ミナヅキがこの部屋に現れて以来、この部屋が外の世界から隔離されてしまったような錯覚を覚える。時間の感覚も狂いだして今はいつなのかさえ確信が持てない。そんな筈がないと思いながらも、あの頃のミナヅキと同じ時に戻ってしまったような。

 僕は無意識にケータイを見る。当たり前だけど時間はよどみなく流れている。僕はスーパーで買ってきた焼きそばのふたを外した。ジャガイモの入っている焼きそば。冷めてしまっているけれど、レンジがないから温められない。コンビニなら温めてもらえたのかな。でもスーパーは残っていれば半額になっているから。間違いなく僕は現在にいる。過去でも未来ではない。

 ラジオからは懐かしい曲が流れている。エルトン・ジョンの「ダニエル」。僕としては「黄色いレンガの道」を聴きたい気分なのだけれど。ディープ・パープルの「ブラック・ナイト」。レッド・ツェッペリン「グッド・タイムス・バッド・タイムス」。ブラック・サバス「パラノイド」。これって古くない。

 ミナヅキとここで再会した時からずっと感じていた違和感。電気街で買ってきた安物のラジオ。チューナーを別の局に合わせてみる。選局する間のこの雑音がやけに懐かしく感じられる。そういえばラジオなんてしばらく聞いてなかった。

 グレッグ・オールマン「ミッドナイト・ライダー」。ラジオのパーソナリティーが「レイド・バック」という言葉を連呼している。新しいライフ・スタイルだって。グレッグ・オールマンの後はマーシャル・タッカー・バンド「イン・マイ・オウン・ウェイ」。間違いなく「レイド・バック」。でもこれはいつの放送なんだ。

 ミナヅキとは高校の同級生だったけれど、特に仲が良いわけでもなかった。あの頃の僕には女の子と付き合うなんて発想すらなかった。三年になると突然にわかカップルみたいなものが沸いてきたりしていたけれど。僕はそいつらをやけに冷めた目で見ていたような気がする。いま思うとカッコつけすぎだったのかもしれない。三年になった時の遠足で近くの山に登った。一応クラスで登るということだったけれど、帰りは家に近い登山口に降りて良い事になっていた。要は勝手に帰りなさいということ。おおらかな時代だったよなあ。その時僕は迷子になってしまったミナヅキを見つけた。そうか三年の時はクラスが違っていたんだ。

「お前さっきの子知ってるのか」

「二年まで同じクラスだった」

 一緒に降りていた友達はニヤニヤ笑いながらぼくを見ている。

「いっしょに帰ってやれよ。オレら先に行くから」

 そのあと僕とミナヅキは噂になっていたらしい。そういう噂って本人のところには届いてこないから。ヒソヒソ話とよそよそしさ。たしかに僕はミナヅキを家まで送っていった。中学が違うわりには僕とミナヅキの家は意外と近かった。でもそれだけだ。そのあとミナヅキと偶然会うことが多くなったのは事実だけれど。

「よく会うね」

「そうだね」

 ミナヅキと交わした会話はだいたいそんな感じ。たまにはテストの話とかもした。音楽の話も少しだけした。

「兄貴が好きみたい」そう言ってミナヅキはロリー・ギャラガーのアルバムをながめている。

「渋いね」

「そうなの」

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