五十嵐家の日常 ③


「レオ、何してるの?」


 その後、朝食をとり、ゆりを学校に見送ったあと、結月がレオに声をかけた。


 二人きりの家の中は、とても静かだった。

 そして今日は、娘の誕生日のため、仕事は休み。


 だから、午前中は、ゆっくりできると思っていたのに、レオは早々と、ディナーの準備に取りかかっていた。


「仕込みは、昨夜すませたのでしょう?」


 エプロンをし、腕まくりをするレオを見て、結月が首を傾げる。


 レオは、昨夜、結月とゆりが寝静まったあと、一人キッチンに立ち、ケーキやディナーの仕込みをしていた。


 子供でも食べやすく、それでいてオシャレなパーティー料理は、毎年、流石と言わんばかりの出来栄えだ。


 だが、それを作るには、それなりの時間と労力がかかるのだが、それも、あらかたすませたと思っていた。


「仕込み忘れた物でもあったの?」


「まさか。俺が、そんなヘマするわけないだろ。仕込みは完璧だよ。でも、ケーキの装飾を増やすことにしたから、チョコをデコレーションして冷やしておこうと思って」


「増やす? どうして?」


「今年のケーキは、3段にしよう」


「え、3段?」


 レオの返答に、結月は目を見開く。


 ケーキを3段にということは、ゆりの誕生日ケーキのことを言っているのだろう。


 すると、結月は、花のような表情を華やかせると


「まぁ、ゆり、喜ぶわね! 前に作ってあげた時は、結婚式のケーキみたいって、すごくはしゃいでたもの!」


「そうだな。それに、娘が嘘つきよばりされて、黙ってるわけにはいかないだろ?」


「嘘つき? あー、さっきの宗太くんの話?」


「そう、これは、娘の一大事だ」


「ふふ。レオは相変わらず、娘に甘いわね」


「そうか? でも、甘いのは、娘にだけじゃないよ」


 すると、その甘い声と同時に、優しい瞳を向けられた。


 確かに、そうだ。

 レオに甘やかされてるのは、ゆりだけじゃない──

 

「そうね、レオは、私にも甘いわ」


 そういうと、結月は、そっとレオに近づき、ささやかなキスをする。


 背伸びをし、自分から旦那様の唇に、愛を注ぐ。


 何年つれそっても、新婚の頃のように甘いのは、きっと、禁断の恋を乗り越えたから。


 お嬢様と執事と言う結ばれてはいけない間柄でありながら、私たちは恋をし、夢を叶えた。


 本来なら、手に入らなかった人。

 諦めるはずだった、幸せ。


 それを、手にしたからか、いくつになっても愛しさがなくならない。


 むしろ、溢れ出る泉のように、増していくばかり──


「レオ。いつも、ありがとう」


 唇を離せば、結月は、ふわりと笑ってお礼をいう。

 すると、その言葉に、レオは満足そうに微笑んだ。


「俺の方こそ、いつもありがとう……しかし、珍しいな。結月の方から、キスをしてくれるなんて」


「そう? 娘のために頑張ってる、ご褒美よ」


「ご褒美か……嬉しいよ。まさか作る前から、ご褒美をもらえるなんて。でも、できるなら、誕生日が終わった後にも欲しいかな。たっぷりと」


「……っ」


 すると、キスだけじゃ足りないとでも言うように、甘い声が耳をんだ。


 抱き寄せられて、まるでじゃれつくように、キスが肌を撫でる。


「ん、レオ……ケーキの仕込みを、するんでしょ?」


「あぁ。だから、あまり誘惑するなよ」

 

 妻からの誘惑に、レオは、めっぽう弱かった。


 キスなんてされたら『父親』から、あっさり『男』に変わってしまう。


 でも今は、そうなるわけにはいかなくて──


「結月は、あっちで、ゆっくりしてて」


 そう言って、軽くあしらえば、結月は、少し不満そうにして


「ねぇ、私に手伝えることはないの?」


「え?」


「だって、娘の一大事なら、夫婦で乗り越えるものでしょ? それに二人で、やったほうが、早く終わるとおもうの」


 どうやら、結月は、手伝いをしたいらしい。

 すると、レオは、そんな結月の気持ちを、しぶしぶ受け入れると


「わかったよ。じゃぁ、俺の可愛いお嫁さんには、助手をしてもらおうかな?」


 そう言って、エプロンを手渡せば、結月は幸せそうに笑い、その後、二人は、仲良くケーキ作りに励んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る