お兄ちゃんと修学旅行【完全版】③


「見て見て、これ、可愛い~」


 修学旅行、二日目──


 班別の自由行動となった今日は、数名の班を作り、京都市内を観光していた。


「ホント、可愛いー」

「お土産、どれにするー」


 二条城から京都御所に向かう際、休憩がてら、立ち寄った一軒の土産屋みやげやで、女子が和柄模様わがらもようのハンカチや、ストラップなどを楽しそうに見つめながら明るい声を発していた。


 そんな中、隆臣は、店の外のベンチに座ると、買い物をする班のメンバーを見守りながら、次の観光地までの道のりを確認する。


(あと、10分くらいしたら移動しねーとな)


「隆ちゃ~ん」


 すると、飛鳥が深いため息とともに、やっとのこと戻ってきたかと思えば、隆臣の隣に、一人分スペースを空けて腰掛けた。


「はぁ……もう、疲れた」


「ご苦労さん、しつこかったな」


「ホント、まさか京都まで来て、スカウトされるなんて思わなかった」


「お前、目立つからな。さっきも、告白で呼び出されてたし、お前と一緒にいると、予定通り進めなくて困る」


「そんなこと言わないでよ。俺だって、予定通り進みたいよ」


 班長である隆臣の愚痴に、飛鳥が顔を引きつらせながら言葉を返す。


 深緑のブレザーに、グレーのズボン、ボルドーのネクタイと、着ている物は他の男子生徒と同じはずなのに、その見た目とスタイルのせいなのか、飛鳥は、どこに行っても目立つのだ。


 既にここにくるまでに、二条城で一回、告白で呼び出され、途中の道中でモデルのスカウトにあう始末。


 飛鳥が一緒だと、急なアクシデントに見舞われ、予定通りに進めない。


 正直、余裕をもってプランを立てているとはいえ、この「美人すぎる友人」は、色々な意味で厄介だと思う。


「お前、昨日といい今日といい、修学旅行と言うよりは、告白されに来てるようなものだな」


「確かに……つーか、なんでみんな、修学旅行で告白したがるの?」


「ま。学生がイベントで告白すんのは定番だな。嫌なら、また彼女、作ればいいじゃねーか」


「…………」


 告白を嫌がる飛鳥に、彼女を作ることを提案する。すると飛鳥は、眉をひそめつつ、はっきりとした言葉が返してきた。


「嫌だよ。もう彼女はいらない」


「………」


 ここ一年ほど彼女を作っていない飛鳥。

 その返答からすると、もうりたといったことろか?


「でも、生徒会に入ってから、呼び出されることが更に増えてないか?」


「まーね。生徒会役員って、そんなに凄いの? 言っとくけど、うちの生徒会、なんの実権も握ってない、ごく普通の生徒会なんだけど」


「ま。現実は、そんなもんだな」


「それに、告白断るのも結構大変なんだよね。気使うし、泣かれちゃう時もあるし」


「まぁ、仕方ないだろ。なんなら思い切って、作れば? 女寄ってこなくなるぞ?」


「…………」


 彼女はいらないという飛鳥に、冗談混じりに隆臣が語りかける。


 どうせこの後は、いつものように、にっこり笑って罵声でも浴びせられるか、悪ノリしてくるかだろう。


 だが──


「ねぇ、隆ちゃん……」


「ん?」


 そう思った矢先、飛鳥は怒りもせず、ふざけることもせず、至って真面目な顔をして、隆臣を見つめ返してきた。


 吸い込まれそうなほど綺麗な瞳と、視線が絡む。

 そして……


「隆ちゃんは……俺のこと、どう思う?」


「は?」


 冗談で言った言葉に、どこか真剣な言葉が返ってきて、隆臣は目を丸くした。


「ど……どうって?」


「だから、可愛いとか思う?」


 そう言って、小首をかしげた飛鳥の肩からは、金色のしなやかな髪がさらりと流れ落ちた。


 秋の風がふわりと吹き抜ければ、細い髪がキラキラと光に反射し、飛鳥の白い頬をかすめる。


 その姿は、とてもたおやかで、どこが儚げで、可愛いか?と問われたら、可愛い……の、かもしれないが。


「いや……言ってる意味が、分からない」


 いつもと違うと飛鳥の反応に、隆臣は軽いパニックに陥った。


 なんで、そんなことを聞いてくるんだ?

 その意図が、まったくわからない。


 てか『どう思う?』とか『可愛い?』とか、聞き用によっては、女子が意中の男子に、好きか嫌いかを、確かめるときのセリフではないか?!


「何が分からないの? だから、俺のことどう思う? 可愛いとか、いいなーとか思ったりする?」


「ちょ、お前、どうした……っ」


 ズイッと顔を近づけ、少し苛立つような声で問いつめられた。


 視線の先には、中性的で、とてつもなく綺麗な美少年がいる。不意に近づいたその顔に、隆臣は無意識に距離と取ると、頭の中で、理想の答えをぐるぐると考える。


 これは、なんと答えればいいんだろうか?

 飛鳥が求める答えが、さっぱりわからない。


「あ、飛鳥……お前、店見てこなくていいのか! もう少ししたら、移動」


「話そらさないでよ。俺、真面目に聞いてるんだけど?」


「……っ」


 再び距離をつめられて、ベンチのはしに追いやられた。逃げようにも逃げられず、隆臣は焦り、その額にじわりと汗をかく。


 真面目に?

 てか、逆に飛鳥は、俺のこと、どう思ってるんだ?


 どう思ってて、そんなこと聞いてくるんだ?


 一瞬、あってはならないことが過ぎって、隆臣は飛鳥から逃げるように視線をそらした。


 いや、そんなはずない。


 だって、今までずっと「友人」として、過ごしてきたわけで──


「隆ちゃん?」


 すると、顔を背け黙り込んだ隆臣に、飛鳥が、その瞳をのぞき込むようにして、見つめてきた。


 この調子だと、きっと何かしらの「答え」を出さないと、飛鳥は納得してくれないのだろう。


 隆臣は、そう思うと……


「お、俺は……お前のことだと思ってる!!」


 真剣な問いかけに、率直に返した真面目な答え。


 はっきりいって、今はこれしか言えない。


 すると、飛鳥は、その後、暫く沈黙すると……


「隆ちゃんて、小五の時もそうだったけどさ。親友宣言とか、恥ずかしくないの?」


「うるせーな! 恥ずかしいに決まってんだろ!? てか、お前が変なこと聞いてくるからだろーが!?」


 隆臣とて、よくわからないことを問い詰められ、その上、恥ずかしいことを言わされ(自分で言った)納得がいかない。


 すると、恥ずかしさのあまり声を荒らげ隆臣に、飛鳥は少し困った顔をして、また話し始めた。


「あのさ、実はここだけの話、マジであるんだよね?」


「は? なにが?」


「だから、に告白されること」


「…………」


 ──男?!


 まさかの言葉に、隆臣はキョトンと目を丸くした。


「小学校の時には、そんなこと全くなかったんだけど、中3くらいからかな? だんだん増え始めて……俺、男の人に、どう思われてるのかな?」


 どうやら、いたって真面目な相談だったらしい。


 つまり、彼氏作れば?と言われて、男に告白されたことを思い出したのか?


「だ、だから……俺に可愛い?とか……聞いてきたのか?」


「うん、男から見ても可愛いとか思うものなのかなって?」


 男に告白されるから、自分の事を、男目線でどう思おうのかを聞きたかったらしい。


 なんて、紛らわしい!!


「自分が、女顔なのは良くわかってるんどけど、なんで急に男の人に好かれだしたのか、その要因が、よく分からなくて」


「なんだ、そんな事かよ!?」


「そんなことって何!? ラブレターの差出人が男だった時の気持ち、隆ちゃん、味わったことある!?」


「あるわけねーだろ!」


 隆臣は、酷く動揺していた胸の音が、静まるのを感じ、ほっと息をつく。


(男に、ねぇ……)


 そして、飛鳥が男に好かれる原因。

 隆臣は、それに心当たりがあった。


 飛鳥は中学2年の時、突然、髪を伸ばし始めた。


 そして、それは数年の歳月を経て、高校二年の今では、胸元あたりまでのびたセミロング。


 だからか、飛鳥は髪を下ろせば、その見た目は「女の子」でしかなく、その実績は、先日行われた文化祭の女装で、まさに折り紙付きだ。


 中身や言葉遣いは、普通に男らしい飛鳥。


 それなのに、男に好かれるということは、やはりそれは、女みたいに長い髪と、線が細く華奢な身体と、どこか弱々しい雰囲気によるものだろう。


「お前、中学2年の終わり辺りから、突然、髪を伸ばし始めただろ? たぶん、原因はそれだ」


「え?」


「まー。お前、見た目は可愛いからな。は! 髪下ろせば、女だし。だから、とりあえず髪切って、その中二病、直せ!」


「中二病!? 俺、中二病扱いされてんの!? 髪伸ばしてるだけで!?」


 サラッととんでもない原因を究明され、顔をしかめる飛鳥。


「ふ……てか、マジかよ!? 男にも告られるとか、お前スゲーな!」


「笑い事じゃないんだけど?」


 すると、腹を抱える勢いで笑い出した隆臣をみて、飛鳥が、口元を引きつらせた。


「結構、怖いんだよ。男に呼び出されるって……最初、恐喝されるのかと思ったし。好きになってくれる人がいるってありがたい事だって教わったし、それが男でも女でも、気持ちはちゃんと受け止めるつもりだけどさ、時々、身の危険を感じるというか……」


「身の危険ねー。お前が、か弱いのは見た目だけだろ?」


「その見た目のせいで、色々と危ない目にあってるんだろ」


 その言葉に、飛鳥はひどく不服そうな顔をして、隆臣を睨みつけてきた。


 だが、飛鳥のその相談を、この時笑い飛ばしてしまったことを、隆臣は後々、後悔することになるのだった。




 ④につづく!

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