第4話 はじめまして お嫁さん②

「代、」

 再び口を開いた耀ひかりが言い終わるより先に、男が耀ひかりの手首をひねりあげた。むりやりに扇を奪われ、茂みに投げ捨てられる。

「っ! 離したまえ!」

 痛みと屈辱くつじょくに顔を歪めた耀ひかりが振りほどこうと暴れるが、男の力はいっこうに弱まらない。

「ーー気に入った。」

「は……??」

 何をとち狂ったのか、まじまじと耀ひかりの顔を見つめた男は、ニヤリと笑う。

 呆然としている耀ひかりが戦意を失ったように思えたのか、男は得意げに耀ひかりのほおにふれる。

「生きたいか? ならば私のものになれ。そうすれば君のことだけは助けてやろう。」

 ふ、ざ、け、る、な。

 いきなりやってきて、社に住む仲間を殺しておいて、何を言っている?

「初めて見た時から美しいと思ってはいたが……そのうえ面白い。」

 面白いって、珍獣か何かだろうか。いや、珍獣もこんなやつに会ったら逃げるだろう。

「さあ、行こう。我が花嫁。」

 耀ひかりが断ると思ってもいないのか、当然のように男は耀ひかりの手を引いて歩き出す。

「離したまえ! 誰が、貴様などに従うものか……!!」

 渾身の力を振り絞って、耀ひかりは男の手を振りほどく。おや? と男は笑みを浮かべて首をかしげた。

「すでに神降ろしのための扇はない。無駄な抵抗はやめたほうが君のためだと思うが?」

 それとも素手で私にむかうとでも言うのか? と小馬鹿にするような口調で尋ねて、男は肩をすくめた。

「やれやれ……少々、しつけが必要かな?」

 再び男の手が伸びーーしかし、倒れたのは耀ひかりではなかった。

「姉様!? どう、して……」

 ふわり、と耀ひかりの視界に広がったのは柔らかな白。次いで、あたたかな何かに身体が包まれる感覚。

 耀ひかりを庇うようにして抱き締めているのはあかりだ。肩まで伸びたふわふわと柔らかい白雪色の髪は乱れ、愛くるしい顔にはいくつもの細かい傷がある。

(姉様がここまで追いつめられるとは……!)

 おまけに、右肩から足の付け根までざっくりと斬られた傷があった。この状態で、耀ひかりを守るために男とのあいだに割り込んだのだ。

「よかっ、た、……耀ひかりちゃん、だけ、でも、護れ、て、」

 にっこりと笑う燈はひどく綺麗で、儚くて。

「姉、様」

 話すほどに、あかりの体から力が抜けていく。命の灯火が、消えていく。

 どうして、と。何度も耀ひかりは声をあげようとして、

「何だ、まだ生きていたのか。しぶといな……ちゃんととどめをさしておくか。またさっきのように邪魔されても面倒だ。」

 冷えきった男の声が、耀ひかりを現実に引き戻す。

「ーー代償を、ここに! 我が身の全てと引き換えに、この者を救いたまえ!」

 まばゆい光が辺りを包み、桜の花びらが舞った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る