「映画でも見に行きますか」

 なんか会話が詰まってしまったような感じがして僕はそんなことを言いだす。彼女は無表情にカップに残っていたコーヒーをすする。僕の言ったことには無反応。そしてまた沈黙が二人を支配する。店内にはママス&パパス。あの有名な曲だ。

「恋する惑星とかいいですね」

 まるでひとり言のように彼女がポツリと言った。そうか、あのホットドック屋にもこの曲が流れていた。

「でも映画館でやってるかなあ」

「やってないと思います」

「ウォン・カーワイですよね」

「カネシロ・タケシ」

「レンタルビデオ」

 彼女がじっとこっちを見ている。

「香港映画好きなんですか」

「ほかにも好きな映画があるんだけど、タイトルが思いだせないの」

「レンタルで見た映画」

「多分テレビ」

 テレビで香港映画やってたかな。なんて考えながら僕は彼女とレンタルビデオ店の中をうろついている。

「恋する惑星」はあるだろう。でも、はじめての店だから配置がよくわからない。ここは彼女の行きつけの店らしい。そもそもこんなつもりじゃなかったんだけど。ある人の紹介で断り切れず会っただけで、適当に食事をして別れるはずだった。

「ないみたいですね」

「何かみたい映画ありますか」

 本当にないの。まあ彼女が言うのだからそうなんだろうけど。彼女はカーテンで仕切られたコーナーを見ている。

「欲望。面白そうなタイトル」

 僕は少しドキッとして彼女が手に取ったビデオを見た。

「古い映画ですよ。アントニオーニ」

「アントニオーニ」

「イタリアの監督です。映画の舞台はロンドンですけれど」

 昔、深夜にテレビで見たことがあった。不思議な映画だったけれど、60年代後半の雰囲気がよく出ていた。

「ほかに何かありますか」

「二本観るんですか」

「明日はあなたもお休みでしょう」

「あたしの家すぐそこなんです」

 僕はビデオを持って歩く彼女の後姿を見ていた。僕にはちょっと気になっていたことがあった。

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