第6話 はじめまして お嫁さん④

「嫁……?」

 たしかに、神への生けにえはしばしば【花嫁】と呼ばれることがある。だが、まさかそれを額面通りに受け取ったとか、そういうことだろうか。

 だとすればますますわからない。耀ひかりを生かしたのが吉野の気まぐれでないのならーーなぜわざわざ嫁をうつし世にいさせるのか、吉野にとっての利点が。

「私を、神世につれていかないのかね?」

 緊張で干からびた口を何とか動かして、耀ひかりは尋ねた。吉野の返答しだいでは、耀ひかりは死ぬ。それも、何の悪意もなく殺される。

(神にとって、人がもろすぎるだけのこと。)

 人の身では、神世に行くことはできない。ゆえに、魂だけを連れていくことになり……必然的に、身体は死ぬ。

「はて、なぜ神世に? 嫁御殿は神世に行きたいのか?」

 身構えていただけあって、吉野の答えに耀ひかりの肩からどっと力が抜けた。

「行きたいわけではないのだがね……だが、君は神だろう? 神世に帰らなくてもいいのかい?」

 死者が住まう黄泉よみを治めるもの、直接人の暮らしに関わるものなど……役目がある者をのぞいて、神はふだん神世で暮らす。でないと、現し世に影響が大きすぎるためだ。

「うむ、問題ない。そもそもここはどこでもないーーいうなれば、あわいであろう?」

 姫宮の一族が暮らす黄泉比良坂は人の世と死者の世のはざまだ。そのため、あまりどちらの世にも影響を及ぼさないのではないかと吉野はうなずく。

「とはいえ、社もこんなありさまでね……。今日はどこで寝られることやら。」

 ただでさえ、得体の知れない賊に社は荒らされており、一部は目も当てられない惨状だ。

 わざとらしく肩をすくめた耀ひかりの耳に、うめき声が聞こえた。

「姉様……? 気がついたのかね?」

 

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