第20話 小鳥たち

「ごめんジェルジン、帰ってくれ。ぼくは仕事の途中なんだ。・・・聞いてくれないと、実力行使って事になるよ」

 ファリーはジェルジンに杖を向けた。


「は!」

 ジェルジンは大げさに肩をすくめて見せた。

「お前が仕事だと?実力行使だと?随分と偉くなったじゃないか、オルファリ。学校で最低の劣等生だったお前が、この私に杖を向けるだって?やってみるがいいさ!」

 声高に言い放つジェルジンに動じず、ファリーは向けた杖を下ろさない。

「ジェルジン、杖を構えろ。丸腰の者には仕掛けられない」

 ファリーから湧き上がる魔力を感じて、ジェルジンは口を閉じると、杖を構えた。


「・・・大気よ力を示せ、立ち向かうものを吹き飛ばせ・・・キウソーフ!」

 ファリーの杖の周りに空気の渦が立ち、塊となってジェルジンに放たれた。

「疾風魔法か!」

 想定したよりも大きな魔力に、ジェルジンはすぐに防御の結界を張った。

 ドン!と、凝縮された強風がジェルジンの杖に当たる。

 そこから分かれて、背後の庭木の枝が千切れ飛んだ。


 ファリーはふぅと息をついて、杖を下ろした。

「さすがだね、ジェルジン。結界の起動が早いや。あの風を受けて、後退あとずさりもしない」

 あっさりと負けを認めるファリーだが、ジェルジンは構えた杖が下ろせない。


 縦縞のローブの裾が切り裂かれていた。

 結界の成立が間に合わなかったか、それとも侵食されたか。

 どちらにせよ、それはファリーの魔法の威力を物語っている。

「でもごめん。ぼくは帰らないよ」

 言い切るファリーの顔はすっきりとしていて、ジェルジンはゆっくりと杖を下ろした。


「・・・どこで修行した?市井しせいでどれほどの師に付いたのだ、オルファリ。学校に居た頃とは見違えるほどの上達ではないか・・・」

 呆然とするジェルジンに、ファリーは「あはは」と笑った。

「師かぁ・・・。そうだね、この世の全てが先生だったよ」

「ふっ、ふざけるな!・・・そうか、教えたくないのだな。その師を横取りされるのが嫌なのだろう?そうだな?」

 卑屈に笑って、ジェルジンはファリーを指差した。

 ファリーは静かに、そんな同級生をじっと見つめた。


「大切なのは気付くことだ、ジェルジン。なぜ、それをしなければならないのか。どうしてそれが必要なのか。・・・ぼくは籠の外で生きる為に魔法が絶対必要だった。だから必死に覚えて磨いた。ただそれだけのことだ」

 ジェルジンはグッと喉を鳴らす。

 何かを言い返そうと口を開くが、言葉にならなかった。


「・・・まあいい。今日のところは帰ってやる。だが、報告はさせてもらうぞ、オルファリ」

 裂けたローブを翻して、ジェルジンはきびすを返した。

 だが、ふと、馬車の荷に目を留める。

「あの荷は何だ?オルファリ」

「あれはぼくらの依頼主の荷物だ」

「中味は何かと聞いている」

「君に教える必要は無いと思うけど」

 ファリーの返事に、ジェルジンは口を曲げると、

「フン。荷物運びなど、お前に似合いの仕事だな」

 嫌味を放って背中を向けた。

「何で中味が気になるのさ、ジェルジン!」

「お前に教える必要は無いと思うがね」

 ジェルジンは振り向きもせず、言い捨てて去って行った。


「いやあ、ちっとも変わってないよねぇ。相変わらず憎らしくて嬉しくなっちゃうよ」

 ファリーはポリポリと頭を掻く。

「あいつお前をオルファリって呼んでいたな」

 気が付くと、ロニエスが隣に立っていた。

「ああ、あれは鳥籠でのぼくの名前。・・・でも、ぼくはファリーだ。これは親が付けてくれた」

 ロニエスは訳が分からないという顔を返してくる。

 そういえば詳しい話をしていなかったなあ、とファリーは思い出す。


「レスネイル族の子はね、産まれてすぐに親から離されて、高等魔法院・・・あー、つまり各地にある魔法院の総本家みたいな所だけど、そこで育てられるんだ。最初から高等魔法院で産まれる子も多いけどね、ぼくみたいに市井で産まれた子は、その時に改めて名前を付け直される。」

「お前はどうして、自分の名を知っているんだ?」

 ファリーは薄赤くなっている西の空を見た。

 はるか遠くに山が黒く連なっている。


「ぼくがヒト族の両親から産まれたって話はしたよね。ぼくは7歳まで親元で育ったから自分の名前を覚えていた。かなり珍しかったようで、それをネタに随分といじめられたよ」

 軽く笑って、ファリーは目を閉じた。

「7歳まで魔法を見た事が無かったぼくだ。生まれた時から習っている子たちに混じっても、ろくな事はできない。ジェルジンが言っていた通り、学校一の劣等性だったからね、色々と意地悪されたよ。・・・でも、今ならいじめたい気持ちが少し分かる。ぼくは、皆が欲しくても決して手に入らないものを持っていた。両親の記憶、本当の名前、故郷の思い出・・・。そりゃあねたましいよね、憎らしいよね、何もできないクセに!って思うよね、子供だし」

「・・・それで逃げ出して来たのか?」

「まあそれも一因だけどね。・・・とにかく外に出たかったのさ。思いっきり身体を伸ばしてみたかったんだ。鳥籠に中では、ずっと膝を抱えて小さくなってた。嫌な事や辛い事が、頭の上を通り過ぎて行くのを、そうやって堪えていたんだ」


 ぽん、とファリーの頭に大きな手が乗った。

「だからこんなに小っちゃいのか、ファリーは」

 ぽんぽんと、何度もロニエスの大きな手が叩く。

「ち、小っちゃかないやい!ロニの歳になったら、ロニより大きくなってるもん!」

「ほほう、それは楽しみだな」

 大きな手の平が、頭をくしゃくしゃと撫でる。

 ニヤニヤと笑うロニエスに、ファリーは髪を撫でつけながら「もー」と口を尖らせた。


「じゃ、ファリーが早く大きくなるように夕飯を調達して来よう」

 そう言って、ロニエスは馬車の荷台から買い物用の籠を取り出した。

「一応これ持って行って。さっき布を買った店で値段を見たけど、この町、物価が高い」

 ファリーは懐から巾着袋を取り出す。

「いいのか、全財産だろ?」

「いいよ、トリッチさんから貰うから」

 食事代はトリッチが支払う事になっている。

 ・・・その名を出して、ファリーは思い出す。

 ロニエスと今後の事を打ち合わせておかなければ。

 逃げ出すにしても、頃合いというものがある。


「どうした?」

 袋を大事そうにしまいながら、ロニエスが聞いた。

「ううん、夜にでも話す。ちょっと相談」

 夜中、トリッチが眠った後で話そう。今からでは戻って来てしまうかもしれない。

「分かった。それじゃあ、行ってくる」

 ロニエスは頷いてから片手を上げた。

「いってらっしゃい。待ってるから早く帰って来てね」

 手を振るファリーに笑顔を返すと、ロニエスは通りの方へと消えて行った。


 きっと今日も籠満載で帰ってくるのだろう。

 ・・・できればお菓子とかあると嬉しいよね。

 などと思いながら馬車の方を振り返る。


 二枚目の布が半端に掛かっていた。

 ああ、そうだ作業中にジェルジンが来たんだっけ。

 中途半端にしておくと、トリッチの小言を食らいそうだ。

 仕方なく、ファリーは続きに取り掛かる。

 今日の分の氷結魔法は済んでいるから、この布を掛けてしまえば棺の用事は終りとなる。


 そういえば、ジェルジンは荷物の中味を気にしていたなあ。

 昔から細かいんだよね、模範生で級長なんかやってて。

 いつもぼくのする事にケチ付けるんだよね。

 ファリーは学校での事を思い出していた。


To be continued.

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