第25話 再び現る

 昼にはまだ時間があるというのに、裏通りの酒場にはけっこうな客が居た。

 食事のついでに酒を飲んでいるというよりは、はなっから酒目当ての者らが多いようだ。


 アマンダとロニエスは奥のテーブル席に陣取って、互いの情報を整理していた。

「・・・やっぱり、そのトリッチとトリッチャードは同一人物ね。そして恐らくファリーはトリッチャードに捕えられている」

 麻薬師トリッチャードは、すでにいくつもの罪状で魔法院から手配されているのだと、アマンダが説明する。

「魔法院が所持所有を禁じている高位魔族を使って、独自の魔法薬を作っているらしいのよ。顧客には各国の貴族や王族が沢山居て、お金と逃げ道には困らないって話よ」

「へえ」

 ロニエスは気の無い返事をする。

 そう言われたところで、やはり金持ち相手の変な薬売りだとしか思えない。


「・・・高位魔族って、レスネイルもヴァーサンクも入っているのよ」

「げっ!じゃあファリーは薬にされちまうのか!」

 やっと事の重大さに気付いたロニエスに、アマンダは深く深く溜息をつく。

「レスネイルの血液はそれだけで立派な魔法薬よ。その肉や骨も試してみたいと思うのが、魔薬士の本音でしょうね。倫理的にはかなり問題だけど・・・」

「に、肉や骨って・・・牛や豚を食うのと違うだろ!ファリーだぞ!」

「だから禁じられているのよ。そうでなけりゃ、血液を採るためだけに『レスネイル牧場』とか作る輩が出てくるじゃない」

「だからファリーは牛じゃ無ぇよ!」

 これは百人斬りの大悪党より、もっともっと悪い奴だ。

 ロニエスは理解した。

 早くファリーを助け出さなければ、妙ちきりんな薬にされてしまう。


「早く行こう!ファリーを助けるぞ!」

 ロニエスはたまらずに立ち上がった。

「何の手懸りも無いのにどうするって言うのよ」

 アマンダに言われなくても、そんな事は分かっている。

 だからと言ってじっとしているのは歯がゆくてたまらない。

 どうにもならない思いに、ロニエスはれていた。


 仕方なく乱暴に椅子に座り直す。

 ガタン!と大きな音が立って、テーブルで眠っていたググが飛び上がった。

 「クークー」と抗議の声を上げる。


「・・・全くお前はお気楽だよな。寝て食って、それだけしか能が無ぇんだからよ」

 その言いようが気に入らなかったのか、ググは飛び上がり、ロニエスの頭を嘴で突ついた。

「何すんだよ、トカゲ鳥!」

 いら立っていたロニエスは、飛んでいるググの尻尾を掴んだ。

 「グー!」と、甲高い泣き声が上がる。

「おいトカゲ鳥、悔しいならファリーを探して来てみろ。てめぇがいっぱしの魔獣だってんなら、証拠を見せてみやがれ」

 もがくググに、ロニエスが言い放った。

「ちょっとロニエス!ググに八つ当たりしないでよねっ!」

 アマンダがググを庇おうと手を伸ばすが、ググは尻尾を掴む手に鋭い爪を突き立てた。

「痛えっ!この野郎っ!」

 たまらずに手を放したロニエス。

 自由を得たググは、反撃とばかりにロニエスの顔めがけてキックをお見舞いする。

 ロニエスもムキになって捕まえようとするものだから、ググは店の中を飛び回って逃げる。


「もう!二人共、喧嘩はやめなさい!」

 アマンダの注意も聞かずに、店の中での追いかけっこが始まってしまった。

「きゃあああっ!」

 そうしているうちググの後ろ脚の爪が、ひとりの女性客の髪に引っかかった。

 頭の上で大きく結ってある髪に脚を取られて、ググが暴れる。

 女性は更に悲鳴を上げた。

「あーもう。言わないこっちゃないわ」

 あわててアマンダが駆け寄って、ググの爪を外した。

「あっ!ググ!」

 怖かったのか、叱られると思ったのか、ググはそのまま店の外へと飛んで行ってしまう。

 残されたのは、髪をグシャグシャにされてキーキーと喚き散らす女性客だ。

 アマンダの謝罪も聞き入れようとしない。


 仕方無ぇな・・・。

 責任を(少々)感じたロニエスは、営業用の笑顔を携えて、二人の間に割って入った。


「申し訳ありませんお嬢様」

「どうなさいました、お嬢さん」


 ・・・へ?

 声がダブッている気が・・・。


 ロニエスが横を向くと、見覚えのあるド金髪が居た。

「セルデュ!」

 だが、当のセルデュはロニエスを気にも留めず、髪クシャの女性客に微笑んでいる。

「艶やかな御髪が乱れていますね。これは悪戯いたずらなそよ風の仕業ですか?」

 言いながら、胸ポケットから櫛を取り出し、ササッと女性の髪を直してしまう。

「でも、私はこの悪戯に感謝したい。美しいあなたの髪に触れる事が叶ったのだから・・・」

 じっと女性の目を見つめながら、その手の甲に口付けをする。

 女性は怒っていた事などすっかり忘れて、突然現れた金髪美形にボーッと見入っていた。


「誰?ロニエスの知り合い?・・・髪結いなの?」

 アマンダに肘で突かれるが、ロニエスは不発だった営業用の顔を外して口を曲げた。

 ・・・何だこの敗北感は・・・。


 セルデュは女性客を席に戻し、新しい酒を一杯奢おごるという完璧な対応で、その場を収めてしまった。

 そしてその微笑を崩さずに、こちらへと来る。

 ロニエスは身構えた。


「あの・・・助かったわ、ありがとう」

 アマンダがお礼を言うと、セルデュは笑顔で頷いた。

「出すぎた真似を致しました。美しい人が困っているのを見過ごすなどできなかったのです」

 胸に手を当てて、貴族風の礼をしてみせる。

 ロニエスは「ケッ」と吐き捨てた。

「あなた、このロニエスの知り合いなの?」

 アマンダの問いに、セルデュは初めてロニエスを見る。

「・・・知りませんね」

 笑顔で、あっさりと言ってのけた。


 その笑った顔ごとロニエスは胸倉を掴み上げる。

「てめぇのおかげで、こっちは酷い目見たんだ。何ならここで思い出させてやろうか?」

 殺気か魔力か。

 ロニエスの背後に立ち上る何かを感じて

「よく見ればロニエスじゃないか。今日はあの可愛い魔道士は一緒じゃないので?」

 と、セルデュはコロッと認めた。

「ファリーは・・・居ない。今は留守だ」

 ファリーの事を聞かれて、ロニエスは顔を背けてセルデュを放した。


 上着の襟を直したセルデュは、早速アマンダに自己紹介を始めている。

 自分は南方の領主の息子だとうそぶいていた。

「セルデュ、あいつは・・・あの馬鹿でかい奴はどうした?」

 ロニエスはヴノの姿がどこにも無いのに気づいた。

「誰ですそれは?」

 眉ひとつ動かさずにセルデュが応える。


 ああクソ面倒臭えっ!

 ロニエスは銀貨を取り出し、指で高く弾き上げた。

「ああ、ヴノならば、あのサムガルヴァの執事に譲ってしまったよ」

 と、セルデュは早口で言い切って、落ちてきた金貨を掴んだ。

「何・・・だって?サムガルヴァの・・・って、トリッチか?」

 ロニエスの顔色が変わった。

 もしそれが本当なら、このセルデュがトリッチを見た最後の人物になるはずだ。

「それはいつだ!場所はどこだ!言えセルデュ!」

「残念ながら内密とするよう約束を交わしたのだよ。私の誇りにかけて語る訳にはいかない」

 セルデュはフッと憂いを帯びた表情を(アマンダに)見せる。


 あああああああクソ面倒臭えええええええええっ!

 ロニエスは心の中で絶叫した。


「お願い、教えてちょうだい。あたしたち、その男の行方を捜しているの」

 アマンダが拝むようにして頼んだ。

「美しいあなたの願いなら、このセルデュ、どんな事でも叶えてみせますよ」

 セルデュはすかさずアマンダの手を握って、彼女の瞳を見つめ返した。

 そしてペラペラとトリッチに会った場所を語り始めたのだ。


 この野郎、全部吐いた後で絶対ブチ殺してやる。

 怒りに震える拳を握り締め、ロニエスはセルデュが話し終えるのを、今か今かと待っていた。


To be continued.

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