第3部・第2章『誕生日編』裏エピソード

おめでとうを、君の隣で…


いつも、閲覧いただき、ありがとうございます。


今、本編が切ない感じなので、ちょっと場違いかもしれませんが…


以下の小説は、FANBOXに公開していた番外編の再掲となります。(公開日: 2022.1.13)


『神木さんちのお兄ちゃん!』第3部・第2章『誕生日と男子会編』(https://kakuyomu.jp/works/1177354054888822143/episodes/16816452219006247808)の裏エピソードです。


本編では、飛鳥が大河の家に泊まりに行く話でしたが、実はこちらの男子会よりも前、飛鳥の誕生日当日に、実は、こんなことがあったんだよ…な、お話です。


飛鳥とあかりの、お話。

少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。




  ✣───✣───✣───✣───✣───✣





     おめでとうを、君の隣で…





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「神木くん! 誕生日おめでとう~!」


 人気者とは、常に和の中心にいるものである。


 そして、それは神木家の長男・神木 飛鳥にとって、もはや当たり前とも言える日常で、今日も今日とて、大学内でわんさか人に集られた飛鳥は、いつも通り笑顔を振りまいていた。


「ありがとう♪ でも、あまり騒がないでね。他の人たちの迷惑になるから」


「わかってるよ! それよりさ、講義が終わったら、みんなでカラオケ行こうぜ! 神木の誕生日祝おう!」


「他の学部の子たちも、みんな祝いたいって言ってるんだよ! それに私、神木くんの歌声聞きてみたーい!」


 1月12日、今日は飛鳥の誕生日だった。


 そして、この人気者が、こんな日に大学に行けばどうなるか、言わずともわかるだろう。


 同じ大学の学生たちは、当然のごとく祝ってくれるのだが、そうなれば、いつも以上に人は集まるし、その上、このようなお誘いを受ける。


「うーん……でも俺、誕生日は、いつも家族と過ごしてるから」


 だが、盛り上がり始めたその話を、飛鳥は申し訳なさげに断った。


 今更、説明はいらないと思うが、この拗らせまくったお兄ちゃんは、基本、誕生日は家族と過ごすし、カラオケにも滅多にいかない。


 とはいえ、昔は皆の好意を無碍にはできず、一緒にカラオケに行って祝って貰ったこともあった。


 あれは高校一年生の時だ。誕生日ではない別日に予定をあわせ、数名の友人たちと一緒にカラオケにいったのだが、それがダメだった。


 なぜなら『滅多にカラオケにいかない神木君が、今カラオケボックスにいて歌っている』という情報が、どこからか広まり、同じ高校の生徒だけでなく、他校の生徒までもが、そのカラオケボックスに詰め寄り、狭い個室がいっぱいになるという大惨事にみまわれた。


 当然、お店には多大なご迷惑をかけたため、それ以来、飛鳥は学生たちの集まりには、あまり参加しなくなった。


「えー、せっかくの誕生日なのに!」


 だが、その返事に、学生たちは残念そうな顔をする。


「うちの大学、プレゼント交換禁止だし、お祝いするなら校外でなきゃダメなんだよ」


「気持ちだけで十分だよ。それに、あまり盛大に祝われるのは、ちょっと照れくさいし」


「全く、アイドル並みに人気なくせに欲のないやつだなー、神木は。よし、じゃぁ、大学内でできるお祝いをしてやろう!」


「大学内でできる?」


 すると、ムードメーカーでもある男子が意気揚々と立ち上がった。一体何が始まるのか、飛鳥が首を傾げると


「おっしゃー! みんなで神木を胴上げしよーぜ!!」


「「イェーイ!!」」


「ちょっと待って、なにそれ!?」


 胴上げ!? こんなところで!?

 イヤだ! ていうか、恥ずかしすぎる!!


「こら、お前らー、神木の誕生日だからって浮かれるなよ。講義始めるから席つけー」


 すると、そこに運よく教授があらわれ、胴上げは、なんとか回避された。


 誕生日だからと、講義が始まるギリギリに入ったのが幸をそうしたらしい。だが、その後、誕生日ゆえのドタバタは、一日中続いた。



 ◇


 ◇


 ◇



(はぁ……疲れた)


 そして、それから数時間がたち、今日の講義を終えた飛鳥は、大学内にある付属図書館に避難していた。


 大学内も大変だが、一番大変なのは、やはり大学から出る時。


 なぜなら、プレゼントを渡したい女子たちが、待ち伏せをしている可能性があるからだ!それ故に、少しほとぼりが冷めてから帰ろうと、飛鳥は人けのない、この図書館へやってきた。


 レンガ作りのこの付属図書館は、少々レトロな建物だった。近代的な校舎とは対照的な外観のせいか人が少なく、勉強をするにも時間をつぶすにもうってつけの場所。


(一時間くらいしたら、帰ろうかな?)


 金色の髪が目立たぬようフードをかぶると、飛鳥は図書館に入り、そのまま二階に向かった。


 二階建ての図書館は、一般にも貸し出しをしていて、一階には文芸書や文庫、児童書といったメジャーな本が並び、二階には、学生たちが論文やレポートを書く時に利用する資料や郷土史、あとは専門書などがあった。そのため二階の方が、より人が少ない。


 その後、階段を上り二階につくと、飛鳥は、適当に本を眺めつつ奥へ進んだ。


 するとその先で、ふと見覚えのある女が目に入った。


 窓際に置かれた勉強スペースで、ノートをとっている女子学生。栗色の長い髪を編みこみ、ハーフアップにしているその女の子は、先日飛鳥が、恋心を自覚したばかりの


「あかり」

「?」


 瞬間、声をかければ、あかりが顔を上げた。目をあわせれば、あかりは、フードを被ったその人物が飛鳥だと気づいたらしい。その瞬間、わなわなと肩を震わせると


「か、神木さん! 大学内では、話しかけないでくださいって言ったじゃないですか!?」


「お前、第一声がそれかよ」


 なんとまぁ、可愛くないこと。

 飛鳥は普段と変わらない、あかりに呆れかえる。


「別にいいだろ。ここ人いないし。勉強してたの?」


「はい。次の講義まで時間があるので、分からなかった所を復習しておこうかと」


「へー、じゃぁ、俺が教えてあげよっか?」


「え?」


「これでも、先輩だよ?」


 ニッコリ笑って、あかりの教科書を指さす。飛鳥は、あかりは同じ教育学部の学生。

 しかも、飛鳥の方が2年先輩なため、あかりが今勉強しているところも、しっかり必修済み。しかし、あかりは


「いえ、大丈夫です。神木さんと一緒にいるところを見られたら、私、明日から、この大学で生きていけなくなるので」


「お前、ホント、可愛くないな」


 にっこり笑って返してきたあかりに、これまたニッコリと飛鳥が毒づいた。


 この清々しいほどの返しは、まさに通常運転と言ってもいい。だが


「たまには、可愛いこと言ってみてよ」


「可愛いって……例えば?」


「うーん、そうだなー『先輩に会えて嬉しいです』みたいな?」


「先輩に会えて、とても嬉しいです!」


「ッ……!」


 瞬間、可愛らしく笑ってあかりが返せば、飛鳥は固まってしまった。ただ復唱しただけ。それなのに、その姿が思いのほか可愛くて


「ちょっと、なにか反応してくださいよ!」


「ごめん……まさか、ホントに言うとは思わなくて」


 照れくさくて、思わず顔を背けた。

 するとあかりは、ムッした顔で


「邪魔するなら帰ってください。それに、今日は、神木さんの誕生日ですよね?」


「あれ? 俺の誕生日、知ってたの?」


「いや、知ってるも何も、今日は朝からずっと、その話でもちきりですよ」


 朝、大学に来た時から、あかりの周りでは『今日は神木先輩の誕生日だー』と言う会話が、やたらと繰り返されていた。

 まさに、アイドルの誕生日かってくらい!


「誕生日に、神木さんと二人っきりでいるなんて、もう恐ろしくて……っ」


「あはは。そんなこと女子に言われたの初めてだな~」


「だって、ホントのことですし。それにしても、相変わらず、すごい人気ですね。大学に来る度に、神木さんは雲の上の人なんだなーって思い知らされる気がします。私にとっては、普通のお兄さんなのに」


 普通の……そういったあかりに、飛鳥は、また不思議な気持ちになった。


 きっと、こんなところに惹かれたのかもしれない。弱いところやダメなところを見せても、あかりは嫌がらず受け入れてくれた。


 だから、あかりの傍は居心地がよくて、家族とは、また違った温かさがある。


「ねえ、邪魔なんてしないからさ。俺もここで時間潰していい?」


「……それなら別に、構いませんけど」


 もう少しだけ、ここにいたくなった。


 飛鳥は、あかりの座る席から、二席ほど離れて座ると、他人のフリをして、読みかけの本をカバンから取り出した。


 室内ととても静かで、淡い光が射しこむ中、ちらりとあかりを盗み見れば、綺麗な字でノートを埋めていく姿が目に入った。


 スラスラと動く手と、真剣な表情に思わず魅入る。


(なんか、いいな……この空気)


 ただ、何もせず傍にいるだけ。

 それなのに、不思議と幸せな気持ちになる。


 これが、恋をすると言うことなのだろうか?


 少しでもいいから、同じ空間にいたいなんて……



 ◇


 ◇


 ◇



「神木さん」

「……!」


 それから、どれほど経ったのか。あかりに呼ばれ、飛鳥はハッと我に返った。


 どうやら、本を読みふけっていたらしい。その声に顔をあげれば、あかりはノートや教科書を片付け、席から立ち上がっていた。


「神木さん、私にそろそろ講義にいきますね」


「あ、そっか……行ってらっしゃい」


「神木さんは、帰らなくていいんですか? 華ちゃんたちが心配するんじゃ」


「うん、俺もそろそろ帰るよ」


 時計を見れば、あれから丁度一時間ほど。


 飛鳥は、あかりと一緒に図書館を出ようと考えたが、さすがにマズイと思い立ち、静かに見送ることにした。だが、その瞬間


「あれ? これ、あかりの?」


 ふと、足元に栞が落ちているのに気づいた。拾い上げ、あかりに見せれば、それはまさに、あかりの物だったらしい。


「あ、教科書に挟んでたのが落ちたのかも」


「この栞、綺麗だね」


 そう言って、飛鳥が栞を光にかざすと、桜模様のその栞は、まるでステンドグラスのように輝いた。

 優しい色合いの桜が、幾重にも重なって、とても綺麗だ。


「これ、どこに売ってるの?」


「気に入ったんですか?」


「うん」


「じゃぁ、それ差し上げましょうか?」


「え?」


「丁度、誕生日ですし……て、誕生日に私の使い古しあげちゃダメですよね。今度、新しい物を買ってプレゼントします」


「いいよ、これで。でも、本当にもらっていいの? あかりも気に入ってるんじゃないの?」


「大丈夫ですよ。それ二枚組で、もう一枚同じものが家にあるので。でも、本当にいいんですか? それ、私が高校生の時に買ったもので、もう二年くらい使ってますよ」


「いいよ。むしろ、こっちの方がいいかも」


「え?」


「いや、それより、早く行かないと講義始まるよ」


「あ、そうだった」


 すると、あかりは、飛鳥に背を向けその場を後にする。だが、その後少し離れた場所で、一度ふりむいたあかりは


「神木さん、お誕生日おめでとうございます」

「……っ」


 去り際に、満面の笑みでそう言ったあかりに、飛鳥は目を見開いた。


 それは、今日一で、何十回と言われた言葉だった。それなのに


「っ……いきなり、言うなよ」


 同じ言葉なのに、今日大学で会った誰よりも特別な言葉に感じた。


 たった一言で、こんなにも心を揺さぶられる。


 ずっと可愛くないと思っていたはずなのに、今では、その可愛くない所ですら、可愛いと思うようになって


(たかだか、栞を一枚もらっただけで、こんなに嬉しいなんて……っ)


 改めて自分の変化に戸惑い、無意識に頬が緩んだ。


 あかりが立ち去ったあとの図書館は、まるで火が消えたように静かになって、その存在の大きさを、改めて実感する。


 高校生の時のあかりは、どんな子だったんだろう。


 二年も使っているという栞を見つめて、飛鳥は考える。


 だが、その瞬間、ふと思い出した。


(あ……そういえば、うちの大学プレゼント交換禁止だったんだ)


 使い古しの栞一枚。

 これも校則違反になるのだろうか?


 ふと、そんなことを思ったが


(ま、いっか……誰も見てないし) 


 もし大学一の人気者が、こんなところで女の子と密会してるなんて知られたら、それこそあかりの言うとおり、恐ろしいことになるのかもしれない。


 だけど、こうして、こっそり会うのは、案外悪くないと思った。


 まるで、好きな子を独り占めしてるみたいだから……



 その後、桜柄の栞をみつめて微笑んだ飛鳥は、その栞を、今読んだ本の間に挟み込んだ。


 誕生日や記念日に学校へ行くのは、少し憂鬱だった。ありがたいけど、やっぱり大変なことも多かったから。


 だけど今日は、初めて来てよかったと思えた。


 好きな人に、こうして祝ってもらえたのだから。


 そして、もし叶うなら、また来年もあかりに『おめでとう』と言って欲しいと思った。


 できるなら次は、俺の隣に座って──…






『おめでとうを、君の隣で 』END


✣───✣───✣───✣───✣───✣



✻ あとがき ✻



最後まで読んで頂き、ありがとうございました!


第3部・誕生日編の裏エピソードでした。


この後に、男子会に繋がります。飛鳥が、あかりの空気が好きと言ってたのは、この時間を共有したのもあるかもしれません。


実はこの話、二年ぐらい前から温めていたお話でした。


なにげに、飛鳥とあかりが仲良くなるきっかけって、本が多いんです。だから栞は二人にはピッタリなアイテム。なので、お揃いの栞を持たせたかった!


でも、本編では書くタイミングがなくて、このままお蔵入りしそうな感じでもありました。


でも、ふと飛鳥の誕生日が来るなーと思ったら、いい感じに閃き、栞と誕生日をからめつつ、二人らしいエピソードを。


また、本編で今後、栞が出てきたら、実はこっそり同じ栞を使っていると、読んだ方だけ気づいて、ニヤニヤしてくだされば嬉しいです(笑)


そんなわけで、2年温めたネタを書けて、個人的には満足でした。改めて、読んで頂きありがとうございます。


それでは、また、本編の方もよろしくお願いします!



雪桜


(公開日: 2022.1.13)

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