15
僕はシャッターの閉まったビルの前に立ち止まっている。このシャッターはいつから閉まっているのだろう。あのアパートも古くなってしまっていた。もちろん彼女は住んでいないはず。そんなことを思いながら僕はあの窓を見上げている。
何となく彼女に見られているような気がしていた。そんなはずがないことはわかっているのに。入口のポストをのぞいてみる。郵便物が詰まったまま放置されたポストがいくつもあった。
どのポストにも名前は表示されていなかった。ように思う。そんなにじろじろ見ているわけにはいかなかったから。ただあの部屋のポストだけはじっくりと見てみた。
まわりにくらべるときれいなポスト。中は空っぽ。あの部屋には誰も住んでいないのかな。人に見られたような気がして、あわてて外に出た。
「そこ引き上げちゃったみたいですよ」
品の良さそうなおばさんが声をかけてくれた。
「ここビデオ屋さんでしたよね」
「それはずっと前の話よ」
「古着とかおいてたけど、品がよすぎたのかしら」
「普通のリサイクルショップならよかったのに」
この辺でお洒落な古着屋はもうだめなのだろうか。時間がそのままスライドしてしまったのかな。若者の街がそのまま中高年の街に。もう彼女のことを知る人もいなくなってしまったのだろうか。そもそも彼女もこの街に溶け込んでいたわけでもなかったし。僕は彼女とよく行った喫茶店に行ってみることにした。まだ残っているだろうか。
「それじゃ、ここのマスターは凛ちゃんのこと覚えてたんだ」
「僕のことは覚えてないみたいだったけど」
「それで、凛ちゃんが通ってた居酒屋さん教えてくれたんだ」
「まあ、彼女が何回か男と一緒に来たことは覚えてたんだよ、ここのマスターも」
「それがあなただとはわからなかった」
「まあそんなところかな」
「あなた影薄いもんね」
「いいじゃないそれは」
「あたしも喫茶店じゃなく、居酒屋がよかったかな」
「それで凛がどこに行ったかわかったの」
「どうも田舎に帰るっていってたらしい」
「田舎ってあなたの田舎の近くだよね」
「まあ、ちょっと離れてるけど」
「それであの子妊娠してたの」
「そうじゃないかって。居酒屋のおばさんも確かめたわけじゃないみたい」
「あたしって悪い奴」
「僕も含めてね」
「そうかあ」元嫁は考えている。僕も考えている。
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