道満之手記
七四六明
道満之手記
某月某日。
今宵も負けた。
相手は他でもない。正義の陰陽師、
私は確かに手段を択ばない。手段を択んでいては悪鬼羅刹、魑魅魍魎を倒す事は出来ず、より多くの命を救う事は出来ない。
状況次第では、より多くの命よりも優先しなければならない命がある。
世間はそんな私を悪の陰陽師と呼ぶようだが、私のやり方こそ普通なのだ。
奴はそもそもの規格が違う。常人には出来ない事が出来てしまえるし、常人には考え付かないような事が考え付く上、出来てしまえる。
奴のやり方は正攻法ではない。規格外過ぎて、普通なら出来ないと却下するはずの案。なのに彼はやれてしまう。やってしまう。そして皆からもてはやされる。
結局、私は今宵も、あの男に負けたのだ。
某月某日。
何時ぞやの駆け引きに負けたとして、私は晴明の弟子になった。
奴は私を呼び出し、陰陽師として鍛えようと宣って、縁側で日向ぼっこさせた。
自然と対話しなさい。草木の声を聞き、風に吹かれ、日の光を受け入れて、彼らの力を借り受ける準備をしなさい、と。
私の呪詛と、奴の陰陽術は、似て非なるものだ。力の源もまた違う。
だから奴と日向ぼっこしたところで、それ以上の意味など無く、私と奴はただ縁側で日に当たりながら、他愛のない会話をしただけだった。
某月某日。
今宵はどちらがより多くの亡霊を狩れるかの競争をした。奴の提案だ。
奴の
そして私の
私達の開発した印は、悪鬼羅刹を狩るのに適し、魑魅魍魎を逃さぬのに最適だった。
つまりどちらがより上手く、自分の開発した技術を行使し、敵を捕らえ、狩るか。私達の技量次第と言う事だ。
今宵も負けないぞと宣う奴に、私も負けて堪るかと返したが、結果、引き分けだった。
私も奴も勝てず、負けなかった。まさか同数だとは思わず、私は失意し、奴は笑っていた。
この程度は余裕だったと言っているようで、非常に腹立たしかった。
某月某日。
悪の道満ならばこの程度容易かろうと、大金を渡して来た奴をこそ真っ先に呪い殺してやりたかった。いや、それならその場で刃物を突き立てた方が早かっただろう。
しかし相手は道長と左大臣の座を奪い合った藤原兼家の三男、藤原
弟相手に政権闘争で破れた相手だが、同じ藤原家の人間。下手に職権乱用されれば、蘆屋が潰される。
蘆屋が悪と言われるのなら、まだ悪の道満と言われた方がいい。
未来の蘆屋のために、自分が汚名を被るしかない。そうする他、ないんだ。
某月某日。
奴が来た。安倍晴明だ。
奴の言う事には、道長の犬が私の仕掛けた呪いに気付き、奴が解いたらしい。
無論、解かれたのは気付いていた。だがまさか、犬にまで気付かれるとは思わなんだ。私の仕掛けた呪詛は、そこまで稚拙な物だったろうか。
いや違う、と、奴は言い切った。
私がわざと気付くように、稚拙な術式を施したと言う。
私ならもっと上手くやれると、犬に察せられるのが限界ならば、私と肩を並べて呼ばれなどしないと、奴は言い放った。
次はもっと上手くやれとも言うものだから、何でそんな事を言うんだと訊いたら、奴は迷わず、仮にも自分の弟子の術が犬に察せられたなど言えるかと返されてしまった。
ふざけないで欲しい。
私が一体、どのような気持ちでいるのかも知らないで。
某月某日。
また、奴が来た。
奴の手には、私が道長の散歩道に仕掛けた妖の骨が握られていた。
何故なんだと、また叱責された。
このように物的証拠の残る方法を取れば、道長に訴えられた時に言い逃れ出来ない。何かしらの処罰は免れないぞと。
我が最愛の、また最も憎らしき奴は言う。
もっとお前はやれるはずだと。
奴は一体何がしたいのだ。何が言いたいのだ。私にはまったくわからない。
奴は私がもっと出来ると、もっと上手くやれると言うのだが、私のやろうとしている事は呪殺だ。人を呪い殺そうとしているのだ。
なのに何故、奴はもっと上手くやれと言う。
何故奴は、この証拠を藤原に持って行かず、ここに持って来た。
理解し難い。し難い。し難い。
某月某日。
思いの丈をぶつけて来た。
もう私に悔いはない。
私は明日、安倍晴明を呪い殺す。奴がいる限り、道長暗殺は叶わない。そしてその旨を、奴自身に直接伝えて来た。
明日の内、私はおまえを呪い殺す。もしも気付けねばおまえは死ぬ。おまえの言う通り上手くやってみせるから、私に呪い殺されろ。光栄に思えと。
言ってやった。
言ってやったわ。
嗚呼、憎らしくも愛おしい我が好敵手。正義の安倍晴明よ。どうかこの悪の蘆屋道満に、呪い殺されてくれるなよ。
おまえを呪い殺したら、墓穴が二つ必要になる。おまえのせいで、蘆屋家全体が悪に染まる。それだけは勘弁してくれよ。同情などしてくれるなよ。
嗚呼、憎らしくも最愛の我が師。正義の安倍晴明よ。どうか、蘆屋道満を悪者に。蘆屋家を安寧に。
ここで道満の手記を、結ばせておくれ。
某月某日。
蘆屋道満、死去。
安倍晴明を呪い殺そうとして呪詛返しに遭い、呪い殺された。
その際、道満が記していたとされる手記が無くなっている事に気付く者などいるはずもなく、歴史に語られるはずもなかった。
もしも歴史に遺っていたら、彼は化けて出ていたかもしれない。
まるで恋文の様な文章になってしまった、怨敵への手記なんて、恥さらし以外の何物でもないのだから。
道満之手記 七四六明 @mumei
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