父の古い日記に風船と犬

アほリ

父の古い日記に風船と犬

 父が死んだ。


 俺は父の葬式なんか出席しなかった。


 俺の父の思い出なんか、ろくな事が無かったからだ。


 毎日が父の怒鳴り声を浴びせられ続けていたし、言うことを聞かない時だけでなく、ただ機嫌だけで俺に折檻してくるし、押し入れや物置小屋に閉じ込めたり、家に入れない事もしばしばだ。


 それで、押し入れや物置小屋に閉じ込めておいて、それをすっかり忘れられて学校を欠席する羽目になり逆ギレされてまた折檻されて、毎日が地獄だった。


 自らのストレス発散の為に俺が父のサンドバッグにされているような日々が嫌になって、家を飛び出したのは高校を卒業後直ぐだった。


 もう二度と父の顔を拝みたく無いと思ってたのに、実家から、

 「遺失物整理を手伝え!」

 と、煩いから来てみたものの・・・


 何だこりゃ?!


 家の中は父の遺したガラクタばかり。

 何処からてをつければいいんだ?!


 俺は片っ端から段ボールをぶちまけて父の痕跡を整理する。


 本当に、本当にガラクタばかり。

 どれを取っておいて、何を捨てるのか?


 父の葬式に出なかった事を根に思ってるのか、母は俺に

 「ぜーんぶあんたが持って帰って!!」

 って、俺のアパートは狭すぎて入りきれないってば!!


 仕方無いからもう本当に適当にやってやるぜ。

 父には俺への折檻と折檻と折檻と折檻で!俺の人生をねじ曲げられた恨みがあるからな。


 特に、ガキの頃に犬を飼いたいとせがんでも、

 「俺は犬畜生が駆除したい位嫌いでな!!」

 と言われた時の心の傷がまだ深く残っているからな。


 『犬』を『畜生』だぜ?『駆除したい』だぜ?


 これで父がどういう性格か解るってもんだ。

 結局、厳しいを通り越して冷たい心の持ち主なのではないか?という疑念があるのだ。

 父には。



 バサッーー!!



 いきなり、埃を被った段ボールが転げ落ちてきた。


 ゲホッ!ゲホッ!何だこれ?


 俺は段ボールの溜まりに溜まった埃を祓うと、開いて中身を見てみた。


 日記帳?!


 そこには、古ぼけた昭和な表紙の日記帳が何冊か入っていた。


 父ってズボラなイメージだったのに、昔は日記帳をつけてたのか。


 俺は恐る恐る、日記帳を開こうとした。


 あれ?開かないページがある。

 ページとページがくっついている間を調べてみると、青い何かがネットリと固まってひっいていたのだ。


 何だこりゃ?気持ち悪いなあ。


 そうだ、剥がしてみよう。




 びりっ!びりりり・・・



 やば!父の形見が!!破けた!!

 まあいい。父の俺への折檻の事を考えれば、そんなことどうでもいいや。


 俺は、剥がしたページで読める事の出来る日記に記された文章を読んでみた。




 ーーーーーーーーー



 昭和4X年X月X日(日)はれ


 僕は、父さんにおもちゃ屋で買ってもらった青い風船を早速膨らましてペスにあげてみた。


 ペスは風船を鼻で突っついてぽーんと突き上げた。面白い!!


 もう一度、ペスに風船を突いてみた。


 またペスは、風船に向かってジャンプして鼻で突いた。


 僕はペスが突いた風船をトスして、ペスがぽーん!

 また僕はペスが突いた風船をトスして、ペスがぽーん!


 楽しい!!僕はペスと風船で心ゆくまで遊んだ。



 ーーーーーーーーーー



 へぇーーー!!父はかつて犬を飼ってたんだ。

 「犬畜生は嫌いだ!!」

 と豪語した父がねえ?まさか。


 と、するとこのページに引っ付いた青い塊は・・・経年劣化して硬化したゴム風船?


 よーく見ると、劣化したゴム風船に犬の毛が所々に引っ付いていた。

 あれはきっと、父が飼っていたペスという犬の毛ではないか?



 ーーーーーーーーー



 昭和4X年X月X日(水)くもり


 僕は学校から帰ってきて、またペスとこの前膨らました風船でまた遊んだ。


 ペスったら、牙を剥き出して風船を突くんだもん。


 風船がぱーん!と割れてビックリした!!


 ペス驚かせないでよ。



 ーーーーーーーーー




 ははーん。さては、この風船はペスが誤って割っちゃったゴム風船なのか。



 他にも、違う劣化した風船が挟まれたページでも、他の日記でまた劣化した風船が挟まれたページでも、父が犬のペスが風船と遊んだ事を日記に記していたのだ。


 俺は最初に書かれた日記を読んでみた。



 ーーーーーーーーー



 昭和4X年X月X日(木)あめ


 僕は、ゴミ捨て場に段ボールに入って捨てられた子犬を家に持ち帰ってきた。 


 しかし父さんが、

 「犬畜生なんか飼って家内が狂犬病になったらどうするんだ!!」

 と、僕をひっぱたいて怒られてしまった。


 僕は泣きながら雨の中を子犬を抱いて泣きながら家出しました。


 そしたら母さんが僕を雨の中探していたそうで、母さんは子犬の事を話すと

 「ちゃんと面倒を見るのよ!」

 と約束して、やっと家で子犬が飼えると嬉しかったです。


 でも父さんには僕が犬を飼う事をナイショといつ事も付け加えて。




 ーーーーーーーーー



 俺の父と同じじゃんか!この父の父さんって犬が嫌いって・・・


 でも、昔は父は犬が好きだった事は意外だった。


 捨て犬を拾って飼おうとした事も、厳格過ぎる父とは想像が出来なかった。


 他の日記にも、『ペス』と名付けられてた子犬の成長と一緒に遊んだり散歩をした事を、愉しい筆先で書かれていた。


 父が愛犬のペスと一緒に楽しんできた日々を、俺はいつの間にか追体験してるようだった。


 特に劣化したを挟まれたページは、愛犬とを使って突いたりして遊んでいる愉快さを堪能する事が出来た。

 まるで、ペスが目の前に出てきてを突いて遊んでいるような光景が拡がってるようだった。


 しかし日記の記した日にちがどんどん進んでいき、遂に最後の日にちが現れた。



 ーーーーーーーー



 昭和4✕年✕月✕(土曜日)くもり


 修学旅行の帰りに、いち早く犬のペスと遊びたくて家に戻ったが、ペスがいない。


 それどころか、ペスの犬小屋さえも無い。


 母に呼び止められた。


 「大変よ!!あんたのペスを父さんが捨てちゃった!!

 あんたが修学旅行に行ったのを見計らって、保健所に電話して引き取ってもらったって!!」


 僕は絶句した。

 僕は父が嫌いになった。


 その夜、僕はペスを捨てた父に抗議しようとしたらいきなりぶん殴った上に、ペスの首輪を僕の頬に叩きつけて、

 「この狂犬病め!!」

 と激しく叱られた。


 怒った僕は父と喧嘩した。

 僕の勉強部屋がメチャメチャになり、犬の本が父に引きちぎられ、もう嫌!!


 犬が好きになるがそんなに悪いのか?


 もう犬の事は金輪際封印しようと思います。


 さようなら、ペス。


 ごめんよ、ペス。



 ーーーーーーーー



 日記はこの日にちで途切れていた。


 俺の目から涙が止まらなくなった。


 父の犬嫌いは、愛犬のペスを実の父親に処分され失った悲しみからだった事だ。


 そして、この段ボールにペスとの思い出を記された日記全部と形見のペスの首輪や、ペスと遊ぶ為のゴム風船・・・経年で段ボールの片隅で引っ付いて硬化していた・・・を入れて封印したのだと。



 はらり・・・



 父の日記の間から、色褪せた写真が落ちてきた。


 俺はその写真を見たとたん、ええっ!!と驚いた。


 父のかつての愛犬ペス・・・俺のバルーンリフティングドッグのパートナーの『ペス』と激似じゃないか!!


 これは偶然では無い筈だ・・・

 身体だけでなく、名前も『ペス』というのも完全にそっくり・・・


 俺は犬嫌いの父に逆らうように犬の訓練士になり、バルーンリフティングドッグ・・・出場犬が風船を時間内に何度突けるか競う競技・・・の犬を育成していたのだ。


 『ペス』・・・お前は輪廻転生してきたというのか?!愛する父との血統を受け継ぐ俺に逢いに・・・?!

 父・・・俺と一緒に風船突きたくて・・・?!


 ペス・・・!!お前って奴は・・・!!


 俺は感極まった。


 母さん!!この段ボール持って帰っていいですか?!



 ・・・・・・



 遂に、バルーンリフティングドッグ選手権の日が来た。


 俺のパートナーのペスの首輪は、この日の為に父の愛犬だったペスが付けていた首輪に変えた。


 ペス!!俺の父との先代のペスの分まで愉しもうぜ!!


 俺は大きく膨らんだ青い風船を、高く放り投げた。


 父の先代ペスから受け継いだ黄色い首輪のペスは大きくジャンプして、鼻面を突き上げて、青い風船をぽーーん!と突いた。












 ~父の古い日記に風船と犬~


 ~fin ~

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