旅せよ命
いずも
とち餅
「これが預言書!? へー、面白そう」
カスミは指先ほどの大きさの精密機器を眺めて言った。
「面白そう、じゃないよ。カスミは何にでもすぐ首を突っ込むんだから……はぁ」
「ソラ、ため息をつくと幸せが逃げるよ。これじーちゃんの金言ね」
「そいつは困る。俺はカスミの幸せの青い鳥にならなくちゃいけないってのに」
「青い鳥? コウノトリは白じゃん」
「昔は青い鳥がいたんだよ」
弟に諭される姉のようだ。しかも弟の方が昔話に詳しいというちぐはぐさ。
「君たちはこんな与太話を本当に信じてくれるのかい」
「タカサゴさんが嘘つく人には見えないし。ってことは、タカサゴさんのご先祖様も嘘つかないんじゃないかな」
タカサゴと呼ばれた青年は照れくさそうに顔をかく。
「こいつは僕の曾祖父さん……あれ、曾々祖父さんになるのかな。どっちでもいいか。とにかく代々受け継がれている秘密の預言書だ」
「秘密なのに、私に喋っちゃっていいの?」
痛いところをつくね、とタカサゴは苦笑い。
「こいつのちゃちゃをいちいち聞いてたら話が進まない。俺が黙らせるから気にせず続けて」
「あ、ああ。秘密なんだけど――秘密にしすぎてしまった。これの中身、どうやって見たらいいのか誰にもわからなくなってしまったんだ」
「…………」
こころなしか少年がタカサゴを見る目が若干変わったような気がする。
「今『人間って馬鹿なの』って思ったでしょ」
「思ってない」
「うっそだぁ」
「人間って愚かだなって思った」
「おんなじだよー」
「それはUSBメモリーディスク。100年前なら一般的に普及していた記憶媒体だけど、今ではこいつを再生できるのは旧型のコンピュータくらいだろう。2050年の大水害を機に水に弱い電子記憶媒体は使用が禁止された。一部の物好きが旧式を隠し持っていたかもしれないが、表向きには回収されたはずだ。だから本来、こんなものがここにある時点でおかしいんだけどな」
ソラは淡々と説明する。彼を責めているつもりはないのだが、事実として述べている。
「ソラには解読できないの? 鼻の穴とかに挿してさー」
「俺は高機能AIを搭載しているだけで、ガワは生身の人間と同じだ。ハックもクラックも出来ない」
高機能AIを搭載し、カミ様に成形された摩訶不思議少年。それがソラの正体だ。
「ちぇー。ま、冗談だよ。出来たらいいなって思っただけ」
まじまじとUSBを見つめるカスミの手からそれを奪い取る。
「しかし挑戦もしないで出来ないと言うのもアレだな。物は試し、やってみよう」
ソラはUSBを鼻に押し当てる。
「い、いやいや待って! 左の鼻の穴だけ大っきくなっちゃう!」
「……冗談だ。出来たらいいなと思っただけだ」
心配するところって、そこ? と突っ込みたかったが話が進まなくなるので男性陣は二人とも押し黙っていた。
「こういう昔のもの――
「本当ですか!」
「だけど条件があって――」
三人は緑に覆われた建物の前に居た。これは工場跡地だ。
地表の緑化推進政策の一環で、工場を新設する際は敷地内の半分に緑を植えることが義務付けられた。植樹でも畑でも何でもいい。とにかく食料確保と空気の浄化を目指していた。
しかし敷地内の半分を緑で満たせというのは簡単ではない。そこで考えられたのが建物そのものを緑で覆うことだった。成長の早い瓜科の植物の蔓を伸ばしたり、苔で覆ったりとありとあらゆる手段が講じられた。
それが何を意味するのか。
つまり、ここは比較的新たに建設された工場なのだ。
稼働していないとはいえ、保存食の生産工場であれば何かしらの食料が残されている可能性も低くはない。
「何か仕事を依頼するなら対価として食料を寄越せ。それがあの人のこの世界での生き方なの。働かざる者食うべからずってね」
「その例えは合ってるのか……」
「ここは地域の名産品を製造していた工場のはずです。何かあればいいのですが」
タカサゴの案内でやってきた食品工場跡地に足を踏み入れる。
「暗いな。カスミ、足元に気をつけろ」
「目からビームとか出せたらいいのに」
「だから俺はロボットじゃない」
代わりに懐中電灯の灯りを頼りに奥へと進む。
「やった、すぐそこにレーションが山積みじゃん」
真空パックに入った食べ物が箱に詰められている。
その一つを手に取り中身を確かめる。
腐ってはいない。匂いもしない。舐めても味がしない。
思いっきり、ぱくり。
「かったぁーいっ! 何これ。実は固形燃料だったり?」
「これ……お餅です。とち餅。昔はこの辺りじゃ有名だったんですよ」
ライトで照らすと薄く茶色がかった長方形のとち餅が姿を表す。
「こんなのが名産品なの。この辺りの人は歯が超合金で出来てたとか?」
「これは熱したら柔らかくなるんです」
「カスミ、簡易バーナーがあっただろう。一旦外に出て試してみよう」
枯れた蔓の萎びた匂いと若葉の青臭い匂いの混じった廃工場を背に。
網の上でとち餅が焼けるのをじっと待つ三人。
「そろそろ焼けたかなー……アチッ! でも柔らかーい」
指先でツンツンと触れると弾力性があって押すのが楽しくなってくる。
「ちぎってみると面白いことになりますよ」
タカサゴの言葉に従って小さく分けようと両手で引き裂く――ビヨーンと餅は伸びてちぎれた後も指先にへばりつく。
「うわわっ、何これ何これっ。えっ、ちょっ、取れない。なんで? 磁石みたいに手から離れないんだけどー!」
初めて餅を見たカスミは興奮気味に、ややパニック気味に状況を楽しんでいる。
「いいことを教えてやろうか」
「……? 何、ソラ」
「その餅という食べ物はそのまま持っていると指と同化する」
「たーすーけーてー」
散々遊んだ後、とち餅なら食材として申し分ないだろうという結論になり、USBと一緒に配送することになった。
「何日かしたら結果が届くと思うから、そしたらまた来るね!」
嵐のように現れた少女は嵐のように去っていった。
そして再び嵐が訪れる日はそう遠くなかった。
「タカサゴさーん。解読できたってー」
「本当ですか!?」
「手紙が届いたよ。多分解読した中身が書かれてるんじゃないかな」
カスミがゆっくりと手紙を開く。
古びたフォント文字が続き、恐らくファイル形式だとかサイズなどの情報が印字されているのだろうが彼女は機械オンチだ。調子が悪ければ叩けば直ると本気で信じているタイプだ。こんな文字列に興味はない。
「ん……? ああ、いや。気のせいか。続けてくれ」
違和感を覚えたソラだったがその正体がわからない。
「んんっと、ここからが本文だね。どれどれ~……」
――この文章を読んでいるということは、50年後か、100年後か、これを解読する者が現れたということだ。ノストラダムスの予言というものを真似て、私もいくつか予言を残そうと思う。まずは来年、2015年の出来事から――
「ノストラダムス?」
「大昔に世界は滅びるって大予言を残したホラ吹きだ」
「なんで? 世界滅んだじゃん」
「そうだな。俺が悪かった。だから気にせず続きを読んでくれ」
――2015年。イエメンで内戦が起きる。それに世界各地でイスラム過激派によるテロが起きる。ギリシャで金融危機が起こる。それから――
それは歴史年表のようにその時代に起こった出来事を正確に記していた。
ソラの演算結果によると書かれている内容はおおよそ全て事実で、まさに預言書といっても過言ではない。
「凄い……これは本当に預言書だったんだ……!」
「何者なんだよこのご先祖」
「ええっと、続きは……あれ?」
2022年を最後にしばらく空白が続く。そのまま手紙は終わった。
「中途半端だな。おいカスミ、もう一通手紙が入ってるぞ」
「あれ、本当だ」
『システム情報見たらわかると思うんだけど。これ2014年に書いた風に装ってるけど最終更新日2022年ってなってる。つまり予言してる風に見せかけて実際に起った出来事を羅列してるだけ。なんつーか、日記だよね。中二病日記。2022年からは飽きたのか書いてある内容がメチャクチャで的外れもいいところ。ていうか多分、先に未来の出来事を適当に書いて、後から正しい歴史を書き直してさも予言したように見せてるのかもね。それが2022年で飽きた、と。もしくは卒業しちゃったのかも。だからそういう経緯も含めてやっぱりこれは中二病日記ね。やーいやーい、お前のご先祖中二病って罵ってやりなさい。以上』
「やーいやーい」
「やめろ」
「……ところで中二病って、何?」
タカサゴは複雑な表情を浮かべていたが、それでも中身を確かめられてよかったと感謝の言葉を述べた。たとえどんな内容であろうと、先祖からの言伝のようなもので、それを確かめられないままでいるよりはずっとマシだと。
「あれが本当に預言書だったらこの先の未来もわかったのかな」
「未来のことより今日を生き抜くことに全力を出すべきだ。こんな寄り道なんてしてないでだな」
「そーだ。私も日記を始めてみようかな。100年先まで自分の生きた証が残るって素敵じゃない?」
「そいつは素晴らしいと思うが……カスミの日記は三日しかもたないだろうな」
「むー。それは私が三日坊主だって言いたいの。そこまで飽きっぽくないよ」
ふくれっ面のカスミを無表情で見上げる。
「そうじゃなくて、内容が3パターンしかないだろ。美味しい。嬉しい。楽しい」
「そんなこと……ある、かぁ。ああ、だったらソラの観察日記にしたら」
「やめろ」
西暦2045年、順調に技術的特異点を引き起こしたAIの予測通り世界は二度の大水害に襲われた。
2050年には人々から地上を、そして2100年には文明を奪い去った。
それから15年、緩やかに衰退していく世界はそれでも緩やかに回り続ける。
旅せよ、
旅せよ命 いずも @tizumo
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