第3章 惑いの用心棒

第19話 宿場町ラクマカ

 ラクマカは南北の街道が交差する交通の要衝ようしょうであり、古くからの大きな宿場町で、宿の他に郵便や両替などの施設が揃っていた。


「間違いございません。これは大公殿下が出された正式な触書ふれがき

 町役場の掲示板に掲げられた、金縁取きんふちどりのある羊皮紙ようひしを見上げて、トリッチは愕然がくぜんとする。

「ここに貼ってあるって事は、大公家の遣いがここまで来たって事だよね」

 触書をじっと見たままファリーが言った。


 おおまかセルデュが白状した通りの内容が、小難しい言葉と小難しい文字で書き綴られている。

 金縁取りのてっぺんに記された紋章が、棺に付いているのと同じなのをファリーは見逃さなかった。


「大公様はトリッチさんに棺を持って来るよう命じたのに、何でこんなお触れを出すのさ。おかしくない?」

「まことにもって。わ、私が強盗に襲われて死んだとお思いなのでしょうか?」

 大公の執事はおろおろと応える。

「事情は伝えてあるんでしょう?新しい護衛が迎えに来るんじゃ無かったの?」

 苛立いらだちを隠さずに、ファリーはトリッチに食ってかかる。

「わ、私はそ、そのように要請したのですが・・・。いったい何がどうして・・・手紙が未着なのでしょうか?そ、それとも、よもや本国で政変でも起きたのでは!」

 トリッチはガクガクと震えて、顔を青ざめさせていた。


「・・・けどよぉ、ファリー。これが本当ってなら、このままこの棺を持って行けば、俺たちが財産をもらえるって話なんだろ?」

 難しい文章を読むのを最初から放棄して、ロニエスは馬車も降りずに居る。

「そうなんだけどね」

 ファリーは横目でトリッチを見た。

 トリッチは流れる汗をハンカチで拭っている。

 ・・・冷や汗なんて演技で出せるのかな・・・。


 トリッチを見るファリーの目は懐疑的だ。

 あのセルデュたちとの一戦以来、どうにもこの執事は信用できない。

 そう思っても、それを問いただす勇気が無い自分に、ファリーはいらだっている。

 用心棒が依頼主を信用できないなんて致命的な大問題だ。

 ・・・そろそろ潮時なのかもしれない。そう思った。


「ここでうろたえていても仕方ございません。とにかくこの触書が貼られた経緯をうかがって参ります。そして、早々にサムガルヴァと連絡を取る方法を考えます」

 トリッチはハンカチを握り締めて、悲壮感漂う声でそう言った。

「わかりました。ではすぐに、今夜の落ち着き先を決めましょう。そこでぼくとロニはトリッチさんを待っていますから」

 ファリーの言葉にトリッチは同意して、いそいそと荷台に上った。ファリーもロニエスの隣へと乗り込む。

 馬車はゆっくりと町の大通りを走り出した。


 古くからの宿場町とあって、道行く人も車も多い。

 品物の流通もさかんなようで、ファリーたちが乗っているような荷馬車とも、何度となく行き違う。

 荷が目立たないのは何よりだが、ファリーは車よりも道の両端を歩く人々が気になる。

 町の人間たちに混じって、青いローブ姿がちらりほらりと目に付くのだ。

 魔法院の魔道士たちである。


 古い町ほど、置かれている魔法院は大きい。

 ネハーコのような最近発展した町とは違って、設置されてからの年数も長いから住民も馴染み深い。

 しかも青ローブの傍らに、青と白の縦縞模様たてじまもようのローブを着た、歳若い魔道士の姿も時々見かける。

 それがファリーには気になって仕方が無い。

 本当にあれって悪目立ちするんだなぁ。

 ファリーはロニエスの影に隠れるように座って、なるべくよそ見をしないようにする。

 ・・・トリッチが自分を見ている・・・気がした。


 いつもの通り、宿屋の車置き場に馬車を止める。

 あの触書があるので、なるべく人通りの少ない町外れの宿を選んだ。

 車置き場と言われているが、手入れの行き届いていない庭のようである。

 伸ばし放題の庭木の先は、鬱蒼うっそうとした雑木林で、身を隠すのには都合が良い。


 用心のためにと、トリッチは道すがら、荷台に掛ける布をもう一枚買っていた。

 役所に戻るトリッチを見送って、ファリーとロニエスは新しい布を荷台に掛ける。

 陽はそろそろ傾き始めていて、夕飯はどうしようかなどと話をしていた。


「オルファリ!」

「はっ、はいっ!」

 反射的に返事をしてしまってから、ファリーはしまった、と思った。

「オルファリ!やっぱりオルファリではないか!」

 背後から聞こえる覚えのある声に、ファリーは恐る恐る振り返る。


 すぐに青と白の大きな縦縞のローブが目に入った。

 くすんだ青い髪を耳の下で刈り上げて、青紫の神経質そうな目をした少年が立っていた。

「ひ、久し振り、2年ぶりかな。ジェルジン、どうしてここに?」

「お前こそ、だ。どうも似た顔が荷馬車に乗っていると思って、後を付けたのだ」

「へぇ、よくぼくだって分かったねえ」

「お前のその、あちこち跳ねた黒い髪を忘れるものか。・・・さ、行くぞオルファリ」

 ジェルジンと呼ばれた少年は、ファリーの腕を掴む。

「えっ、どこへ?」

「決まっている、学校へ戻るのだ」

 ファリーは掴まれた腕に力を込めた。

「こ、ここから高等魔法院は遠いじゃないか。すぐには帰れないよ」

「心配するな。ここの魔法院に実地研修で生徒が来ている。私もその一員だ。お前もそこに混じって、研修期間が終わった時に一緒に戻ればいい」

 それで制服である縦縞ローブの姿を町で見た訳だ・・・と、ファリーは納得する。


「さ、行こうオルファリ。先生方もそれは心配していらっしゃったのだぞ」

「いやだ、ぼくは帰らない」

 ファリーは思いっきりジェルジンの手を振り払った。

 ジェルジンは目を吊り上げる。

「何を言うオルファリ!これ以上世俗に染まってはいけない」

 ジェルジンは再びファリーの腕を掴もうとする。

 その手が横から別の手に遮られた。


「ロニ!」

 ロニエスが仏頂面ぶっちょうづらで、ジェルジンの手首を握っていた。

「は、離せっ!わ、私は高等魔法院より派遣された魔道士であるぞ!」

 自分よりもかなり上背のある剣士に、ジェルジンは威勢を張るが、そんなものがロニエスに通用するはずも無く、

「い、痛たたたたっ!何をするかっ!」

 彼の細い手首を、簡単に捻りあげる。

「それはこっちの言い分だな。俺の相棒をどうする気だよ」

「相棒だって?」

 ジェルジンは驚いた顔をして、ファリーとロニエスを交互に見た。


「オルファリ・・・お、お前まさか、この男と・・・」

 目を見開いたまま、ファリーを見つめるジェルジン。

 何を見られているのか分かっているファリーは、その視線を受け止めて逃げない。

「・・・い、いや。魔力は失われていないようだな」

 ジェルジンはホッとしたような声を出す。

 それがファリーには意外だった。


「ロニ、離してあげて。・・・この子はジェルジン。高等魔道養成学校の同級生だ」

「高等魔道・・・お前が逃げてきた『鳥籠』の事か?」

 ロニエスの手が緩んだ隙をついて、ジェルジンは腕を引いた。

 そして声を張り上げる。

「その蔑称べっしょうを口にするな!我ら選ばれし高等魔族であるレスネイルが、ジェミニードの安寧あんねいのために魔道の研鑽けんさんを積む、高等魔道教育の庭であるぞ!口を慎め!」

「高等、高等って随分と安売りするじゃねぇか」

 ロニエスはつまらなそうに耳を掻いた。

 ジェルジンの顔が怒りで赤く染まる。


「ジェルジン、悪いけどぼくは戻らないよ。先生たちにそう伝えて欲しい」

「・・・よくもそんな事が言えるな、オルファリ。そこまで育てて頂いた恩を忘れたか?」

 ファリーは目を伏せる。

 全く、痛いところを突いてくる。

 けれど・・・

「ごめんジェルジン、帰ってくれ。ぼくは仕事の途中なんだ。・・・聞いてくれないと、実力行使って事になるよ」

 ファリーはジェルジンに杖を向けた。


To be continued.

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