第2章 街道の用心棒
第11話 北へ向かう道
「おい、その荷台に載っているものを置いて行け。さもなければ、痛い目を見る事になるぞ」
大剣を腰に佩いた無骨な男が、荷馬車の前に立ちふさがり、
背後には、やはり剣や斧を手にした怪しい風体の男たちが、不敵に笑っている。
手綱を取っていたロニエスと隣に座っていたファリーは、二人揃ってうんざりとした顔を向けた。
「あーまたかよ、面倒くせぇ。・・・おい旦那、馬、見てろよ」
深い紅色の髪をバリバリと掻きながら、ロニエスはのろのろと馬車を降りた。
続くファリーも動きが鈍い。
「できるだけちゃっちゃと済ませて下さいまし。今日は次の宿場まで行く予定ですからね」
手綱を預かったトリッチが声をかける。
二人はますます気だるそうに背中を丸めて、それぞれの武器を構えた。
ネハーコの温泉町を発って3日が過ぎていた。
結局、ファリーとロニエスは
大公の執事と名乗るトリッチも、棺の中の美女の
「やばくなったら、トンズラしよう」
と、こっそり二人で示し合わせて、一路、街道を北に向かっていたのである。
・・・ところが・・・
「・・・で、これで何組目だ?」
剣を
「全部合わせて7組目。今日だけで3組目だから、確実に増えているよねえ・・・」
ローブの
「・・・ったく面倒くせぇよなぁ。なぁお前ら、この後から俺たちを狙う奴らが来たら、思いとどまるように話してやってくんない?」
投げ出された大剣を拾う気力も無く、うずくまった無骨な男は、傷の痛みに「うう」とうなっただけだった。
近くに倒れている他の二人は、死んだふりをしているのか声も上げない。
「いやあ、お強い、お強い。だんだん終わる時間が早くなりますねぇ。結構、結構」
ほくほくと笑いながら、トリッチが荷台に戻る。
「おいジジイ!聞いて無ぇぞ、何でこんなに襲撃されなきゃなんねぇんだよっ!」
「私に言われましても・・・。本当にこの街道は物騒でございますねぇ」
眉根を寄せてみせるトリッチに舌打ちして、ロニエスは思いっきり手綱を打つ。
反応した馬が早足で駆けたので、荷台がガタンと大きく揺れた。
「ロ、ロニエスさん!もっと静かに発進させて下さいませ!棺が落ちたらどうなさるおつもりですか!」
布で覆った棺に取り付いて、トリッチが金切り声を張り上げる。
ファリーは額に手を押し当てて、はぁ~と深い溜息をついた。
ネハーコを出て翌日辺りから、なぜかああいった手合いにたびたび遭遇していた。
たいがいが取るに足らない者らなので事無きを得ているが、こう度重なってはさすがに疲れてくる。
馬を駆けさせて
「とんでもない事でございます!棺が揺れないよう、ゆっくり進まねばなりません」
と、トリッチが許さない。
なので、普通の馬車よりもスピードが遅い上、こうやって邪魔が入っては停まっているから一向に距離を稼ぐ事ができない。
こんな調子では先が思いやられるので、ファリーは船を使う事を提案した。
サムガルヴァは北方の山間にある国だが、直近の港まで船で運べば、そこから馬車を使うにしてもかなり早く移動できる。
こちらに向かっているという新たな護衛に港まで来てもらえば、引渡しにも手間が無いだろう。
・・・と、思ったのだが、
「と、とんでもない事でございます!サムガルヴァは誇り高き山の民。塩水に浮かぶ船などで大公殿下の孫姫をお連れしたとあっては、このトリッチの首が無くなりまする!」
と、トリッチが断固反対したので、あっけなく却下となった。
「まあ・・・だったら最初から船で運んでいるんだよね・・・」
自分で自分の提案に突っ込みを入れつつ、ファリーは今日10回目を越す溜息をついた。
すると、隣からも「ふう」と息をつく音が聞こえる。
ファリーは手綱を取っているロニエスを見上げた。
珍しく、眉間に皺が刻まれている。
「ロニ、ここらで少し休もうか?」
「いや、日が落ちるまでに町に着かねぇと面倒くせぇからな。もう少し進もう」
ロニエスは前を見たまま答えた。これも、今日10回目を越す「面倒くせぇ」だ。
彼の口癖とはいえ疲れが言葉に出ている。
敵を倒す時間が早くなっている。
トリッチは手際が良くなっていると思っているようだが、そうでは無い事を、ファリーは感じていた。
ロニエスは必ず、相手に一度は「退け」と言う。
発する言葉は状況に応じて様々だが、ネハーコに行く途中でドロフ族に襲われた時も、「労力が報われるだけの稼ぎにはならねえよ」と、一度は戦いを避けるように言っている。
・・・逆効果となる事もしばしばだが。
なのにここのところは、問答無用で剣を合わせ、決着させている。
だから戦闘が短い。
下手をすれば、ファリーの補強魔法を待たない場合もある。
ゆとりが・・・気持ちの余裕が無くなってきているのだ。
それは、ロニエスにとってあまり好ましい事では無い。
「ロニ、甘いもの食べないか?」
気を取り直して、ファリーは荷袋の中から缶の箱を取り出した。
中には、アマンダが振舞ってくれた菓子の残りが入っていた。
クッキーを一枚、ロニエスに咥えさせてやる。
「トリッチさん、お菓子はいかがですか?」
荷台にキチンと座っているトリッチに缶を渡す。
「これはこれは、頂戴します」
丸型のクッキーをつまんで、トリッチはうれしそうに口に入れる。
「・・・ほう、この香りはイシアルテの花ですね、珍しい」
などと
香りねぇ・・・と、ファリーも同じ一枚を口に入れて、ロニエスにも咥えさせた。
言われてみれば、ふんわりと甘い花のような香りが残る。
あのまますぐにネハーコを出発してしまったので、アマンダに別れを言えなかったのが心残りだ。
彼女はまだあの町に居るのだろうか。
サムガルヴァなんて遠くに行ってしまったら、この間のように偶然再会する事も難しいだろう。
互いに、依頼主の都合で動く
ふと気が付いて顔を上げると、ロニエスが口を開いて次を待っていた。
ググみたいだ・・・。
クスリと笑って、ファリーは新しいクッキーをそこに入れてやった。
馬車はゆっくりと街道を進んで行く。
さっきのような輩さえ遭遇しなければ、これはこれでのん気な旅なんだけれど・・・
ファリーはそう思いながら、クッキーを口に運ぶ。
すると・・・
「おいお前ら!その荷台のものを渡してもらおうか!」
お決まりのセリフと共に、またさっきとは別の連中が立ちはだかる。
ファリーとロニエスは、二人揃って大きなため息をついた。
To be continued.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます