雪の月 22日
師匠の料理について。
彼女は「懐かしいなあ! そうだ、私が昔食べてたシチューを再現してあげる!」と楽しげに笑い、隅の方の暗がりに潜んでいた奇妙な動物を片手で鷲掴みにした。
それは暗い紫色の毛皮で尾だけが赤く、ぎょろりとした真紅の目と鋭い爪、異様に長い牙を持った動物だった。師匠は暴れるそれの首をすばやく掻っ切りながら「ほら、ウサギ!」と言った。絶対に兎ではない。
師匠はそれの皮を剥いでぶつ切りにし、内臓も全部鍋に突っ込んだ。そして壁面にびっしり生えている黒と紫のキノコ、そしてそのキノコに寄生しているように見える草のようなものを引っこ抜き、毒々しい赤色をした根までを全て刻んで上からぶち込んだ。
「当時は塩もなくてね、味気なかったけど……でも今になってみれば懐かしい味だわ。塩っていうのは大事なのよ。何でも美味しくなるんだから」
そう言いながら師匠は味見をして頷き、器にたっぷりよそって差し出した。草の根から染み出した、血のような赤い汁、どす黒い肉塊、筆舌に尽くし難い変な匂い。
「召し上がれ」
「……感謝します」
それでも私はそれを口に入れた。今思うとどうかしていた。
そして私は泡を噴いて倒れた。塩とかそういう問題ではなかった。
癒しの魔力を持ち、医療にも明るい師匠の術で私は蘇生した。それでも三日寝込んだ。
体は元に戻ったが、私の心は折れたままになった。
私は淡々と力ない声で、もう二度と料理をするなと彼女に命じた。そして私は全力で読書にかかった。元々語学は得意だったので、古代文字もある程度は推測しながら読むことができた。見たことのない文字もあったが、師匠が読み方を教えてくれた。
そうして古代の叡智を頭に押し込みながら、私は料理を覚えた。一度も包丁を握ったことがなかったが、躊躇している場合ではなかったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。