第16話 ロニエス対ヴノ(2)

 呼吸を求めてあえぐロニエスから、魔力が流れ出し始めた。

「・・・まずい」

 ファリーは濃くなる魔力の気配に、唇を噛んだ。

 このままでは、ロニエスの首がへし折れるかヴァーサンクに覚醒するかの、最悪の二択しか無い。


 どっちも御免だね。

 そう思っても、杖を取り返しているうちに、選択肢は勝手に決定されてしまうだろう。

 だが、杖が無ければ魔法の効果は半分になってしまう。封魔はできない。

 だったら・・・。


 ファリーは身体をかがめると、自分の足に手を添えた。

「地に縛る鎖を今解き放て・・・ダットイエ!」

 一度力を貯めて思い切りジャンプする。

 飛び出したファリーの身体は空へと舞い上がった。


「あれっ、結構上がるな」

 杖無しで魔法をかけるのは随分と久し振りだ。

 跳躍の魔法は思ったよりも威力があって、ファリーの身体を高く押し上げる。

 そして、はるか下にロニエスとヴノを見下ろした。


 ロニエスの魔力がどんどん上がっているのが分かる。

 それで何とか首の骨を守っているのだろう。

 だがそれは、覚醒を誘発させる両刃の剣だ。

 急がなければ。

 頭の中で素早く作戦を組み立てていると、放物線の頂点を描いた身体が、その軌跡の通りに落下を始めた。


「うわわっ!半分になるのは高さじゃなくて時間だったの?」

 そういうのは取扱説明トリセツが欲しいなぁ。

 などと苦情を申し立てているうちに、ファリーの身体はどんどん落下して行く。

 このままでは、無駄にケガ人が一人増えるだけだ。


「わわわっ、どーする、どーしよ、どーなるの!」

 切羽詰せっぱつまったファリーの口から、最近とみに使い慣れている呪文が零れた。

「冬の冷気よ、我に集いて…」

 氷結魔法だなんてどーすんのさ。と、自分を突っ込んでみる。

 いや、でも・・・。

 空中でくるりと体勢を入れ替えて、ファリーは頭から真っ逆さまに落ちて行く。

 ヴノの巨体に向かって。


「コウトレイ!」

 魔力のこもった手が、ヴノの左肩に触れた。

 途端、パキパキと音を立ててヴノの肩が凍る。

「ガアアアッ!」

 驚いたヴノが左手を振り回す。

 その勢いにファリーも飛ばされて、草地に叩き落される。


「ガオウウウッ!」

 凍りついた左肩をどうにかしようと、ヴノはロニエスを締めていた手を離して、左肩を引っ掻き始めた。

 投げ出されたロニエスは地面に転がるが、すぐに体勢を立て直して剣を抜いた。

「うおおおっ!」

 気合一発、無防備となったヴノの鳩尾みぞおちに渾身の一撃を叩き込む。


「ガッ・・・!」

 ヴァーサンクとはいえ、人体と急所は変わらない。

 ヴノは白目をむき出して、大木が切り倒されるように地に落ちた。


 だが倒れたヴノからは、一滴の血も流れていない。

 ロニエスが繰り出したのは剣の切っ先ではなく、剣の柄尻つかじりによる突きであった。


「は・・・やった」

 何とか身体を起こしたファリーは、気絶している巨体を見て、安堵の息をつく。

 草地とはいえ、叩きつけられた全身はあちこちが痛かったが、歯を食いしばって立ち上がる。


「ロニ!」

 ロニエスは両膝を付いて、身体全体で呼吸をしていた。

 その背中から蒸気のように魔力が立ち上っている。

 ファリーは一目散いちもくさんに駆け寄った。

 走ると骨の髄までキシキシと痛んだが、そんなの構っている場合じゃない。

 杖が無くても、ありったけの魔力で「鎮めの魔法」を唱える。

 だが、ロニエスはファリーのローブを掴んで、首を振った。

 魔法が途切れる。


「でも、ロニ・・・」

 ロニエスは再度、首を振る。

 内で猛るものを閉じ込めようと、苦しげな息を吐きながら、

「大丈夫・・・だから」

 そう笑いかける。

 だからファリーは、忙しなく上下するロニエスの背中をさする事しかできない。

 それでも、段々とロニエスから漏れていた魔力が収縮して行く。

「な、大丈夫だろ?」

 顔中に汗を滴らせながら、それでもニヤッと親指を立てるロニエスに、ファリーも笑顔を返した。

 とりあえずの危機は脱したようだ。

 あとは・・・

 ファリーはセルデュを振り返った。


「杖を返して下さい。あの人を元に戻します」

 セルデュは黙ったまま、ファリーの杖を投げて寄こした。

「ファリー、いいんだ。魔法は必要無い。・・・そうだろ、セルデュ」

 ・・・え?

 杖を受け取ったファリーは、訳が分からずにロニエスとセルデュを交互に見る。

「仕方ありませんね。期待にはお応えしないと・・・」

 ふっ・・・と憂いのある微笑を作って、セルデュはさっきの鞭を持ち直す。

 柄尻つかじりを倒れているヴノの方に向けて、簡単な紋様を空に描いた。


「えっ!まさか・・・」

 ファリーは息を呑んだ。

 微かにも無かったセルデュの魔力が一気に上昇して、手にしている鞭に流れ込むのがはっきりと見える。

 いや、違う。

 鞭自体が魔法器であり、セルデュの魔力を身体から吸い上げているのだ。

「邪悪なるものよ、神の光に追われ地の底へ戻れ・・・ラ・クフル・マウジカノチア!」

 風を切ってうなる鞭が、ヴノの身体を叩く。

 瞬間、神聖護符が黒く刻まれ、眩しい光に巨体が包まれて行く。


「こ、刻印士こくいんしなの?あの人!」

 開いた口が塞がらないとは、こういう状態だとファリーは実感した。

 刻印士が使う神聖護符は、基本的な印章に各々が工夫を加えている。

 なので、同じ封魔であっても、刻印士が違えば刻む護符の形も異なる。

 複数の印章を巧く組み合わせれば、それ自体が強力な魔力を持つ護符となるのだが、形が緻密で複雑になってしまうという難点があり、そこが刻印士の腕の差でもあった。


「つまり呪文だけで魔法を成立させられるほど魔力は無いけれど、簡単な護符だけで封魔ができるくらいの魔力を持っているって事?しかもあの魔法器に頼らなければ自分では魔力も上げられないって・・・呆れるほどに中途半端じゃないか」

「難しい護符を作ってそれを暗記するなんて、あのバカにはでき無ぇし、魔道士の修行に耐えるほどの忍耐力も無ぇ。・・・で、アレがその結果だ」

 ファリーの心中を察したように、ロニエスが補足した。

「うわぁ、ずいぶん後ろ向きな努力」


 そうこうしている間に、ヴノの魔力は封じられて身体も元に戻っている。

 ・・・なるほど、この人はこうやってヴァーサンクを相棒にしているのだ。

 キチンと封じる事ができれば、こんなに強い味方は無いだろう。

 でも・・・


「セルデュ、さん」

 ファリーはまっすぐにセルデュを見た。

「良く分かりました。あなたは腕の良い刻印士のようです」

「そうでしょうとも」

 セルデュは金髪をかき上げて微笑んだ。

「でも、もうあの人と組むのは止めて下さい。あの人に刻まれている印、数も多いけど種類もある。それは複数の刻印士が封じて来たという事です。つまり順々に魔力の高い護符を刻まれて来た訳だ。今、あれだけの刻印の一番上に立っているのがセルデュさん、あなたです。なるほど、確かに腕が良い。・・・けれどいつか、それもさほど遠く無いいつか、あの人の魔力はあなたを越えてしまう。暴走してしまったら、誰にも止められなくなるでしょう」

 言い切って、ファリーはセルデュに背を向けた。

 手綱を持っていたトリッチがこっちを見ているのが分かったが、ファリーはそれ以上何も言わずに、手の甲の傷を舌で舐めた。


To be continued.

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