第4話 朝市にて
翌日、温泉町の広場に市が立つと聞いて、ロニエスとファリーは買出しに出かけた。
ずらりと建ち並んだ屋台に物売りの声が飛び交い、流れて行く人の足を止めさせている。
新鮮な野菜や魚をどっさりと並べている店もあれば、饅頭を
食べ物のほか、着る物や織物、装飾品に化粧品、銅器銀器に鍋に釜などなど、生活必需品から珍奇な土産物まで様々な店が軒を連ねていた。
温泉町の宿泊客の他、近隣の町や村からも訪れているらしく、たくさんの人出で賑わっていた。
昨日収入があったばかりで、二人の懐はいつになく暖かい。
焼き菓子や飴細工の甘い香りがファリーを誘惑するが、グッと堪えて通り過ぎる。
用心棒で稼ぎながらの旅暮らしなのだ。
まずは生きるに必要な物を揃えておかなくてはならない。
「えっ、そんなにするの?高いなぁ。・・・うーん、どうしようかなぁ・・・」
品物を手にとって、ファリーは真剣に吟味する。
「お、美味そうだな。温泉で茹でた玉子か。へぇ~」
そんな会話にあわてて振り向く。
籠を持った娘が玉子をロニエスに差し出していた。
娘は明らかに
「いくら?・・・え、くれるの?悪いなぁ。へ?俺?ああ、旅のモンだけど、宿は・・・」
「ちょーっと待った!」
ファリーは駆け出してロニエスと娘の間に割って入った。
「おねえさん、これ玉子代」
キョトンとする娘に、ファリーは小銭を差し出す。
「彼はぼくの連れ・・・だからね」
ファリーはできるだけ声を低くして、「ぼくの」という部分をことさらに強調した。
玉子売りの娘は「えっ!」と言ってロニエスとファリーを交互に見ると、出された小銭をひったくり、「チッ」と舌打ちひとつ残して行ってしまった。
「くれるって言ったんだぜ、金払う事無かったのに」
「とんでもなく高い玉子に化けるトコロだったんだよ」
上目でジロリとロニエスを見るが、「へ?何で?」という不思議そうな顔を返されてしまうだけだ。ファリーは額に手をあてて、はぁぁぁと溜息をついた。
ロニエスは女性が苦手だが、嫌悪している訳では無い。
あまり関わらないようにしている・・・というのが一番しっくりするとファリーは思う。
かと言って、同性の方なのか・・・と言えば、ファリーの知る限りそうでは無いようだ。
さっきの娘などは、本当の売りモノは玉子では無いという雰囲気を、全身から放っていた。
色気たっぷりの娘よりも、彼が食べてしまいたいのは玉子の方なのだから仕方無い。
それにしてもロニはなぜ女性が苦手なんだろう?
組んで用心棒を始めてから3年ほど、ずっと疑問ではあったけれど、何となく本人に聞きそびれている。
・・・いや、そこが気になりだしたのは最近の事だ、ファリーは自分で分かっていた。
「ちょっとそこの魔道士さん。あんた、魔道士だろう?」
呼びかけられ、ファリーは我に返る。
首を巡らせると、屋台の中から店主らしき男が、熱心に手招きをしていた。
「そうだ、あんただよ」
店の品揃えを見て、なるほどと思う。魔法道具を売る店のようだ。
聖印や聖句を刻んだ装飾品や杖、魔法薬の材料となる香草や香木、干からびた小動物の死骸や何かの鱗、怪しげな物体が詰まった瓶なども並んでいた。
一見して
「あー、今のところ用事は足りているから」
素振りで必要無いと言って、ファリーはそこを離れようとする。だが、
「まあ聞きなよ。掘り出し物が入ったんだ。めったにお目にかかれない貴重な品だよ」
店主はおもむろに、小さな箱を取り出して見せる。
「あんたには特別に見せてやろう。なに、見ちまえば欲しくなるさ。あんたも魔道士ならね」
箱の中には白い布地にくるまれた物が入っていた。
その厳重さにファリーも思わず顔を寄せる。
出てきたのは何やら乾燥した物体だった。
よく見れば魚の皮らしきものが付いている。磯臭いような匂いもかすかにする。
大きな魚の切り身?貴重な魚だろうか?
不思議そうな顔をするだけで驚きもしないファリーに焦れたのか、店主はファリーの耳元に口を寄せて切り身の正体を明かした。
「これは人魚の肉だよ」
「えっ?人魚?」
ファリーの大きな声に、店主はあわてて「シッ」と指を立て、辺りを目で
「大声出しちゃあいけないよ。人に聞かれたら
「・・・そりゃそうだよねぇ、人魚は、魔法院が生体死体を問わず所持使用を禁じた高位魔族に入るからねぇ。こんな切り身でも持っていたら重罪だ」
声を潜めて、ファリーは意味ありげな笑みを作る。
人魚は今も多数海に生息する魔族である。
ジェミニードでは希少となった純血の魔族種であり、その存在は厳重に保護されていた。
「特別な
店主が
「きゃああああっ!」
大きな悲鳴と何かが壊される音が同時に上がった。
「ヴァーサンクだっ!ヴァーサンクが出たぞっ!」
その声にファリーは店から飛び出し、ロニエスの姿を探した。
見当たらない・・・まさか!?
店と店の間の狭い通路を、われ先にと人がこちらへ走ってくる。
その先で屋台が倒れるのが見えた。
ファリーは杖を持ち直し、逃げ惑う人たちに逆らって走り出す。
時折引き戻されそうになりながら、その先をひたすら目指した。
「グオオオオオオッ!」
魔獣の雄叫びが間近に聞こえた。
人波をかくように進んで、いきなり視界が開ける。
人々が遠巻きに作っている円の中心に、それは居た。
広場の石畳に腰を据えているのは、
大きいと言っても巨人という訳ではなく、普通の成人の男にしては大きい背丈という程度だが、何よりもその全身の筋肉はごつごつと隆起していて、座り込む姿は、大きな岩のように見える。
顔つきもすでに野獣のそれと化していたが、腰の辺りを覆うズボンの残骸と、裂けてボロ布のようになっているシャツらしきものが、「彼」が「人」であった事を示している。
店の売り物であっただろう肉の塊に、裂けた口でむしゃぶりつく
「・・・ロニじゃない」
小さな安堵の声が、ファリーの口から漏れる。
「警備兵だ!警備兵が来たぞっ!」
群集が一斉に声の方を向く。
ガシャガシャと金属が当たる音が鳴って、数人の武装した男たちが人込みの中から現れた。
ネハーコを護る警備兵なのだと噂する声が聞こえる。
兵士らは臆することなくヴァーサンクの正面に対峙して、剣を抜き放った。
その勇姿に大きな歓声が上がる。
だがファリーは一人、眉根を寄せた。
ヴァーサンクは脂に濡れ口元を腕で拭いながら、殺気のこもった目を兵士らに向けている。
「かかれっ!」
勇ましい掛け声一番、兵士たちは全員でヴァーサンクに切りかかった。
「グアァァッ!」
ヴァーサンクの身体から血しぶきが飛ぶ。
間髪おかない攻撃になす術が無いのか、ヴァーサンクはめった切りにされ、みるみる血まみれになっていく。
石畳に血だまりを作る頃、ヴァーサンクはうめきながら膝を付き、ガクリと力無くうな垂れた。
兵士たちは剣を下ろして一歩引く。
周囲から喝采と歓声が上がり、安堵の空気が漂った。
「だめだっ!」
ファリーの叫びは、周囲の喜びの声にかき消される。
兵士たちの緊張が緩んだ瞬間、
「うわぁぁぁっ!」
悲鳴を上げたのは警備兵の方だった。
To be continued.
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