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女の子に食事に誘われた。お礼がしたいということらしいけど、そもそもお礼をされるようなことをした覚えはない。といってもこの年になって若い女の子と食事なんてワクワクしないはずもない。多分奢らされるのだろうけれど、奢ってあげることも楽しいことに違いない。僕ももうすっかりオジサンだ。
退勤後、いつのも中古レコード屋で待ち合わせ。今回の食事は直接誘われたわけではなくこの店の店主の仲介だ。
「顔がにやけてるね」店主がぼくに言う。
「そうかなあ」僕はなるだけ平静を装ったつもり。
女の子はまだ店に来ていなかった。先に来ていると思ったのだけれど。
「さっき電話があったからそろそろ来ると思う」店主は見透かしたように僕に言った。
「ねえ、あの子なんて言う名前」
「知らない。本人に聞いてみたら」店主の素っ気ない返事。
女の子は驚くほどドレスアップしてやってきて、タクシーを待たせてあるからと僕の手を引いてすぐに店を出た。
「ねえ、名前教えてくれる」
「みなづき」
「苗字」
「名まえだよ」
「ひらがななの」
「漢字だと変な感じでしょ」
「たしかにひらがながいいよね」
「ママに感謝しなくちゃ」
「お母さんがつけてくれたの」
「そう、あたしお父さんいないから」女の子はやけにサラリと言った。
高級そうなレストラン。若い女の子だからお洒落な店なのかなとは思っていたけれど、この店はお洒落すぎる。僕は思わず入るのを躊躇して立ち止まった。
「大丈夫」そう言って女の子は僕にカードをチラッと見せた。
「あたしが誘ったので」タクシー代も女の子が払っていた。
「どうしてなんだろうって思ってます」女の子は僕を見て笑う。
「いいじゃないですか」
「でも」
「二十歳のお祝いなんです」そう言って女の子はワイングラスを持ち上げる。
「そうなんだ。おめでとう」僕もワイングラスを持ち上げた。
「ママ忙しくて、お祝いしてくれないから」
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