第8話 はじめまして お嫁さん⑥

「ああ、あや。君も無事だったのだね? 本当に、よかった……!」

 可憐な顔をほころばせ、亜麻色の髪をなびかせながら走ってくるよく見知った少女の姿に、ようやく耀ひかりはほっと表情を緩める。

 消えたとはいえ、里の者たちの変わり果てた姿を見てしまっただけに、元気いっぱいなあやのようすに耀ひかりは安心した。

「ご安心くださいませ! わたくしはこの通り、傷ひとつございませんわ!」

 誇らしげに胸を張った絢は、「黙っていれば守ってあげたくなる可憐かれんさ」と里の男たちに評される美貌を思いっきり不満そうにゆがめて、吉野に視線をむけた。

「それより、耀ひかりさまやあかりさまはご無事ですの? とくに耀ひかりさま、この男に何かされたりとかは? と、いうかこの男、やけに、耀ひかりさまに近すぎませんこと?」

 うさんくさそうに上から下まで吉野を眺め回したあやは、ふん、と鼻を鳴らして吉野に指を突きつける。

「月のように凛として麗しい耀ひかりさまにも、日だまりのようにあたたかく可憐なあかりさまにも似合わない、野暮ったい男ですこと。」

あや……恥ずかしいからやめたまえ。」 

 やけにきらきらしい評価をされた耀ひかりが顔を手で覆うが、あやの暴走は止まらない。

「このわたくしを差し置いて、耀ひかりさまに近づくとはいい度胸ですわね? あなた、いったい何様のつもりなのかしら?」

 小馬鹿にするようなあやの言葉に、なぜか吉野はにこにこと笑みをうかべてうんうん頷く。けなされたのになぜ上機嫌なのか。

「うむ、あや殿はよく嫁御殿の魅力をわかっているな! いやあ、見る目がある!」

「よ、嫁ですって?! 言うに事欠いて嫁とは、図々しいにもほどがありますわ!」

 里の者たちの中でも、あやは特に忠誠心が強い。そのためいきなり現れた吉野のことが気に入らないのだろうが、その気持ちが言葉にも態度にも出すぎている。

あや、やめたまえ。これでもこの吉野は、」

 いくら記憶がないとは言っても、吉野は神。あやの態度に怒りでも覚えられては、あやが危ない。神とは、意図しなくても少し怒っただけで地を割り日を隠すものなのだ。

「ああ、そういえば名乗るのを忘れていたな。ーーお初にお目にかかる、あや殿。拙者、吉野と申す。耀ひかり殿の婿むことして、よろしくお願いいたす!」

 たしなめようと声をかけた耀ひかりのセリフを遮って、にこやかに吉野が笑う。しっかりと、耀ひかりの肩に手をおいて。

「……。……えっ……? ……、……う、ウソですわよ、ね……!?」

 時間が止まったかと思うほど長い沈黙の後、ようやく我に返ったあやがすがるようなまなざしで辺りを見回す。誰かウソだと言ってほしい、と。

「嫁御殿のご友人ならば、拙者にとっても友人。あや殿、これからよろしくお願い申す。」

 吉野の言葉を信じたくないあやがさ迷わせた視線の先にいたあかりはひどく嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。

 ひくり、と喉をひきつらせたあやは絶叫した。

「い、……い、いやぁあああああ~~!!」

 ……その叫びに、吸い寄せられるようにして残りの里の者たちが集まってくるのに、そう時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る