想い出は香りと共に

サヨナキドリ

ニッキ

 祖父の葬儀がひと段落して、遺品となった彼の蔵書を整理する。彼の本の中には、特別な匂いを纏ったものがあった。お気に入りの本に、香水や押し花などで香りをつけていたのだろう。


 そんな中で、祖父の日記が見つかった。顔の前にもってきて、匂いをかぐ。存在感のある、強い香り。甘くて、それでいてスパイシーな、どこか懐かしいような香り。なぜか、修学旅行で京都に行った時のことを思い出した。日記の後ろに挟まれていた、香木の破片のようなものがその元のようだった。


「お母さん」


 日記を胸に抱えながら、別の部屋を整理していた母の元に向かう。


「どうかした?」

「おじいちゃんの日記が見つかったんだけど……なんの匂いだろ?」

「え?……ふんふん」


 母は日記とその木片を鼻の近くに持っていって確かめると、私に言った。


「これは……シナモンね。お料理にも使われるから、結構馴染み深い香りかも。——懐かしいなぁ、お母さんがよく作ってくれたアップルパイ」


 母が私に祖母の話をするときは、『おばあちゃん』と呼ぶ。だから、後半の言葉はひとりごとなのだろう。そこで母がふと思いついたように顔を上げて祖母を呼んだ。


「そうだ……おばあちゃん!おじいちゃんの日記なんだけど、ちょっと嗅いでみてくれる?」

「え?あの人、日記なんてつけてたの?どれ——」


 そう言って祖母は目をつぶって、日記に顔を近づける。それからひと嗅ぎすると、顔をそらして吹き出した。


「ぷっ!あはははは!」

「おばあちゃん!?なんで笑ってるの?シナモンの香りだと思うんだけど——」


 母が困惑しながら訊ねると、祖母は目尻の涙を拭きながら言った。


「ああ、シナモン。シナモンだ。——あの人はまじめ腐った顔をして、こういうくだらない冗談が好きだったからねぇ。生きてる間は日記なんて誰にも見せるつもりがなかっただろうから、死んだ後にも笑わせようと思ったんだろうね」


 そう言って祖母は母の手から日記を受け取ると、優しい目でそれを見つめながら言った。


「シナモンということは——肉桂にっきだねぇ」

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想い出は香りと共に サヨナキドリ @sayonaki

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