五十嵐家の日常 ④


「わー、すごーい!」


 それから、夜になり、レオたちは山根一家を招き、ゆりの誕生パーティーを開いていた。


 テーブルの上には、彩り豊かな料理が豪勢に並んでいて、その中央には、ゆりの誕生日ケーキがあった。


 三段重ねのグラデーションケーキだ。


 ピンクと白のマーブル模様が、とても爽やかなケーキの上段には、小鳥やウサギ、バラなどのチョコレートアートが美しく飾りつけれていた。


 そして、下段をぐるりと一周するリボンも、しっかり食べられるチョコレート製。


 なにより、その繊細な仕上がりは、まさに、プロの仕事と言ったところ。


「ほらね、宗太そうた! 私のお父さんが作ったケーキ、すごいでしょ」


「………」


 ゆりが、はしゃぎながら、そういえば、宗太は、少しばかり疑惑の目を向け


「これ本当に、おじさんがつくったの? 金に物を言わせて、有名なホテルとかで買ってきとかじゃねーの?」


「あはは。全部手作りだよ」


「ホントに? この鳥も? このリボンも?」


「あぁ、全部だよ。これで、ゆりが嘘をついてないって信じて貰えたかな?」


「……っ」


 レオのその言葉に、宗太は、バツが悪そうに視線をそらした。


 無理もない。まさか、本当に結婚式みたいな豪勢なケーキが出てくるとは思ってなかっただろうから。


 すると、今度は、宗太の両親である山根 彰人あきとと、山根 琴里ことりが、頭を下げてきた。


「レオ先生、本当にすみません! うちの息子が、大変、失礼なことを!」


「しかも、ゆりちゃんを嘘つき扱いするなんて!」 


「いえ、宗太君が、そう思うのは無理ないですよ。俺のケーキを食べたことなんてなかったでしょうし」


 この時代、男がキッチンに立つのですら、否定的な声が多い。実際、宗太の父も料理をするタイプではないらしく、宗太には、想像がつかない世界だっただろう。


 だが、そうなだめつつも、山根夫婦は、申し訳ないと何度も謝った。


 ちなみに、山根夫婦は、レオと結月が開く音楽教室の元・受講生だ。


 レオたちのおかげで結婚したと言ってもおかしくないくらいのこの二人とは、その縁もあってか、今は家族ぐるみの付き合いを続けている。


 だが、レオ達は友達だと思っているが、山根夫婦にとっては、尊敬する恩師のような立場でもあり。


「宗太。ちゃんと、ゆりちゃんに謝って」


 母の琴葉が、宗太を叱責すれば、宗太は、しぶしぶといった感じで


「……ごめん、ゆり」


「うんん。私の方こそ、ごめんね」


「え?」


「なんか私、宗太に自慢話ばかりしてたかも? 聞きたくなかったよね、あんな話」


 すると、ゆりがシュンとしながら謝って、宗太は慌ててながら


「ち、違う! 別に俺には、いくらでもはなしていいし!」


「え、いいの?」


「いいよ! でも、俺以外にはいうなよ」


「え?」


「だって、ゆりの家、普通じゃねーし。その上、こんなに豪華なケーキ食べてるなんていったら、やっかまれて、いじめられちゃうかもしれないだろ。だから、俺が、今のうちにからかっとけば、他の奴には言わなくなるかなって」


「え? もしかして、私のために、あんなこといったの?」


「っ……そうだよ。だから、本気でゆりが嘘つきだと思ってたわけじゃ」


「なんた、良かったー」


「良かった?」


「うん。だって、嫌われたら、どうしようかと思って」


「き、嫌いになんかなるか!」


「そうだよね。ありがとう、宗太! それと、私が家のこと話すの宗太くらいだから、心配しないでね」


「え?」


「他の人には、あんな話しないって。うちが普通じゃないのは、何となく気づいてたし……だから、話すのは宗太くらい。それに、万が一、いじめられたとしても、やり返しちゃうから、心配しないでね!」


「……っ」


 ゆりがニッコリと笑えば、宗太は、こころなしかほっとしたような顔をした。


 そして、そのやりとりに、親達は驚いていた。

 

 どうやら自分たちは、宗太のことを、少し勘違いをしてたのかもしれない。


(……本当に、ゆりの事が好きなんだな)


 そして、しみじみと思う。


 好きな女の子が、いじめられてしまわないように、あえて、あんなことを言ったらしい。


 だとすれば、なかなか不器用な子だ。


 しかし、その光景に、心がほんのりあたたかなる。


 ゆりは、いい友達に恵まれた。

 だが、それとは別に、一つだけ気になった。


「ねぇ、レオ。うちって普通じゃないの?」


 子供たちから発せられた『普通じゃない』という言葉。それを聞いて、結月がレオに問いかける。


 いや、普通のはずだ。


 少なくとも、レオと結月は、そう思って今日まで生活してきた。


 しかし、子供たちは


「でも、ゆりの父ちゃん、マジですげーな」


「でしょー。でもさー、私、どこのお父さんも、こんな感じだと思ってたの。でも、全然違ったんだよねー。普通のお父さんは、家で料理しないんだって」


「そりゃ、そうだろ。つーか、こんなケーキ作れる方がおかしいんだって。だから、あんまし家のこと話すなよ。ゆりの感覚、世間とズレてるんだから」


「えー、私、そんなにズレてる?」


「うん。けっこうヤバいぞ」


「………」


 次から次へと、耳を疑いたくなるような言葉が、飛び出してくる。


 あれ?

 ゆりの感覚ずれてるってなんだ?

 しかも、俺のせいで?


「レ……レオ、そうだわ! プレゼントを渡さなきゃ!」


 すると、気を使ったのか、結月が話題を変えてきた。


 そういえば、お互いの実家から、孫であるゆりにプレゼントが届いていた。


 フランスに住んでいるレオの両親からは、フランスで人気のぬいぐるみが届いた。


 ゆりは、自分と同じサイズの巨大なウサギのぬいぐるに抱きつきながら喜び、次は、結月の両親からのプレゼントをうけとる。


 それは、ずっしりと重いケースが一つ。

 中を開けてみれば、そこに、入っていたのは──


「わー、バイオリンだ!」

 

 美しく重厚なバイオリン。

 だが、それを見て、レオが、こそっと結月に耳打ちする。


「結月。あれ、いくらするやつだ」


「さぁ…金額なんて聞いてないわ」


 パッとみた感じ、はくだらなそうなバイオリンだった。


 さすが、阿須加家!

 プレゼントの金額が並ではない。


 だが、それを小学一年生の子供に??


(……確かにうちは、普通じゃないかもな?)


 一般家庭だとおもって暮らしてきたが、どうやら、その感覚は、間違っていたらしい。


 そして、五十嵐家の普通への道のりは、そう簡単に縮まる物ではないのだった。





 ✣おしまい✣


*────────────────────*


最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。裏話は、引き続きFANBOXで公開中していきます。

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