修学旅行が火星なら

ジョニさん

1 線路は続くよ どこまでも

 その年はなんだか賑やかな年だった。

 ダイアナ妃がやって来て日本中フィーバーしたらスペースシャトルが爆発したりして、三原山が噴火したと思ったらお笑い芸人も噴火して出版社を襲撃したり。他にも色々あったなあ。タイガースが優勝したのもこの年だっけ?

 全ては画面の向こうのことで、本当かどうかもわからない。てか、俺には全くどうでもよかった。てか、何もかもがどうでもよかった。

「どうでもいいか」

 気がつけばそれが口癖だった。


 なんて酷い行程なんだろう。バカにしているとしか考えられない。

 でも、その行程で毎年我が校の2年生は修学旅行を楽しんでいるのだ。まあ俺にしても、楽しみじゃないといえば嘘になる。それはそれで楽しみだった。俺は夏休み中にバイトで貯めた10万をカバンの底にしまいこんで、釧路駅へ向かった。5時集合だった。この時点ですでにふざけているが。

 行程はこうであった。5時に国鉄の特急で釧路を出発し、昼前に札幌へ着いて、そこから函館行きの特急に乗り換える。そして、函館港から連絡船に4時間揺られ、青森発の夜行列車に乗り車内泊。早朝の上野へ到着したら満員の山手線で東京駅。新幹線に乗りこんで、京都で奈良行きの特急に乗り換える。確か、14時に到着だ。そして、旅館へようやく落ち着くって寸法だ。

 北海道から陸路で奈良まで一気に行くって。

 ふ〜、説明だけでも疲れる。なんて強行なんだろう。ばかげてる。


 俺はうんざりしていた。札幌で函館行きの特急に乗り換えて2時間経っていた。

 車内は相変わらず賑やかだった。なんて元気がいいんだろう、みんな。俺の席は車両の一番後ろ。もちろん、隣はいない。ぶすっとしている俺を放って、隣のやつはどこかへ行ってしまったようだ。

 昼飯は駅弁だった。駅弁?いいや、札幌あたり仕出し屋がつくったカピカピの幕内。とっくの前に配られていたが俺は手をつけていなかった。見るからに不味そうだし、ぐったりして食べる気もしない。でもって、車内は賑やかだった。

 トイレに行った。

「あ〜あ、つまんねえな。タバコ吸いてえな」、用を足し終えてそんなことを言いながらデッキに出てドアの大きな窓から景色を眺めていた。

 その時、後ろから音がした。

「ぷっ」

 俺は音がした方に顔を向けた。反対側のドアの前に一人の女子が笑顔でこっちを向いて立っていた。誰だ?見たことない女子だった。他の高校の女子?他の高校も乗っていたのか。そんで、今の音、その子が発した音か?笑った?

 俺は無言でその子を見た。いつまでもまじまじ見るのも失礼なので、また、窓の方へ顔を戻した。

 ん?結構、可愛いかったか?思わず振り返り二度見してしまった。

 思わず息を呑んだ。その女子、マジで可愛い。ていうか、キレイな顔をしていた。

 あら?うちの女子の制服じゃん。いたっけ、あんな子?いつまでも見ているのもバツが悪いので、窓の方へ顔を戻した。

 背中に視線を感じる。ん〜、なんなんだ、彼女?俺は居心地が悪くなり席へ戻ることにした。彼女とは視線を合わさずに車両へ向かおうとした。

「早くお弁当食べないと悪くなるわよ」

 は?俺は歩を止めた。振り向くと彼女は笑顔でもう一度言った。

「お弁当、早く食べてね」、彼女は目をキラキラさせて小首を傾げ俺に言った。本当に目がキラキラしていた。少女マンガみたいに。

「・・・・そ、そうですね」

 フリーズしてしまった。

 彼女は俺の返事を聞くと「じゃあね」と手を振って、反対側の車両に向かって歩き出した。俺は彼女が車両へ入ってしまうまで後ろ姿を見続けていた。

 な、何?今の。誰、あの子?・・・・でも、か、可愛いい・・・・キレイ・・・・

 テレビに出て来る女優さんばりにキレイだよ。いるもんなんだなあ、そういうう子って。

「すぐに食べなきゃな、弁当」、思わず声に出してしまった。


 席に着いたがやっぱり弁当を食べる気にはならなかった。文庫本を鞄から出し読み始めた。でも、1時間ほど読んで飽きてきた。食べるか駅弁。しかたない。

 俺は冷めきった卵焼きを口にした。なんだよ、意外にうまいな。一緒に配られたお茶の缶に口をつけて顔をあげてほっとした。

 俺はまたもやフリーズしてしまった。顔を上げた視線の先にさっきの子がこちらに向かってくる姿が目に入ったからだ。

「グホッ」 危なく茶を吐き出すとこだった。

 俺は彼女の顔から目が離せなくなった。彼女も俺を見ていた。

「食べてる」

 俺の横を通り過ぎた時、なんだかえらそうに彼女が言った。俺は彼女の後ろ姿をぽかあんと口を開けて見続けていた。で、誰なんだ、あの子?


「おい、今ここ歩いていた子、誰?」、通路を挟んだ席にいた連中に聞いた。

「え、誰?」

「今ここを通った背の高い女子」

「ああ、あの人ね。9組の滝沢だ」

「そんな子いたっけ、つうか、9組も一緒なの?9組かあ。よく知らねえな・・・」

 俺は3組なんで9組とはほとんど絡まねえもん。

「えっ、知らねえのかよ。滝沢って可愛いから結構有名だぜ。6組の笹山さんとタイ張ってる。でも彼女、ちょっとキツそうだから笹山さんの方が人気あるかもな。美人すぎるし近寄り難いっていうか。そんなキツそうなのがいいって言う奴らもいるけどな。俺は笹山派かな」

「へ〜マジか。有名なんだ。まあ、確かに可愛いっていうよりベッピンさんって感じだな。笹山さんとは、確かにタイプは違うけどな」

「おお?高和、気になんのかよ」

「・・・・いや、全然。さっき、デッキで声かけられた。今まで見たことないシラなお顔だったから、誰かなあって思って」

 そうか、9組か。滝沢さんね。知らなかった。それにしても随分と綺麗な顔立ちしてたなあ。うちの高校にあんな子いたんだ。

 でもまあ、どうでもいいか。


 青森に着いた。疲れた。これから夜行列車だ。上野まで。

 でも、寝台列車だったのでようやく横になれる。連絡船で配られた夕食代わりの弁当はやっぱり食べる気が出ず、手をつけていなかった。寝台でゆっくり食べよう。

 連絡船が着いた港からすぐに青森駅があった。我が校の学生さんたちは整然と列を作って駅へ向かった。感心感心。

 駅のホームには列車がすでに止まっていた。夜遅くのホームは、一気に我々で埋め尽くされた。1日の駅利用者の5%はいるんじゃないか?なかなか車両には乗り込めなかった。

 俺は列の最後方で待っていた。その時、右側から視線を感じたので何とは無しにそちらの方へ顔を向けた。

「ん!あの子・・・・」

 目が合った瞬間、彼女は俺に手を降った。俺はすぐに顔を背けた。

「な、なんだよ、あの子。なんで俺に手を降る?」

 俺は周りを見渡した。あっ、彼女に手を振り返している女子いた。

・・・・俺じゃないんだ。だよな。そりゃそうだ。・・・・はっはっは、笑えるぜ、俺。てか恥ずかしい。よかった、手を振り返さなくて。

 でも、めちゃくちゃ可愛いな・・・・あの子。滝沢さんかあ。下の名前なんていうんだろ。


「いのちゃん、9組の滝沢って子、知ってる?」、同じ寝台スペースにいたいのちゃんに聞いてみた。彼は交友範囲が広い。

「滝沢さん?え〜とねえ、京子、滝沢京子」

「へ〜、京子ちゃんか」

「何、高和。滝沢さんがどうしたの?」

「え、え、え〜、べ、別に。昼にさあ、弁当をちゃんと食べろって説教された。いきなり。それも初対面でだぜ」

「そなの?」

「普通、初対面でそんなこと言う?」

「ん〜、しないよね。でも彼女、エキセントリックなところあるみたいだから、不思議じゃないかも。でもいいじゃん、あんなに綺麗な子に説教なんてさ」

「まあな。でも、あんなに綺麗なのに俺、彼女のこと知らなかったぜ。なんだか、学年トップの笹山さんとタイはるって言うじゃん。河合が言ってた」

「確かにねえ。俺は1組の岡田さんがいいけどね」「えっ、それ誰?」「どんだけアンテナ低いのよ」

「だよなあ。この修学旅行だって、自分のクラス以外、知らねえ奴らばっかだぜ、男も女子も」、俺は周りを見渡した。そうか、京子ちゃんか。


 カーテンをちゃんと閉めてなかった。

「くそっ、眩しい」

 すっかり窓の外はほんのりと明るかった。時計を見るとまだ4時過ぎ。なんかがっかり。

「どこだよここ」、窓の外は田園地帯が広がっていた。

「もう一眠りしよ」、カーテンを閉め横になった。

「ん〜、眠れん」、一度目が覚めてしまうと、脳はスッキリ覚醒するみたいだ。いくら目をとじ眠ろうとしても、無駄だった。

「参った・・・・」

 それでも無理やり目を閉じる。あら、手を降る滝沢さんがまぶたの裏に浮かんできた。

「高和くん、どうやら君は滝沢さんが気になりだしたようだね」

「ん〜興味ないんだけどね。でも、なんか気になる」

「まあ、しかたないよ。あれだけ可愛いから」

「ん〜、でもダメでしょ」

「なぜ」

「・・・・知ってるくせして」

「ははは。そうだね。でも、この後どうなるのだろうね」

「・・・・誰だよお前?」

 俺は心の中の誰かと会話をしていた。それは多分俺だった。


 東京から京都へ向かうの新幹線の中も賑やかだった。寝台でぐっすり寝れたのかね、こいつら。元気だ。俺は早くから目が覚めていたので、窓枠に頬杖をついてうつらうつらしていた。マジで眠ろうとしたが、賑やかすぎてダメだった。「ふ〜。寝るのは諦めよう」

 トイレを済ませた。デッキのドアの大きな窓の外をしばらく眺めていた。

「速いなあ、新幹線、景色がどんどん下がっていくよ」 窓の外の景色がどんどん流れて行く。初めて乗る新幹線に思わず興奮しそうだ。

「さすが新幹線。いいなあ・・・・・・新幹線。・・・・新幹線、大好き!」

 その時、後ろから音がした。

「ぷっ」

 げっ、誰かに聞かれたか?あちゃ〜

 え〜っ!滝沢京子さん?なんでよ?なんでここにいる?振り返るとそこに、滝沢京子が立っていた。

「な・・・・・・・・・何か?」

「うふっ。なんか一人でブツブツ言ってる人がいたから」

 え〜、聞かれた今の?俺はかなり動揺した。は、恥ずかしい・・・・・・・。

「うふふ。ところで今日はお昼のお弁当。ちゃんと食べた?」

 はあ?なんだよ、また突然。俺の食生活、どうでもいいじゃん。恥ずかしいっていうよりなんか腹立ってきた。

「いや、まだ」、「どうして?」。どうでもいいじゃん。

「いや、あんまり美味しくないし。飽きたよ弁当」

「そうね。飽きる。でも食べなきゃ」

「そうかあ?」、つうか大きなお世話じゃねえ。可愛くなかったらガン無視だぜ。

「もう少しの辛抱よ。ようやく今夜は旅館だし」

「そ、そうだけど・・・・」

「じゃあね」 そう言って彼女は車両へ戻って行った。

 俺はまた、彼女の後ろ姿をボケヅラこいて眺めていた。

 だけど、なんて大きなお世話なんだろう。あんた、俺の母さんか?まあ、可愛いから許すけど。確かに笹山さんに負けてないかもな。

 席に戻ると弁当の蓋を開けた。仕方ない、食べるか。


 京都に着いた。

 間髪入れず乗り換えだ。本当、ひどい行程だよ。ここでいいよ。舞妓さんと、はんなりしようぜ!

 京都までは国鉄だったが、奈良までは近畿鉄道。バッファローズかよ。

 ぞろぞろと京都駅内を道東の学生服が闊歩した。ホームにはすでに奈良行きの電車が止まっていた。一旦、席に着いたが発車までまだ時間があったので、ホームに降りた。

「喉乾いた」、自動販売機があったのでコーヒーでも飲もう。

 ガラガラと音を立てて落ちてきた缶コーヒーを取り出し、電車の方へ振り返った。

「はっ!」、フリーズ。目の前に、滝沢京子が立っていた。なんで?

「お弁当食べた?」、「・・・・うん」、またかよ。なんで、ここにいる?しかも、なんかえらそう。

「コーヒー?」 キラキラ目をしてそう言って彼女は俺の手から缶コーヒーを奪った。

「あっ!」 取り戻す間も無く、彼女はプルを開け一口飲んだ。

「おい!何すんだよ」

「甘〜い。でも美味しい。ごちそうさま」 そう言って缶コーヒーを俺の手に戻した。

「・・・・?」 なんなんだ、今の?なんなんだ、この女?

「そうだ。今夜の奈良での自由時間、どこへ行くの?」

 自由時間?奈良に着いたら、夕食時間の18時から19時以外の時間は21時まで自由時間だった。それにしてもなんで?

「べ、別に。まあ、多分、班のやつらとぷらぷらする」

「ふ〜ん。じゃあ、予定はないのね」

「ま、まあね」

「じゃあ、私と、奈良公園散歩しない?」

「はあ?・・・・なんで?」、なんなんだよこの女は、急に。

「ダメ?」、そう言って小首を傾げ俺を上目遣いで見上げた。

 ゲゲゲ、可愛いぞ・・・・・。危ない危ない、危うく誘いに乗るところ。断る理由なんてないけど、なんで散歩よ?

「なんで、君と散歩しなきゃいけないの?」

「ダメ?」、彼女はまたそう言った。

「・・・・い、いやそうじゃないけど。君だって同じ班の人と行動するんじゃないの?」

「まあ、そうだけど。そんなのどうにでもなるの。ダメ?」

「・・・・い、いや、・・・・まあ、ダメじゃないけど」

「本当!じゃあ約束ね。あっ、そろそろ発車。戻らないと。じゃあ、またね」

 そう言って彼女は電車のほうへかけだした。俺は今のやり取りにあっけにとられ、フリーズしていた。このところフリーズばかししているな。

「やばっ、発車する」、発車のベルがなり出した。俺はコーヒーを一気に飲み干しゴミ箱へ捨てて、電車に飛び乗った。

「ふ〜、セーフ!」

 あっ、今の間接キス。もっとゆっくり味わえばよかった。何も飲みきる必要ないじゃん、俺。って、何言ってんだ?


 14時に近鉄奈良駅についた。そこからぞろぞろ歩いて宿泊場所の大仏館という旅館へ行った。

「お〜、ここが古都奈良か」

「いいな〜、いいぞ、この感じ」

 俺たちが住む北海道とはまったく雰囲気が違う。周りが感嘆していた。

「日本人のふるさとだな、魂の」、そんな言葉が思わず漏れた。初めて来たがなぜか懐かしい。まさに日本人の魂の故郷だ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る