー好きね」

「・・・・」

「ちょうどよかった」

「・・・・何が?」

「待ち合わせ場所、ここにしよ」、彼女は小声で言った。

「・・・・ん?」

「ここに19時半でいいよね?」

「えっ?」

「じゃあ、またね」

 そう言って彼女はスカートをひらりとさせて戻って行った。

「・・・・・意味わかんねえぞ」

 ・・・・あっ、そうだった。思い出した。近鉄京都駅のホームで彼女、言ってたよ、そんなこと。マジかよ。すっかり忘れてた。つうかさあ・・・・・なんで?


 落ち着かない。俺はコーヒーを飲み干すとすぐに旅館へ戻った。部屋にはまだ誰もいない。まあ、まだ16時半だし。俺は窓を全開にしてタバコを吸い続けた。落ち着かない。

 マジかよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 18時前にはみんなが戻ってきた。

「いや〜、いいな奈良は。見所満載」

「春日大社よかったぜ」

「高和はここにずっといたわけ?」

「・・・・う、うん」

「もったいねえ、奈良に来たのによ」

「何してたのよ?」

「・・・・寝てた」

「馬鹿だなあ〜、楽しかったぞ」

「そうなの?じゃあ、飯食ったら散歩にでも行くかな」

「お〜、それがいい」

「俺も、また行くべか」「俺もそうすっかな」

「でもさあ、もう夜は参拝できねんじゃない?」

「そうなの?」

「だべ、普通、お寺や神社って」「サービス悪いな」

「おいおい、お寺、サービス業じゃないし」「そうだな、じゃあ、夜は部屋でゆっくりするか」

 ふふふ、お前たちはそうしなさい。ゆっくりしてるがいい。俺は出かける。かわい子ちゃんと逢引だ。でもなんか彼女の物言いが気に入らないけどな。えらそうで一方的だし。まあ、どうでもいいか。


 18時、予定の時間通りに飯が運ばれた。

 一人一人目の前にお膳がおかれた。すき焼きだった。

「やったあ〜、今夜はすき焼きだあ!」とカツオくんのように喜ぶ奴はいなかった。なぜなら、すき焼きは北海道ではご馳走ではなかったからだ。食べることなど滅多にないし。

 そもそも牛肉を食べる習慣があまりない。肉は羊、豚、鳥だ。だから別にすき焼きなんてありがたくない。まあ、ジンギスカンがでてきてもありがたくはないけどさ。

 御膳を運んでくれたおばさんは当然のことながら、奈良の人だ。まともに会話をした奈良人の第一号だ。

「こ、こ、これが生の関西弁なんだ」おばさんが出ていった後、誰かがそう言った。

「確かに。生の関西弁初めてだぜ」「んだな」「いや、あれって関西弁じゃねえんじゃないの」

「だな、俺らがテレビでよく聞くのは大阪弁でしょ。あれとは少し違わない。なんとなく柔らかかった」

「確かに。京都の舞妓さんが話す言葉みたかったね」

「お前、舞妓さんと話したことあんのかよ」「いや、ほら京都なんとか殺人事件とかテレビでやってるのに出てくる舞妓さん的な」「なるほど」

 しばらく俺以外の5人はおばさんの話し方や奈良の言葉で盛り上がった。確かにおばさんのあの言葉使い、いいかもって感じだ。でもなあ〜、俺は思わず言ってしまった。

「でもさあ、初めての奈良の言葉があのおばさんじゃなあ〜。多分、お袋より年上だぜ。俺はキャワイイ奈良の女子高生か大学生がいいな。ファースト奈良言葉は」

「おい、高和、そんなこと言うなよ。台無しだべ」

「んだ、お前っちゅう奴は。せっかくいい気持ちに浸ってたのによ」

「でもまあ、高和の言う通りだな。冷静に考えれば。女子高生の方がいかったな」

「お前まで・・・・。でも高和、お前の奈良言葉第一号もあのおばさんだろ、残念だったな」

「ふっ、それは違うぜ。俺は奈良へくる前から決めていたんだ、最初の関西弁は可愛い女の子から聞くと。だから俺はさっきあのおばさんが来た時から耳を塞いでいた」

「ま、まじで・・・・つうか、お前バカか?」「こいつ、バカだ」「間違いない」

 満場一致で俺はバカになった。まあ、いいさ。


 30分もしないうちに飯をすっかり平らげ、テレビをつけゴロゴロしていた。そのうち数人が風呂へ行った。19時をすぎたあたりに市川の彼女が2人の女子を連れて部屋へやって来た。

 おいおい、外で会えよ、まったく。俺はその空気が吸いたくないので、まだ時間は早いが出ることにした。

「ちょっと外行ってくるわ。じゃあ、ごゆっくり」俺は市川の不細工な彼女と他2名に満面の笑みで手を振った。


 宿を出るとき、フロントにいたオヤジが俺に言った。

「どこ、行きはる?」「大仏でも見ようかと思って・・・・・・ん?」

 げっ!奈良言葉ファーストコンタクト、このハゲおっさん!

はあ〜・・・・・・。奈良の女子高生はどこにいる!

 夜の奈良は暗かった。でも奈良公園内は歩くには十分なくらいの街灯が瞬いていた。さすが観光都市。俺は滝沢京子が指定した例のベンチへ向かった。さすがにこの時間は昼ほど人通りはない。まあ、まったくいないわけではないが。

 鹿たちはもうおネムなのか一匹も見かけない。自動販売機でコーヒーを買いベンチに座った。

 俺は周りを見渡した。幸いこのベンチは街灯から離れて人目からはつきにくい。胸ポケットから煙草を取り出し火をつけた。

「ぷは〜、ようやく食後の一服。しかもコーヒー飲みながらなんて、俺ってオ・ト・ナ」その時だった。

「こらっ!」後ろから怒鳴り声が聞こえた。

 うわっ、やべえ!俺は咥えていたタバコを地面に落とし、靴でゴシゴシと踏み潰した。ちゃ〜、参ったなあ。俺は空を見上げ、鼻歌を歌いながら知らん顔をしていた。

「ちょっとあなた・・・」後ろから女の声がした。やべえなあ、油断していた。ダッシュで逃げようか。修学旅行中に補導されるなんてシャレにならん。

 後ろから手が伸びて来て、俺の手から缶コーヒーを奪い取った。俺は思わず後ろを振り返った。


「げっ、・・・・」

 滝沢京子が缶コーヒーに口をつけていた。

「うっ、なにこれ苦い〜」滝沢京子は缶コーヒーを俺の手に戻した。俺は呆然としていた。彼女は回り込み俺の横に座った。

「お待たせ、待った?」「・・・・い、いや」突然の展開に戸惑う。

「それにしても何、そのコーヒー?」「こ、これ?ブラック」

「そなの〜、苦〜い」「こ、これが本物のコーヒーさ!」「ぷっ、格好つけてる」「・・・・」

「タバコも吸っちゃって。まあ、別にいいけどさ」「・・・・」

「でも、ありがとう、来てくれて」

「約束は約束でしょ」、さっきまで忘れてたけどね。

「ありがとう」意外に素直じゃん、この子。

 短い時間だったが俺はクラスの奴らから彼女についてさりげなく聴きまくっていた。顔はとてつもなく綺麗だが、性格がかなりきついというのがおおよその評判。

 俺の動揺もおさまり、いつもの調子で話し始めることができた。

「で、散歩だっけ?」「そうよ」そう言って彼女は立ち上がって歩き始めた。俺はコーヒーを飲み干し自販機の横のゴミ箱へ缶を捨てに行った。

「ちょっと、何してるの。行こうよ早く」

缶捨てに行っただけじゃん。やっぱり評判通りだ。

 

 しばらく奈良公園を肩を並べて歩いた。彼女、背が高い。165以上あるな。

 しばらく二人とも無言だった。俺はこの沈黙に耐えられなくなり始めた。もう鹿はいない。おねむかな。

「ねえ、どこへ行く?」「ん〜、決めてない。高和くん決めて」

「はあ?」誘ったのあんたでしょ、とは言えなかった。

「そ、そうだなあ・・・」  

「そうだ、おみやげ屋さん行かない?さっき行けなかたんだあ」

 はあ?俺に決めれって言ったくせして。「い、いいよ。でもやってるかなあ、この時間」


 奈良公園を外れて、駅の方へ向かった。学生服を着たカップルや集団と結構すれ違った。この時期は多くの修学旅行生が来ている。中には同じ高校の奴らも見かけた。俺はその度に顔を下に向けた。でも、彼女はそんなの知らん顔をして俺の横を歩いていた。

「ねえねえ、俺なんかと歩いていたらつまんねえ噂が立つよ」

「そう?」彼女はあっけらかんとしていた。

「俺は構わないけど、面倒くさくない?」「そう?」

「そうって・・・・まあ、滝沢さんがいいならいいけど」

「あっ、お土産やさん発見!まだやってる」

 煌々と光る街灯の下に数件の土産屋が軒を連ねていた。彼女は俺の手を取り走り出した。「おいおい・・・・」

 すっかり彼女のペースだった。ちょっとムカっときたが、彼女の横顔を見ているとまんざらでもない気がしてきた。

 土産屋に着くと彼女はキャッキャとはしゃぎ始めた。

「私こういうの好きなの!」彼女は次から次へと、店のものを手に取りああでもないこうでもないと俺に話し始めた。

 彼女、そんなにきつくないじゃん。普通の女子じゃん。いや、ナマら可愛い女子じゃん。もしかして俺たちってはたから見たら、ナイスなカップル?

 でも、土産なんて全く興味がないから、彼女の話を半分も聞いていないで生返事だけしていた。正直面倒くさかったが、でも、彼女のその様子を見ているのは苦ではなかった。こんな感じ久しぶりだなあ。

「ちょっと、高和くん、ねえ」「ん?」

「聞いてるの?」「ん?き、聞いてるよ」

「本当に?」「う、うん」

「じゃあ、どうする?」「・・・・・・・・?」

「やっぱり聞いてない。もう〜」そう行って俺の腕を叩いた。やっぱり評判通りかも。怖い。


 その後も、数件、土産屋を見て回った。

「あれ?もうこんな時間じゃん」

 時計をみると20時15分。門限は21時だった。

「あら、ずいぶん夢中になっちゃった。ねえ、何か食べていかない?」

「ええ?別に腹も減ってないしな」「甘いものでも食べようよ」

 そう言って彼女はお土産の会計を済ませ、俺の手を引いて店を出た。彼女の手は冷たく、指は細く長かった。

 すっかり彼女のペースだ。手を引かれながら思った。俺の立ち位置、何?俺じゃなくてもいいんじゃない、別に?友達とか彼氏とくればいいじゃん。

「あっ、まだ空いてる喫茶店がある、あそこに行こう」、「・・・・」

 喫茶店に入り、席に着くなり彼女はチョコレートパフェを頼んだ。俺は仕方なく紅茶を頼んだ。

「今夜はありがとう、付き合ってくれて」彼女はパフェを頬張りながら俺の目をじっと見て言った。こっちが恥ずかしくなるくらい見てる。

「べ、別に」俺は目をそらカップに口をつけた。

「短い時間だったけど楽しかったなあ」「そう?」「うん」

 でもなあ・・・・俺はさっき思ったことを言ってみた。

「なんで俺なの?今まで一回も話したこともないのに。クラスの友達とかと来た方が楽しいんじゃない?」

「え〜ショック!高和くん楽しくなかったの?」「い。いや、そうじゃなくて、なんで俺なのかって」

「ん〜、それはね・・・・」「・・・・」、ドキドキしていた。

「それはね・・・・なんでだろ?」「はあ?」

「なんかね、函館行きの特急でお昼のお弁当も食べずにデッキの窓の外を眺めて黄昏ていた高和くんを見かけた時に、奈良で一緒に散歩しようと思ったの」 「はあ?意味わかんねえ」

 俺はもしかすると、「好き」と告白されるものかとドキドキしていたのに。

「ダメ?それじゃ」「・・・・い、いや。いいと思います・・・・・・・・」

 やっぱり彼女はエキセントリックだ。彼女の気まぐれね。でもまあいいか。短い時間だったけど、可愛い子とお散歩できたしな。俺はそう思い直して彼女の目を見て言った。

「こちらこそありがとう。楽しかった」「そう?嬉しいな」

 彼女はそう言ってパフェを頬張りながら俺の目を見つめた。恥ずかしい。吸い込まれそうな瞳だった。俺は目をそらした。

 喫茶店を出て旅館へ向かった。

 ふと見上げた夜空に、弱々しく赤く輝く星が見えた。

「この後、京都や東京での自由時間もタイミングが合えば一緒に歩かない?」「・・・・・・う、うん。でも、難しいだろうね。京都は自由時間っていったってすでに班で計画立ててるだろう」

「そうね。でも夜があるじゃない、今夜みたく」

「・・・・・うん。タイミングが合えばね」

 旅館に近づくと同じ高校の連中が大勢、俺たちと同じように旅館へ向かっていた。その集団に紛れて俺たちは旅館へ入った。

「じゃあ、京都でね。おやすみ」「お、おやすみ」


 ふ〜、疲れたぜ。なんなんだろう、彼女。てっきり俺のこと好きなのかと思ったのにな。残念。まあ、いいか。修学旅行のいい思い出ができたよ、全く。

 部屋へ行くと全員が揃っていた。

「おかえり」、伊藤が明るい調子で俺を迎えた。

「どこいってた?」「土産屋プラプラして喫茶店で休んでた」

「ふ〜ん。相変わらず単独行動か。面白いのか、それで?」

「まあな。悪い、風呂入ってくる」

 今日二度目の風呂。気持ちいい〜。湯船に浸かり目を閉じると、滝沢京子の顔が自然と浮かんでくる。ん〜、噂にたがわずエキセントリック。でも、超絶可愛い。参ったな。好きになりそう。まあ、ありえねえな。


 朝食が終わり、荷物をまとめ集合場所のロビーへ行った時、俺の周りでちょっとした話題が立ち上がっていた。

 ん〜、だろうな。そりゃああんなに堂々と俺の横を歩いていたんだから、いくら俺が下を向いていたって分かっちまうよな。なんて言おうか・・・・。

 早速、囲まれた。

「なあ、昨日、9組の滝沢と歩いてたんだって?」「なによ、お前ら付き合ってんの?」「あの子どうなのよ?3年生と付き合ってるって噂聞いてたけど」

そうなの?

「でもさあ、可愛いよねあの子」「性格きついっていうけど、あれだけ可愛けりゃいいかもね」「うまいことやったな。いつから?」

 ピーチクパーチク・・・・。矢継ぎ早の質問コーナーかよ。遠巻きに女子たちも見ている。参ったな。

「はいはい。あのね、別になんでもないよ。昨日、奈良公園歩いてたら偶然会ってさ。そんで一緒に帰ってきただけ。女の子の夜道は心細いでしょ」

「嘘だ。土産屋で仲良く買い物してたっていうじゃん」

「そだよ。喫茶店でパフェを食べさせてもらってたっていうじゃん!」

「んなことねえよ!つうか何?羨ましいの?」

「いや、そりゃあそうだべ」、藤井がみんなに同意を求めた。

「いやさあ、一応彼女、学年1、2のかわい子ちゃんじゃん。それが高和と一緒にいたなんてさあ、やっぱ気になるじゃん。なあ」北村が言った。

「土産屋は帰りに寄っただけ。俺は何も買ってないし。パフェは俺食ってないし。彼女一人でばくばく食ってたよ。だから全然、なんでもねえよ」

 つうかさあ、みんな気にしすぎ。彼女、人気あんだな。今まで知らなかた俺って、何なんだか。

「本当かよ?白状しろよ」

「だからなんでもないって。だって彼女のこと知ったの昨日だぜ。話したことすらないのにさ」

「本当かよ・・・・」

 出発する時間が来たので、なんとなくこの話題は終わった。やれやれ。彼女もやんややんや言われてるのかな、俺と一緒にいたこと。でも多分、つらっとしてるんだろうね、彼女。9組の方を見てみたけど、よく見えなかった。


 今日はバスで一日、奈良観光。おきまりのコースを組ごとにお行儀よく周った。俺はだらだらとクラスの列の最後尾を歩いていた。

 いつものようなやる気のない風を装っていたが、内心、奈良の雰囲気に興奮していた。やっぱいいなこの街。

 寺や塔、仏像、そして石ころまで、そして、街並みや道路までもが素晴らしく感じた。でも、それと同時に、頭の中は滝沢京子が浮かんでいた。組ごとの団体行動だから、俺が配する3組と彼女の9組はまるっきり接することがなく、当然全く彼女の姿を見ることはなかったけれど。


 16時前に宿に戻った。入浴タイムは17時からだったが、今日もフライング、早速浸かりに行った。湯船で足を伸ばしゆったりと浸かった。窓の外に広がる空を眺め、今日周った風景を思い出していた。

 いいなあ、奈良。「あおによし あああおによしあおによし やっぱり今日もあおによし」

 でも思い浮かべたその風景はすぐに、昨夜の滝沢京子の姿に変わっていた。ん〜、気になる。やばいなあ〜、好きになりそう。いや、ありえない。。

 18時の晩飯を済ませ、リラックスタイム。元気な奴らはどこかへ行った。外へ行ったのか、はたまた他の部屋へ行ったのか。

 俺は巻がお勧めの最近始まったというドラマを二人で見ていた。

「あぶない刑事」、っていうのか。面白い。

 ドラマが終わると、他の奴らがちらほら帰ってきた。消灯時間までまだ間があるので、ワイワイガヤガヤ、馬鹿話で盛り上がっていた。

 トントン 

ドアがノックされたようだ。

「誰だろ。どうぞ」そう行って市川はドアを開けに行った。

「おい、市川、またお前の彼女かよ」「あのブサイクのな」俺は小声で言った。

 ドアを開けた音と同時に「げっ!」という市川の声が聞こえた。

「高和くんいる?」女子の声。

「だれよ?」俺は見えない声の方へ呼びかけた。俺んとこへ来る女なんていないけど。

「私」

「私って誰だよ。面倒くせえな」俺は立ち上がってドアの方へ向かった。

「あれ、滝沢さん!」

「こんばんは」「ど、どうしたの?」

「別に。今日見かけなかったし、元気してた?」

「い、いや、昨日の今日で変わりないよ」

「そうよね。はいこれ」、そう言って彼女は缶コーヒーを三つ、俺に手渡した。「ん?なにこれ?」「いつも頂いてるから。お返し」「はあ?そうだっけ」

 頂いた?勝手に俺からとって一口飲んでただけじゃん。意味わかんねえ。

「それだけのために来たの?」「ダメ?」「い、いや、別にいいけど・・・」

「じゃあ、おやすみ。またね」「・・・・おやすみなさい」

・・・・・・・なんなんだ、彼女。しばらく缶コーヒーを三つ持って、立ち尽くした。

「おい、今のなに?」市川が俺に詰めかけた。

「ん〜、わからん」「お前、本当に彼女となにもないの?」

「あるわけないじゃん」「本当かよ?」

「悪いけど、俺、ああ言うタイプ苦手。確かに可愛いけどよ」「本当かよ」

「ああ、俺はおっとりした子が好きなの。はっきり言って彼女、きついでしょ」「そうなんだよなあ〜。黙っていればナマら可愛いのによ」

「本当、本当、もったいないようね」「だよなあ〜」

「それに3年と付き合ってんだべ?」

 部屋の連中が各々、勝手なことを言って盛り上がり、そのうち、我が校の可愛子ちゃん談義で盛り上がっていった。

 ふ〜、俺はそこから離れ窓を開けタバコを吸った。

 滝沢京子ちゃんねえ。確かに可愛いし、なんかドキドキする。

 でも、ありえないよ。

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