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 退勤後ジョイアスに寄ってみる。今日は残業で少し遅くなってしまったので、開いているかどうかは五分五分だろうか。閉店は9時だけれど、まだ明かりがついていていれば入れてもらえる。その後どのくらいいられるかはマスターしだい。たまに一人でウイスキーをやっていることがあって、そのときは大抵ジャズがかかっている。今日もジャズだったが一人ではないようだ。

「阿紋ちゃん、いいところに来たね。今日は残業かい」

「普通は断るんだけど」マスターと話している男性。僕よりは年上のように見えた。

「まあいいから、ここのすわりなよ」

「紙コップじゃ味気ないんだけど」

 マスターは僕を隣にすわらせて普段コーヒーに使っている紙コップにウイスキーを注いだ。

「それじゃ乾杯」

 マスターの声に合わせて向かいにすわっている男性も持っていたコップを軽く上げた。

「この人がさっき話してた阿紋ちゃんです」僕はその男性に紹介される。

「阿紋ちゃんこの人が神島さんだよ。ミナヅキちゃんのお父さん」

「どうも、多分初めてじゃないと思うんですが」

「そうですよね。私もここでお見かけしたことあります」

「娘が大分世話をかけたようで」

「そんなことないです、こっちが世話になってる感じです」

 ダラー・ブランドの「アフリカン・ピアノ」かな。独特のリズム感、そしてタイム感。

「ウチの娘もここに来てるみたいですね」

「神島さん知らなかったみたい」

「まあ、あのぐらいの年になると父親と娘なんて会話が成立しませんから」

 その後はマスターと神島さんの会話に入っていけないまま、僕は紙コップの中のウイスキーを少しずつ舐めていた。この人は自分の娘が別の名前を名乗ってることをどう思っているんだろう。彼女の話を聞く限り、複雑そうな感じがする。父親はいないって言ってたし。

 そう、そうだった。僕は彼女が母親と二人暮らしかと思っていたんだ。

「モンクはお好きですか」

「神島さんはマイルス」

「じゃ、ピアノはレッド・ガーランド」

「ビル・エバンスかな」

「僕はウィントン・ケリーです」

 エバンスってマイルスのコンボにいたのはほんの少しだよね。ケリーも短かったけれど。

「葵は何か言ってましたか」

「二十歳のお祝いに付き合わされただけです」

「何で僕なのかはよくわからないんですが」

 神島さんの表情が少しだけ険しくなったように感じた。

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