第24話 ラクマカの魔法院
朝になって、ロニエスは行動を開始した。
すぐに動かなかったのは、トリッチが戻って来るかもしれないと思ったのと、ファリーとの以前からの約束があったからだ。
「はぐれたら、はぐれた場所で一晩待つ事」
互いに無闇に動いては、かえって再会できなくなってしまう。
待ち合わせ場所を決めずにはぐれてしまった時は、そうしようという約束だった。
昨夜、ロニエスは淡い期待を抱いて過ごしていた。
ファリーの事だ、もし誰かに連れ去られたとしても、逃げ出して来るかもしれない。
「ごめんごめん、つい手間取っちゃってさー」と、クセのある短い髪を掻きながら、元気な姿を見せるかもしれない。
・・・そう思っていた。
だが、双子月が西に沈み太陽と交代しても、ファリーもトリッチも馬車も荷も、何ひとつ帰っては来なかった。
「こりゃあ、本気でヤバイ」
ロニエスはファリーの杖を腰に挿して、町へと向かった。
往来はすでに人も多く、今日の営みが始まっていた。
ロニエスはとりあえずこの町の魔法院を目指す事にする。
ファリーが消えた原因として一番怪しい場所だからだ。
道をたずねながら行くと、長い坂道の頂上に荘厳な建物が見えた。
ラクマカの魔法院である。
さて・・・。
坂道を上がりながらロニエスは考える。
やぶから棒に「ファリー返せ!」と怒鳴る訳には行かない。
けれど、黙っていてはファリーが捕らわれているかは分からない。
かと言って素直に事情を話してしまったら、都合が悪い。
ロニエスは頭を抱える。
普段「考える」という仕事はファリーの役割だ。
自分は肉体労働専門で、ファリーの考えに従って動いていれば間違い無かった。
でも今は、ファリーのために自分が考えなければならない。
思案の末にたどり着いたのは、いつもの営業の手だ。
ファリーに仕込まれた営業用の仕草を通せば、何とかなるかもしれない。
両手で頬をパンと叩くと、敵陣に乗り込む覚悟で、魔法院の門をくぐった。
「お嬢様、失礼ながら少々おたずねしたいのですが・・・」
柔らかな物腰に涼しげな微笑。
いつも以上に気合を入れて、ロニエスは青いローブの横顔に声を掛ける。
・・・が、
「私はお嬢様ではありませんが、何かお困りでしたらお手伝い致しましょう」
と、それはそれは清楚で慈愛に満ち溢れた微笑を返されてしまった。
マズった。
こいつら性別が無いんだっけ。
いつもならここで、真っ赤になってボーッとしている娘に話を畳み掛けるのだが、
「あ、えっと・・・」
ロニエスは本気で困ってしまった。
だがこの魔道士にお手伝いを頼めるはずもない。
助けを求めるようにキョロキョロと目を動かすと、青と白の縦縞ローブを着た姿が見えた。
あっ・・・と、ロニエスは思い出す。
昨日来た、ファリーの同級生とやらを。
あわててその縦縞ローブの後を追った。
何て言ったかな・・・ジン・・・ジェ・・・
「ジェルジン!」
だが、呼ばれて振り返った顔は、全くの別人だった。
「あ、悪りぃ。違った」
見れば、他にも縦縞ローブを着ている姿が歩いている。
・・・何だ、制服だったのかよ、とロニエスは頭を掻いた。
「あの、ジェルジンを知っているんですか?」
あ?と、下を向くと、人違いした縦縞ローブがロニエスを見上げていた。
そばかすが目立つ顔をして、ファリーと同じ位の歳だろう。
こいつも同級生とやらかもしれない。
「ああそうだ。ジェルジンを探している」
ロニエスが応えると、そばかす顔を険しくして
「やっぱり・・・」
と、言った。
やっぱり・・・ってどういう事だ?
「僕らも心配しているんです。一晩帰らないなんて。あの模範生のジェルジンがどうしたんだろう?何か悪い事に巻き込まれていなければ良いんですが・・・」
帰って無いだって?ロニエスは目を見開く。
ジェルジンが帰っていないという事は、魔法院はファリーについて報告を受けていないという事だ。
ならばファリーは、ここには居ない。
「・・・チッ、不発か」
だったら長居は無用だ。ロニエスはとっとと門の外へと向かう。
「あれ何だ?」
入った時には気付かなかったが、門の近くに人だかりができている。
魔法院の門の内側であるのに、集っているのは青いローブの魔道士ではなく、一般人のようだ。
いや、一般人というよりは、剣士風だったり魔法院外の魔道士だったりもする。
ロニエスは同業者の匂いを感じて、その集まりに近づいて行った。
どうやら立て札を見ているらしい。
「やっぱり南方で上がったっていうアレか?」
「いやでもなぁ、アレを持ち運べるのか?」
ヒソヒソとした会話があちこちで交わされている。
ロニエスも立て札に目をやった。
「魔薬士トリッチャード。高等魔族所有の疑いにより手配中。身体的特徴・・・」
どうやら魔法院の指名手配のようだ。
と、いう事はここに居るのは賞金稼ぎの面々か。
ロニエスは最後に書かれていた報奨金の額を見て、思わず声を上げた。
「うひゃあ、高ぇなあ。何コイツ、100人くらい殺してるのか?」
一般の手配書であったなら、町の噂になるほどの金額だ。
すると、どこからともなく返事があった。
「あんた新人?魔薬士トリッチャードっていえば、闇で名を売る大立て者よ。これで何度目の手配になるか。金額が破格なのも、最もな事よ」
女の声だった。
周囲ではそれに賛同する声も上がる。
「一度も捕まって無いのか?ただの魔薬士だろ?何、手こずってんだか」
ロニエスにしてみれば、名前も姿も詳細に判明しているのに、名うての剣士でも魔道士でも無い者を捕まえられないとう事が、不思議であった。
またさっきの女がそれに応える。だが今度は溜息混じりだ。
「あんた実はド素人でしょ?ただの魔薬士じゃないから、手こずってんのよ。分かる?」
周りで「そうだそうだ」と笑う声がする。
畑違いとはいえ、用心棒を
「立派な魔薬士ったって、ただのヒト族だろって言ってんだよ」
「あんたド素人じゃなくて、ただのバカなんじゃないの?」
「何だと!」
たまらずロニエスは声の方へ顔を向けた。
「何よっ!」
女の方も振り向いて、双方の顔が合った。
「アマ・・・!」
「ロニ・・・!」
互いが互いの名前を飲み込んで、しばし言葉無く見つめあった後、ふたり同時に門の外へと駆け出した。
横並びで走ったまま、外壁をぐるっと廻って、裏手へと走りこむ。
袋小路に行き当たって、ふたりの足はようやく止まった。
「ど、どうして、あ、あんたが、ここに居るのよ、ロニエス」
「お、お前もだ、ア、アマンダ」
ロニエスとアマンダはそれぞれ壁にもたれながら、全力疾走して荒れた呼吸を抑えている。
ぜいぜいとした息も落ち着いた頃、額の汗を拭いながらロニエスが口を開いた。
「ってか、お前こそド素人じゃねえのかよ!刻印士だろ、本業はよ!」
「あんたこそ、まずソコ言うの?だからあんたはバカなのよ!」
手でパタパタと風を扇ぎながら、アマンダが言い返す。
「・・・で、あんたどうして魔法院なんかに居たのよ?」
そこまで言って、アマンダは大事なものが欠けているのに気付いた。
「ファリーは?ロニエス、ファリーはどうしたのよ!・・・まさか」
「そのまさかと思って来てみたが、捕まっちゃいねぇようだ。・・・けど、どこへ行っちまったんだか・・・」
魔法院にファリーが捕らわれて無かったのは幸いだったが、これで手懸りが無くなってしまったのだ。
ロニエスは溜息をひとつついた。
「何、ファリーとはぐれたの?あんた面倒ばかりかけるから、逃げちゃったんじゃないの?」
う・・・。
そんな事はない、と、大声で言えない自分が悔しいが・・・
「ファリーだけじゃ無ぇ、俺たちの仕事の依頼主も、護衛していた荷も、丸ごと全部消えちまったんだよ!」
と、ロニエスは主張する。が、
「あらぁ、じゃあ尚の事、あんたが邪魔になったんじゃないの?」
と、アマンダに切り返される。
うう・・・。そ、そんな事は無い・・・はずだ。
ロニエスは、腰に挿していたファリーの杖を取り出した。
・・・もし、そうだったとしたら、杖を置いて行くはずが無い。
いや、黙っては行かないと思う。そう、思う。
ロニエスは、感触を確かめるように、杖をギュッと握った。
「・・・年齢40歳、痩せ型。灰色の瞳、灰色の髪・・・んー、こんな男、そこいらに沢山居るじゃないの。もっとこう、決め手は無いのかしらねぇ・・・」
傍らのアマンダは、手帳を開いてブツブツと文句を言っている。
それを聞くうち、ロニエスの頭の中には、ある人物がはっきりと浮かび上がった。
「何だそれ、トリッチみたいだな」
あ、口髭が付いていれば、だな。と、ロニエスは心の中で付け加えた。
だが、
「何て言ったの、あんた。この男、知ってるの?」
アマンダは真剣な顔を返してくる。
「その男ってどの男だよ?俺は依頼主のトリッチに似てるって思っただけだ」
「ここに書いてある容姿は、さっきの指名手配の魔薬士、トリッチャードのものよ」
「トリッチはサムガルヴァ大公の執事だ。俺とファリーはトリッチに依頼されて、大公の孫娘の遺体が入った棺を運んでいたんだ」
「トリッチャードは魔法院が禁じている高等魔族、おそらく人魚を所有している疑いで手配されているわ」
「ファリーもトリッチも棺も一緒に消えちまった。残っていたのは、ファリーの杖だけだ」
「それって・・・」
「・・・ああ」
ロニエスとアマンダは互いに顔を見合わせた。
確信は無い。
けれど、これはきっと・・・。
晴れた空に向かって、アマンダがピュイッと指笛を鳴らした。
「場所を変えましょう。もっと詳しい話を聞かせてちょうだい、ロニエス」
羽ばたきの音がして、小振りなガーゴイルがアマンダの肩に下り立った。
To be continued.
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