第14話 その名はセルデュ

「最近見かけないから、魔法院に捕えられて去勢されてしまったと思っていたよ。・・・ふうん、その様子だとそういう訳でも無さそうだね。ロニエス」

 遠慮の無い視線、遠慮の無い言葉。

 ロニエスの知り人のようだが、一体この男は何者なのだろうか。

 ・・・でも・・・


「ロニ以外で、こんな美形顔の男の人って初めて見た」

 ファリーは思わずそんなつぶやきを漏らす。

 そう、この男もかなり整った顔立ちをしていた。

 日に輝く金髪を風に揺らして、切れ長の目は透き通る緑色。

 背丈はロニエスとそう違わないだろうが、この男の方が線が細い。

 その上、着ているものが割りと上等で洒落しゃれている。

 豪奢な錦糸きんしの刺繍を施された上着に、膝下までの光沢のある革長靴を合わせているのは、都の貴族風だ。

 ・・・砂埃すなぼこり舞う草原の街道にはかなり不釣合いではあるが・・・。


 金髪男は、ロニエスの隣に座るファリーに目を留める。

 一瞬、目を見開くが、すぐに柔らかな微笑を作った。

「ロニエス、君も女性をパートナーにするようになったとは・・・紹介してくれないかな」

 微かに引き上げた口元から白い歯がキラリと光った・・・気がした。

「ファリーは女性なんかじゃ無ぇよ。紹介なんかしてやるもんか」

 あ、でもぼくの名前言っちゃってるし。


「ロニ、この人何者?」

「大馬鹿者だ」

 金髪男の、上がった口角がピクリと歪んだ。

「ファリーさんとおっしゃるので?私はセルデュと申します。お見知りおきを」

 セルデュと名乗った金髪男は、胸に手を当てて大仰な礼をしてみせた。

「北方はサムガルヴァ大公国にて、大公殿下の側近を努める者でございます」

「えっ!」

 その自己紹介に、ファリーはトリッチを振り返った。

 しかし大公の執事は渋面を横に振る。


「こいつは大法螺吹おおぼらふきで大嘘つきだ」

 ロニエスはセルデュに向かって、吐き捨てるように言った。

「おい間抜け野郎。こっちのジイさんはその大公とやらの家来だぜ」

 しかしセルデュは顔色ひとつ変えずにトリッチを見やると、

「おやあ・・・私もこのような御仁は大公殿下の御殿で見た事ありませんねぇ。そちらこそ偽りなのではないですか?」

 と、ふてぶてしく言い切った。

 トリッチは渋面を通り過ぎて、セルデュを睨み付けている。


「ロニ、分かるように説明して。この人はいったい誰なの?」

 混乱してきたファリーが、強くロニエスに問いただす。

「・・・俺と昔、一度だけ組んだ事のある男だ」

「えっ、じゃあこの人、用心棒なの?」

 言われて見れば、腰に剣をいている。

 だが、銀色に輝くそれは柄や鞘にごてごてと飾りが付いていて儀礼用の剣みたいだ。これではネズミだって斬れそうも無い。

 ・・・かと言って、魔道士には到底見えない。魔法を扱えるほどの魔力を感じる事もできない。


「語るに落ちたなロニエス。やはりその荷はサムガルヴァ大公家の棺なのだな。鎌を掛けたのも気付かないとは、相変わらず頭の中まで筋肉のようだな、お前は」

 セルデュは腕を組んで、高笑いを始めた。

「ちくしょう、はめられた」

 と、ロニエスも悔しそうに唇を噛む。


 そのやりとりを、ファリーは半ば呆然と見ていた。

 二人で組んだのって、用心棒じゃなくて漫談芸人だったのかな?ボケばかりで落ちないから別れたのか・・・。

 だが、このままウケない漫談にあくびをしている場合では無い。

 ファリーは馬車を飛び降りて、セルデュの前に立った。


「どうしましたか、お嬢さん」

 途端にセルデュは柔らかい笑みを向けて来る。

「ぼくはお嬢さんではありません。それよりも、サムガルヴァ大公家の棺がこんな所を荷馬車で運ばれているという事を、あなたはどこで知ったのですか?」


 そう、ずっと気になっていたが、これまでの襲撃者には問いただせなかった事だ。

 この荷が何であるかを知って襲ったのかどうか。

 こちらの正体を打ち明ける事になりかねないので、迂闊うかつに聞けなかったが、この男は自分から語ってくれた。

 このチャンスを逃す手は無い。


「何と、こんなに可愛らしいのにお嬢さんでは無い?・・・不思議ですねぇ」

「はぁ?・・・ですから、ぼくの質問に答えて下さい!」

「怖がらずに。隠さなくても大丈夫ですよ。いきなり野の花を摘み取るほど、私が野蛮な男に見えますか?」

 今度は緑の瞳がキラリと光った・・・気がした。

「何も隠してなんかいません!ぼくは女じゃ無いんだ!」

 ファリーはカッとなって声を荒げる。真昼の今なら自信を持って否定できる。


「ファリー、そんな言い方じゃダメだ」

 すぐ近くに聞こえたロニエスの冷静な声に、ファリーは我に返った。

「こいつの最大の武器は、舌先三寸口八丁したさきさんずんくちはっちょうで相手を混乱させる事だ」

 馬車から降りたロニエスが、ファリーの横に立っていた。

 セルデュはそれを肯定するでも否定すれでもなく、ただ笑っていた。

「俺に任せろ」

「えっ、任せろって?」

 交渉事が苦手なロニエスの強気に、ファリーは驚く。


 ロニエスはセルデュの前に出ると、手に握った銀貨を見せた。

 それを指で空高く弾き上げる。

「セルデュ、ファリーが言った事に答えろ。でなきゃ、あの銀貨を切り刻むぞ」

 ロニエスは剣の柄に手を添えた。

「サムガルヴァ大公から触れが出たんだ。『孫の遺体を連れて来た者には、孫が受け継ぐはずだった財産を譲り渡す』ってね。だからそれらしき荷を片っ端から当たっているのさ」

 早口であっさりと白状すると、手を出して、落ちて来る銀貨をさっと横取りした。

 そして、何事の無かったようにまた髪をかき上げて、

「参ったな。やはり可愛らしい子のお願いは無視できない。・・・つい話ししてしまったよ」

 と、フッと笑って流し目でファリーを見た。


 はああああああああ?

 お願いなんてしてないし。

 だからぼく女性違うし。

 っていうか、その銀貨あげるって言ってないし。


「で、コイツの最大の弱点は、金と女に目が無い事だ」

 ファリーの頭の中を、目まぐるしく言葉が駆け巡ったが、実際はただパクパクと口を動かしただけで、声にすらならない。

「な、俺が相棒にしなかった訳が分かったろ?」

 うんうんうんうんと、ファリーは何度も頷いた。


「何と、そんな触書ふれがきが出ているなど聞いておりませんぞ!」

 手綱を預かっているトリッチが、馬車の上から叫んだ。

「私は可愛い子には嘘を吐きませんよ」

 セルデュはトリッチではなく、ファリーを見てウインクする。

 ファリーの眉間がググッと寄った。

 ロニエスも同じ女性受けする顔を持っているけど、そこに頓着とんちゃくが有る無しでこうも違ってくるのか・・・と、しみじみ思った。


「どうしても棺を置いて行かないというのなら、力ずくで奪うしかありませんね」

 セルデュは腰の剣に手を掛ける。

「やるのか?お前が俺と」

 ロニエスがニヤリと笑った。

「いいえ、あなたの相手は彼です。・・・ヴノ!」

 セルデュが下がるのと同時に、あのくつわを握っていた大男がのそりと現れた。


To be continued.

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る