記録
赤城ハル
第1話
「で? 何したんだ?」
俺は健司に聞いた。
健司の顔は酔いで真っ赤。今が聞き時だろう。
こいつは夜遅くにビール缶の入ったレジ袋を持ち、俺の住むマンションに訪れて来た。
来た時から、何かあった顔をしていて、ビール缶を早いピッチで飲み、俺のウイスキーをグラスに注ぎ、仰ぎ始めた。
「……日記を読んだ」
健司はグラスの中身を見つつ、ぼそりと言った。
「日記って、桃さんの?」
桃さんとは健司の彼女で現在同棲中。
「そう」
健司はクレーンのようにグラスを掴みつつ言う。
「勝手に?」
「そーだよ」
と言い、グラスの中身を飲む。
「お前、こぼすなよ」
「こぼさねーよ」
健司はグラスをテーブルに置く。
「何で読んだんだ?」
「読んだっつうか目に入ったんだよ。机にあったからよ。そしたらそこをさ、見られて……」
「で、怒られたと」
「そう! それよ! それ!」
顔はふらふらで俺に対して指を差す。
「謝ったのか?」
「謝った! ちゃんと! 見たのは開いたとこだけ。読んでない! 見たの!」
健司はそう主張し、テーブルの上に腕を置き、そこに頭を寝かせた。
「でも桃は信じてくれない。ううっ」
そして健司は寝落ちした。
俺はスマホで桃さんに連絡をする。
「もしもし」
『あっ、剛くん。もしかして健司そこにいるの? 大丈夫?』
「います。今は酒でブッ潰れています」
『酒で? そう、ごめんね。迷惑かけて』
「聞きましたけど日記を読んだとかで喧嘩ですか? 仲直りしてくださいよ」
『そっちにいるってことは本当に読んでなかったんだね』
「見ただけって言ってましたよ。で、すんごい怒られたって聞きましたよ」
『喧嘩というか私がキレて、彼が逃げたのよ』
逃げるほどキレるって、どれくらいキレたんだよ。
「てか、なんで日記なんてつけてたんですか?」
今はブログとかのSNS系があるはず。なぜアナログなものに手をつけたのか?
『ブログとかSNS系は綺麗なことしか書けないでしょ?』
「いやいや、結構、汚いこと書いている人もいるよ。あと、身バレしないよう変わったアカウト名でレスバしたり、炎上覚悟でめちゃくちゃ書いている人もいるけど」
『あのさ、そもそも私は読んでもらいたいわけではないのよ』
「鍵垢とか知ってます?」
『知ってるわよ。どうして剛くんはそんなにSNSを私に勧めるの?』
「鍵垢のSNSなら健司に読まれないのでは?」
『まあ、そうだけど。でも、私は慣れ親しんだ日記なのよ』
「ちなみにいつから書いているんですか?」
『中学生の時かな?』
これは驚きの返答だった。中学って、十年以上も前ってこと? どれだけ書いたんだよ。本人はブログ等は綺麗なことしか書けないと言っていた。それはすなわち、日記には愚痴や己の悪事とかをメインに書いていた?
「今、何冊目ですか?」
『ノート全部使いきったらシュレッダーにかけてる』
「日記って残すものでは?」
『えー、そうなの? 私は一時的なものかな。あと、記録的な?』
と桃さんは厭らしく笑う。
記録というなら、なおのこと残すべきでは?
それとも残しにくい記録なのか?
「ともかく、あいつも悪気はなかったんだから許してやってください」
『ええ』
「ちなみに、相当怒っていらしたとか」
『あの時は恥ずかしさと怒りと焦りで、つい感情的にね』
と言い、桃さんは笑った。
「まあ、日記って読まれるのは恥ずかいですよね。自分の思いとか相手のことを書いてますからね」
『あれ? 剛くんも日記とかやってるの?』
「いえ、想像で言っただけです」
『なーんだ。でもさ、そういうことなの。読まれた時って、心を丸裸にされた気分よ。だから、あの時も色々と隠すために相手に反論させないくらい捲し立てたのね』
「はははっ」
俺は空笑いをした。
桃さんは毒舌家だからな。結構、きつく言われたのかな。
『ねえ、日記を読まれて一番ムカつくことって何か分かる?』
「内容をバカにされたこと? いや、音読かな? 皆に聞かせるみたいに」
『違うわ。でも、考えてみるとそれもムカつくわね』
と、桃さんは通話の向こうで考える素振りをする。
意外と良い線いってたのかな?
『私にとって一番ムカつくのは読まれたくなかったら書くな。書くやつが悪いってセリフなの。書くのは自由で勝ってに読むのは悪いのにね。そういう屁理屈言う奴嫌いよ』
「健司のやつ、そんなことを言ったんですか?」
『ううん。言ってない。そもそも読んでないし、目に入ったって。でも、なんかそういうの言われるのが嫌だったから捲し立てたのかな。勿論、健司がそんなこと言わないのは知ってるけどね』
何だろう。今の感じだと、もしかして以前、誰かに日記を読まれたとか?
『それじゃあ、健司のこと、一晩よろしくね』
「はい。分かりました」
と言い、通話を切る。
一つ息を吐いた後、
「健司聞いてたか? 桃さん、もう怒ってないから」
しかし、酔い潰れた健司は寝息だけ立てていた。
俺は空のグラスを片付ける。そして空き缶を捨て、ウイスキーボトルを棚に置く。
健司は本当に日記を読んでいなかったのだろう。
ただ開いたページだけを目にしただけなのだろう。
もし読んでたなら俺のもとに酒を持って来なかったはず。
勿論、それは桃さんが日記に俺とのことを書いていたらの話。
「知っているからな」
声に驚いて振り返るも健司はテーブルに突っ伏し、寝ていた。
寝言か。
でも、どういう夢を見て、あんな寝言を言ったのか。
もしかして本当は読んだ? まさか……ね?
記録 赤城ハル @akagi-haru
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