第2話 魔族の血
「死にたい奴からかかってきな!」
ロニエスの挑発に、ドロフ族の連中は雄叫びを上げて突進した。
あっという間も無く囲まれるが、次の瞬間、「ぎゃあ」と言う悲鳴が走り青黒い塊は一斉に飛び退いた。
皆、腕や腹に傷を負い、血を滴らせている。
しかし、ロニエスはそれを見て顔をしかめた。
「・・・浅い。強化をかけてこの程度なのか?」
納得行かないという風に、光る剣身を見つめる。
「ドロフ族の肌は刃物が立たないって言われているけど・・・へえ、血は薄まっても特性はしっかり残っているんだね。じゃあ、こっちもやってみようか」
ファリーは両手で杖を横にして持ち、目を閉じる。
「邪悪なるものよ、神の光に追われ地の底へ戻れ!ラ・クフル・マウジカノチア!」
呪文を唱えつつ杖を一回転させると、杖先から放たれた眩しい光がくるりと輪を描き、ひとりのドロフ族へと飛んで行く。
光の輪は青黒い背中に見事命中した。
だが、光はそのまま身体を通り抜け、弾けて消えてしまう。
「な、何だ、神聖魔法かよっ!」
当たったドロフは驚いたような仕草をしただけで、ダメージは無いようだ。
「あー、やっぱりダメか。ロニ!封魔は効かないよ!」
「封魔もダメ、ぶった切るのもダメ、厄介な相手だぜ」
ロニエスは自分らを取り囲む連中をにらみ付ける。
その背中にファリーも背中を合わせて来た。
敵に打つ手無しと知ったドロフたちは、傷を負いながらも余裕の笑みを見せている。
ドロフの一人が地を蹴ってロニエスへと襲い掛かった。
ドガッ!と
転がるドロフの右腕がダラリと垂れ下がっていた。
どうやら右肩を砕かれたらしい。
「骨の強さは人並ってトコロだな。切れねえんなら砕くまでよ」
両手でしっかりと剣を持ち直して、ロニエスはニヤリと笑った。
「おおおおおう!」
地響きのような叫びと共に、ドロフは一斉にロニエスとファリーに向かって行った。
二人目のドロフが足を抱えて倒れる。
だが、ドロフたちは攻撃を止めない。
図体はでかくともジャンプ力はあるようだ。
ロニエスの間合いの外から跳んで、遠くへ着地する。
すれ違いざまにロニエスが受ける攻撃は軽微だが、次々と間をおかずあちこちから跳び込んで来られては、反撃するのが難しい。
集団でこんな事をよくやっていたのか、チームワークができている。
三人目のドロフの腕を砕いた時、ロニエスの呼吸は上がり始めていた。
それに・・・。
「ほらほらどうした、可愛い子ちゃん。得意の魔法はもう終りかぁ?」
巧みにロニエスから遠ざけられてしまったファリーは、三人のドロフに囲まれて荒い息を吐いている。
これでは呪文の詠唱もままならない。
「そら魔道士ちゃん、右だよ右!」
「しっかり避けないと、可愛いお顔にケガするぞう」
ドロフたちは小さなファリーの頭上を楽々と跳び交って、必死で身をかわす様をからかっている。
・・・だが。
「あっ!」
跳び込んで来たドロフが足をすくい、ファリーの身体は地面に打ちつけられる。
立ち上がろうとするのを別のドロフに引き倒され、上に乗られてしまった。
巨体の体重をかけられて、ファリーの身体は
「ファリーッ!」
ロニエスが叫ぶ。
ファリーはのしかかっているドロフを素手で叩いてみるが、どうという事も無い。
倒された時に杖を放してしまって武器も無い。
何とか逃れようと暴れるファリーの腕は、いとも簡単に残り二人のドロフに押さえつけられてしまった。
「さーて、魔道士ちゃんよ。男みたいな格好してるが、声は随分と可愛いし身体も細っこいよなあ。で、お前さんは男なのかい?女なのかい?」
馬乗りになっているドロフが、ファリーの頬から首筋を野太い指で撫でながら聞いた。
ファリーは唇をきつく結んで、顔を横にそむける。
「・・・まあ、いいさ。素っ裸にひん剥いちまえば分かるこった!」
大きな手がローブの襟元をわしづかみにして引きちぎった。
いとも容易く布が裂かれて、ファリーの白い肌が陽光に曝される。
ドロフたちのギラついた目が、露わとなった胸を凝視した。
「・・・男か。つまんねえの」
平べったい胸板を見下ろして、右手を押さえていたドロフが残念の溜息を吐く。
「久しぶりの若い女だと思ったのによぉ」
左手を押さえていたドロフも、興味無いというように首を振った。
・・・が、ファリーに馬乗りになっていたドロフは、
「お、俺は男だって構わねぇ!」
と、鼻息も荒くファリーのズボンの中へ手を押し込む。
「いやあああっ!」
ファリーの口から悲鳴が
「・・・あれ?」
ドロフはおかしな顔をして、何かを確かめるように手を動かす。
「何だぁコイツ、こっちも付いて無ぇぞ?」
「はああ?」
他の二人が
だが、うちの一人がハッとなる。
「もしかして・・・レスネイルか!」
その言葉にファリーの表情が固くなった。
「レスネイル族だ。奴らは高い魔力を持つ代わりに性別を持たないって聞いたぞ。・・・そうか。お前、レスネイル族だな」
ファリーは激しく首を振る。
「は、嘘つくんじゃねぇよ。構わねぇから縛り上げろ!ネハーコの魔法院までコイツを持って行くぞ!」
ドロフが仲間に声を上げた。
「何で魔法院なんかに?魔人買いに売るんじゃ無ぇのか?」
言われたドロフは、納得行かないという顔つきを返した。
「報奨金が出るんだよ。レスネイル族は魔法院の管轄下で暮らす義務があるんだ。こういう『はぐれ』のレスネイルを差し出せば大金がもらえる。魔人買いなんかよりもはるかに高い金額だぞ!」
大金と聞いて他のドロフも目の色が変わった。
抵抗するファリーを全員で抑え込む。
「ぐわあああっ!」
途端、ファリーの腕を掴んでいたドロフが、自分の右肩を押さえて転がった。
「ファリーから離れろ。このクソ野郎ども」
剣を構えたロニエスが凄まじい形相で立っている。
残った二人のドロフはその迫力に一瞬たじろぐが、とっさにファリーの身体を引き起こし、その首を握った。
「お前こそ剣を捨てな!でないとこのレスネイルの首をへし折るぞ!」
ドロフの指に力が入り、ファリーの苦しげな呻きが漏れる。
今ならロニエスに勝てる。ドロフはそう踏んだのだ。
睨み付ける眼力こそ凄みは充分だが、ロニエスは肩で荒い息をして、胸の辺りを大きく切られて血も流れている。
合計七人ものドロフの骨を砕いたのだ。
剣で切り刻むよりもはるかに大きい疲労が、ロニエスを
「そいつは俺の大事な相棒だ。手を離さなけりゃ、てめえらの脳天叩き割るぞ下衆野郎」
よろけながらも剣を大きく振り上げて、ロニエスは攻撃の体勢を取る。
その姿を見上げて、ドロフたちは、なぜか背筋にゾクリと寒気を覚えた。
この目の前に立つ者は、相手にしていけない気がする。
ボロボロに疲弊した身体から滲み出ている、呼び覚ましてはならないモノの気配を、理屈では無くドロフの血が感じていた。
ファリーの細い首を掴みながら、その身を盾に取りながら、充分に戦う体力を保持していながら、こんな圧倒的優位にありながら、なぜかドロフたちは凍るような恐怖を感じていた。
「あっ、あれはっ!」
一人のドロフがロニエスの胸元を指差した。
破れた服の間から血の滴る傷が見えている。その下で何かが黒い光を放っていた。
紋様が、胸に浮き上がっている。
「黒く光る封魔の刻印!・・・お、お前・・・まさかっ・・・!」
「ヴァーサンクかっ!」
問いに応えるように、ロニエスは雄叫びを上げた。
それはまさに魔獣の
地響きを伴って辺り一面に鳴り渡る。
To be continued.
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