祖母の日記

尾八原ジュージ

祖母の日記

 去年八十八歳で亡くなった祖母は、あれを第六感というのだろうか、非常に勘の鋭いひとだった。

 大変な働き者で、長年書道教室と焼鳥の旨い居酒屋との二刀流をこなし、年がら年中真夜中まで細々と動き回っていた。本人は「猫の手も借りたい」と言っていたが、実際彼女はクロマチという金眼の黒猫を飼っていた。書道教室も居酒屋もそれなりに繁盛しており、また黒猫は縁起物だという説もあるから、実際借りていたんじゃないかという人も多かった。

 赤ん坊の頃に居酒屋の前で出会ったクロマチは、そのきっちり十八年後、同じ場所で眠るように死んでいた。彼との別れの日を予言したのも祖母だった。

 祖母はマメなひとで、長年に渡って日記をつけていた。いかにも書道の師範らしい美しい楷書は、時々何日か後の未来のページにも書かれた。そして、それらの予言は尽く当たった。

 クロマチの旅立ち、居酒屋の常連さんの結婚……例を挙げたらきりがない。「推し活終了」と書かれた日付の当日には、祖母のご贔屓だった歌手が引退した。代わりに推し始めた男性歌手は、どこで見つけてきたのかほとんど無名と言ってもいい人物だった。だが、祖母は「このひとは今年中に売れるわよ」と断言した。はたして彼はその年、大ヒットしたコメディ映画の主題歌と劇中歌を手がけて一気にメジャーになった。

 祖母の最後の日記帳をめくると、誕生日のページに「健治さんとデート」と書かれている。健治というのは早くに亡くなった祖父の名前で、祖母は彼のことが大好きだった。天下一の料理人で、最高に男前だったという。無口でとっつきにくいひとだったが、祖母は「それでこそ」と自慢していた。「私だけのヒーローなんだもの。誰にでも優しいんじゃ困るわ」と。

 日記の予言どおり、祖母は八十八歳の誕生日の朝に亡くなった。早朝だというのに布団をきちんと畳み、お気に入りの江戸小紋を着てお化粧をし、自室の籐椅子に腰かけたまま事切れていた。死因は脳卒中とのことだったが、家族は皆「デートね」とささやき交わした。

 日記帳は今も大切に保管されている。

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祖母の日記 尾八原ジュージ @zi-yon

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