第13話 立ちはだかった男

 左胸が焼かれるように熱い。


 黒い護符が浮き上がっているのが分かる。

 蓋の隙間から何かがこぼれ出ている。


 ガマンシナクテイイ・・・フタヲアケテシマエ


 誰かが囁く。

 苦しい。

 吐き出してしまえば楽になるのは知っている。


 故郷を追われた。

 住む家を無くした。

 親代わりと頼りにした人を殺してしまった。

 恋していた娘は・・・俺が・・・。


 逃げてきた。

 誰も頼れない、誰も助けてはくれない。

 腹が減った、何日も食べていない。


 剣を振るうしか能が無い。

 それでしか食べて行く道を知らない。

 だから戦う。今日の飯のために。


 けれど剣を振るうたびに、胸が焼ける。

 戦うたびに何かがこぼれ出す。

 戦わなければ、飯が食えない。

 けれど戦うたびに、蓋が揺れる。


 膝を付く。

 地に転がる。

 のたうちまわる。

 あの夜と同じ双子の月が、俺を見下ろしている。


 もう、いい。疲れた。

 簡単だ、蓋を外せ、そうなれば楽になる。

 カタッパシカラ、ウバッテシマエバイイ。

 それができる。俺にはできる。

 もういい・・・モウ、タエラレナイ・・・。


「大丈夫ですか!今、楽にしてあげますからね!」

 頭の上から降ってきた声に、ゆるゆると重いまぶたを開く。

 誰だお前。

 ふわふわと踊る短い黒っぽい髪に、細っこい小せえ身体。

「シャニカズダレオマ」

 胸の護符に置かれた小さな手から、温かいものが吹き込んでくる。

 温かいのになぜか、俺の内側のほてりを鎮めて行く。


 息が楽になってきた・・・。

 苦しさが薄れて行く・・・。

 蓋が・・・閉まって行く。


「良かった、もう大丈夫ですね。もし、食べられるようでしたら、これを」

 目の前に突き出された大きなリンゴ。

 俺は飛び起きてひったくって、夢中でかぶりついた。

 美味かった。

 味なんて分からねぇが、とてつもなく美味かった。

 全部食った。芯まで食った。


「あ、あれぇ、困ったなぁ」

 小さな魔道士は、おたおたとし始める。

 ・・・何だ、全部食ったらダメだったのか?

 早く言えよな、もう遅ぇよ。


「あれ、あれっ、どうしよう。ぼく、もうお金も無いんですよう」

 何でえ、俺と同じ文無しか。

 悪りぃけど吐き出す訳にも行かねぇしなぁ。

 魔道士は自分の荷物を探ったり、着ているものをパタパタと叩いている。

 そして・・・

「あ、あった!」

 と、ローブの袖からくしゃくしゃのちいさな紙袋を取り出した。そこから、

「はい、1個だけ残ってました」

 大きな飴玉を俺に渡す。


「・・・お前の分じゃ無ぇのか?」

「ぼくはもう、夕飯を食べましたから。どうぞ」

「そうか。じゃあ・・・」

 口の中に放り込んだ時、「グーッ」と腹の虫が聞こえた。

「あっ、あれっ?何の音かなぁ?」

 真っ赤になってとぼける魔道士の腹が、「ググーッ」と鳴った。


「・・・お前、名前は?」

「あ、ぼくはオ・・・いえ、ファリーっていいます」

「ありがとな助かったぜ、ファリー。俺はロニエスだ」

 差し出した手を握り返される。


 ・・・ああ、そうか。

 あれは魔法の力じゃ無かったんだ。

 久し振りに感じる、人の体温。人の温もり。

 温かい・・・本当に温かい。


 あの日から、ファリーは俺にとって大切な存在となった。

 蓋が外れそうになった時は、いつもファリーが鎮めてくれた。

 だから俺は安心して、剣を振るう事ができる。戦う事ができる。

 ファリーが居るから大丈夫。俺は俺を保てる。

 ファリーが居れば、何の心配も無い。

 ファリーが・・・



「ロニ!ロニってば!」

 名を呼ばれて、ロニエスはハッと手綱を握り直した。


 荷馬車は今日も街道を進んでいた。

 うららかな昼下がり。起伏の無い風景の中をゆっくりと走る馬車。

 ボーッとしない方がおかしい。


「何か甘いものでも口に入れとく?あ、ケーキもらっていたよねぇ」

 ファリーは荷台の隅に載せている荷袋の中から目的のものを探り出す。

 紙包みを開くと、砂糖衣アイシングがたっぷりと塗られたケーキが現れた。

 昨夜泊まった宿屋の娘が、持たせてくれたのだ。・・・ロニエスに。


 ファリーはナイフでケーキを切り分け、指に付いた砂糖をペロリと舐めた。

 混ぜ物無しの白糖をこんなに使って、随分と気張ってるよね。・・・と、口を曲げた。

「美味い!」

 ケーキを頬張ったロニエスが言った。トリッチもうなずいている。

「あの娘さん、お料理上手ですね。きっと良いお嫁さんになるのでしょうねぇ」

「お嫁って、誰のさ!」

 トリッチが目を丸くしている。

 ファリーはあわてて口を押さえたが、もう出てしまった言葉は取り戻しようが無い。


「ファリーさん、やきもちはいけませんよ」

 人差し指を左右に振りながら、トリッチはニヤリと笑う。

「やきもちなんて焼いてない!」

 反論しても、トリッチはニヤニヤ笑いをやめてくれない。

 ファリーはロニエスの様子が気になって、横目でチラリとのぞき見た。


 ロニエスは物凄く険しい顔をして、前をじっと見据えている。

 どうしたのか、と思って前を見ると、道の真ん中に二人の男が立ちはだかっていた。


 一人は細身で長身。年の頃はロニエスと同じくらいだろうか。

 もう一人は縦にも横にも大きい図体をしているが、見た目で年齢は分かり難い。


 細身の方が右手を前に出して、車を止める仕草をした。

 またいつもの襲撃だろうか。

「待たれよ、そこの馬車!その荷台にあるものを置いて行かれよ!私は無用な争いは好まない!」

 右手で車を制しつつ、残った左手は顔にかかる金髪をかき上げている。


 だがロニエスは、手綱を締める事も無く、進路を変える事も無く、まっすぐに金髪男めがけて馬車を走らせる。

「ま、待たれ・・・うわあっ!」

 あわや馬の鼻先が触れようとした時、男はあわてて横に退いた。

「おいこら待て!・・・ヴノ!」

 名を呼ばれて、図体の大きい方が馬のくつわをグイと掴んだ。

 馬は首を振って足を止める。

「何しやがるんだ、てめぇ!」

 ロニエスの怒号にも、大きな男は轡をがっちり掴んだまま動じない。


「おやぁ、誰かと思えば・・・赤毛のヴァーサンクではないか」

 ヴァーサンク。

 その言葉にファリーは振り返る。さっきの細身の金髪男が、馬車上のロニエスを見上げていた。

「最近見かけないから、魔法院に捕えられて去勢されてしまったと思っていたよ。・・・ふうん、その様子だとそういう訳でも無さそうだね。ロニエス」

 遠慮の無い視線、遠慮の無い言葉。

 ロニエスの知り人のようだが、一体この男は何者なのだろうか・・・。


To be continued.

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