第7話 はじめまして お嫁さん⑤

耀ひかり、ちゃん……よか、った。」

 ほっとしたように、力なく笑みを浮かべたあかりはこちらへ手を伸ばす。耀ひかりもまた、あかりの手にふれようとして、

「やや、これは義姉上殿!! 気がつかれたとは重畳ちょうじょう、重畳。ご気分は悪くないか?」

 割り込んできた吉野の顔に、思いっきり邪魔された。

「……」

「いたっ!? 痛い痛い、嫁御殿、それは拙者の顔であいたたたた……!!」

 腹を立てた耀ひかりが、吉野の端正な顔を力いっぱい引っ張ったのは、正当な抗議だと思う。

「ひ、耀ひかりちゃん……あの、やめてあげて?」

 かわいそうだよと優しく制止するあかりが面白くなかった耀ひかりはぷいっとそっぽをむく。

「姉様と私の邪魔をした吉野が悪いのではないかね?」

 お互いに無事を確かめあいたいあの場面で邪魔をされるなど、耀ひかりに苛立つなというほうが無理な話だ。

「何と! 嫁御殿は拙者を仲間外れにするというのか? 拙者、もう嫁御殿の家族になったと申すのに!?」

 衝撃を受けたというようすで吉野が耀ひかりの顔を覗き込んできた。黙っていれば優雅に見える美貌びぼうははっきり言って台無しだ。

「否定したくなるのはなぜなのだろうね?」

「そんな?! 嫁御殿はもう拙者の妻であろう?!」

 腕組みをしてそっぽをむく耀ひかりと、その周りをうろうろとつきまとう吉野。

 顔のあたりに手を上げ、おろおろと二人を見比べていたあかりは、困ったように笑った。


「えっと、ところで吉野さんは何の神様なの? 見た目は武神かな?」

 高く結いあげた黒髪と腰にさした刀でそう見えるのだろうか。そういえば、先ほども襲撃者に対して刀をむけていた。

 小首をかしげるあかりの問いに、腕組みをした吉野はうーむ、と首をひねる。

「いや、それがじつは思い出せぬのだ。正直なところ、嫁御殿に会うまで自分が何をしていたのか拙者も何も覚えておらぬ。」

「記憶がないの?」

 驚いたようなあかりの声に、弾かれるようにして耀ひかりも顔をあげる。

(神が記憶喪失とは、ね。聞いたこともないが……とはいえ全く可能性がないわけでもない。)

 ひとつめ、生まれたての新しい神で自我が目覚めたばかりというもの。

 ふたつめ、何か罪を犯してその代償に記憶を奪われたというもの。

「うむ。だが嫁御殿に呼ばれてここに来たことを考えると、拙者と嫁御殿はそれ以前から何やら縁があったのやもしれぬな。」

 うんうん、とどこか誇らしげに頷く吉野に、何故かあかりはひどく嬉しそうだ。……どうして出会ったばかりでそんなに仲がいいのか納得がいかない。

「これから一緒にがんばろうね、吉野さん!」

 人形のように愛らしいと評される顔立ちに満面の笑みを浮かべて、あかりが手をさしのべる。それをすかさず吉野が握りしめた。

「うむ、共に精進しょうじんしようぞ、義姉上殿!」

 互いにかたく手を握り、繋いだ手をぶんぶんと振り回しながら頷きあう。

 何やらわかりあっているふたりに声をかけようと耀ひかりが手をのばすが、それより先に、悲鳴に近い鋭い叫び声があたりに響いた。

狼藉者ろうぜきものですわっ! こ、この狼藉者っ!! 今すぐに、その薄汚い手を放しなさい!!」

 叫び声を合図にするように、それまで倒れていた人びとの姿がゆらゆらと陽炎かげろうのようにゆらいで消えた。

 後に残ったのは、広々とした他に人のいなくなった社と、

「はあっ、はぁっ……! ごぶ、ご無事ですのおふたりとも?! あかりさまが【視た】災厄はこの男だったんですのね?! ご安心くださいませ、わたくしが退治してさしあげますわ!!」

 ーー暴れ馬もかくやという勢いで、髪を振り乱しながら走ってくる残念きわまりない美少女の姿だった。

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