日記
もと
ブログ読みました?
12月31日
カウントダウン E35
物販 20時
入場 22時
チェキ 1時半 5
1月5日
ワナレコ着物インスト 15時 5
1月6日
Mハウス A8
物販 17時
入場 18時
チェキ 終了後 5
1月8日
ラルム猫耳インスト 15時 5
1月9日
ファンマ A20
物販 17時半
入場 18時半
チェキ 終了後 5
★ 1月11日 ★
エクス白衣インスト 15時半 5
「このさ、『5』ってナニ?」
「チェキの枚数っすね。CDを何枚買うと何回撮れるってシステムなんで」
「じゃあ同じCD5枚買ってんの?」
「いえ、A、B、Cタイプのジャケットがあって、その3枚を買うとチェキ1枚なんで、15枚買ってますね」
「はあ、同じCDを15枚?」
「一応ジャケット写真が違うんで同じCDは5枚ずつって感じっすね。大丈夫っすか? ハハッ、コーヒー買って来ますね」
押収した彼女の手書きの日記には、こういう暗号みたいなのがビッシリと書き綴られていた。
全部ライブの日程だとかで、これが三年分。赤いペンで書いてあるから、まだ目がチカチカする。やっと最新まで目を通したぞ。
スマホからはブログが見付かっている。ここに書いてあるライブの感想が延々と三年分。後で読もう。
「はい、どぞ」
「どうもありがとう。ほれ、釣りは取っとけ」
「ぴったりっすよ、プラマイゼロっすね、あざっす」
「もうオジサン付いていけない」
「ガンバです、オジサン! いやマジで和田ひよりヤバいっすよ」
「うん、聞いた。だからオジサンは……」
「いやいやいや、逆っすよ。お父さん的な物を求めてるかも、俺もお兄さん的に行きます」
「はあ、はいはい」
コーヒーを飲みながら軽く様子を聞く。逮捕されてから丸一日、和田ひよりは一言も喋っていない。髪をとかすのが好きで、米よりパンを良く食べる。なんだそりゃ。
文字にされた資料は読んだ。和田ひよりは日記に星印を付けた一月十一日に好きなバンドのイベントで、好きなメンバーを刺し殺した。
スタッフとメンバーに取り押さえられるまで傷に口をつけて血を
痴情のもつれか、可愛さ余って、みたいな事かと思ったら連絡先どころか本名も知らないらしい。そういう単純な事でも無いのか。
両親はシンガポールで仕事中、近々帰国する。娘が殺人で逮捕されたってのに近々って、全く意味が分からない。
最後の一口を飲み干して、紙のコーヒーカップを捨てる。
「しかし十六歳女子の心なんてどう掴むのよ、娘ですら分からんのに」
「別に、センパイはそのまんまでイケると思いますよ。偉そうじゃないから頼りたくなります」
「偉そうじゃないから頼る? 褒めてる?」
「はい!」
「じゃあ頑張るわ」
「フフッ、勉強させてもらいます!」
軽口を叩くのは初めての取調べで緊張してるからだ、可愛い後輩が。
喋らないなら全警察官をぶつければ良い、誰か一人ぐらいとは気が合うだろう。後輩の経験値の為に助け船を出すつもりで行こうか。
「こんちわ! あ、こんばんは! 矢野と言います、よろしくお願いします!」
「……下の名前は何ですか?」
「え?! ああ、ユウキです!」
「ユウキ。YU―KIですね、フフッ」
「え? うん、ハハッ、よろしくお願いします、和田ひよりさんね」
「ヒヨでいいですよ」
やるじゃねえか、可愛い後輩。特に何もしてないけどな。もう背中が喜んでる、ここから出たら俺が俺がと騒ぐんだろうな。
これはな、ただ喋りたいタイミングだったんだ。相手がイヤなタイプじゃなければ急に喋り出す、今までにもそういう奴は五万と見てきた。和田ひより、普通の女の子じゃないか。
「じゃあ、えっと、ヒヨ?」
「はい」
「話しを聞きたいなって思うんだけど、なんか喋りたいトコからでイイんです、どうですか?」
「私、あんまり話すの上手くないんです。書いたり出来ませんか?」
「書く……のは、ちょっとアレかな? えっと、どうしよっかな」
「矢野君、地図を出したりするタブレットあるでしょ。あれにメモとか文章書ける所あったんじゃないかな?」
「お! さすがセン……ヒヨ、どうですか?」
「お願いします、ウフッ。書くって私もスマホかタブレットだと思って言ってみたんですけど、ユウキさんの方がお年寄りみたいですね」
「マジっすか? 俺、ヤバ、そっか、書くって、そうなのか、あ、コレです。この画面で、もう好きに、お喋りも大歓迎っすよ」
「……タッチペンありますか? ちょっと反応が悪いかもです」
「あ、はい」
「ありがとうございます。これは簡単に渡してくれるんですね。書く物と同じ形なのに」
あっと叫ぶ間も、止める間もなかった。
和田ひよりは受け取ったタッチペンを自分の右目に突き立てた。まばたき、目に力が入る度にタッチペンの先が上下に大きく動く。
「……うわ」
「救急車、各所連絡、絶対に動かさないように」
「……わ」
「矢野君? 矢野!」
「……はい」
「うん」
大人しく応急処置を受け、搬送された和田ひよりを見送る。
あれは笑ってたぞ、右目から血を流しながら。
ちょうど口の端に流れた血が下唇に伝って赤い口紅みたいだった。笑みが余計に際立ってた。
なんだあれは。
本気でそう思ったし、そうなると思った。
なのに翌日の朝一番で呼び出された。和田ひよりは『ユウキさん』と『ユウキさんにタブレットを教えてあげたオジサン』と話がしたいそうだ。
厄介だな。
「あ、おはようございます。ホントに来てくれるんですね」
「……おはようございます、えっと、大丈夫っすか?」
「はい、すみませんでした」
「いえいえいえ、全然、いいっすよ、いや良くないわ」
「ウフッ、やっぱりユウキさん面白いですね」
「いやいや、あの、もうダメっすよ? 自分は大切にして下さい」
「殺した理由」
「はい?」
「全通してたら、いつもステージから探してるって言われたんです。いつも見てるよって。それってお風呂とかトイレとかも見てるって事ですよね? なんか恥ずかしくて殺しちゃいたくなったんです」
「……なんて?」
「目を刺した理由」
「あ……はい」
「ユウキさんが一番若かったので、今刺したら一番焦るだろうなって思ったんです。女の刑事さんばっかり出て来てちょっと飽きてたし、なんかちょうど良かったんです」
「……マジすか」
大変だこりゃ、何を言ってるんだかサッパリ分からない。
全通、全部通うって事か、そんな事をするぐらい好きなのに、見てるよってそういう事じゃねえだろうよ。
……いや、いま口を挟んだらこの流れが変わってしまうかも知れない、聞けるだけ聞いた方がいい。
「後は何のお話を? 出会いとか聞きたいですか?」
「あ、うん」
「ウフッ、やっぱり秘密。大切な思い出だから……あ、別れた時のお話にしますか?」
「う、うん」
「血が結構出たんですよ。もったいないなって思って飲みました。だから今、私は一人じゃないんです。私の中に、いるんですよ」
「……えっと、いるの?」
「赤ちゃんが。ウフフッ」
「そうなんだ……じゃあ、本当に大事に……」
「嘘つき」
「……え?」
「血を飲んでも赤ちゃんは出来ません」
「……そ、そうだっけ?」
もう限界だ。これは手に負えない、そうだっけじゃねえよ。
「矢野君、そろそろ時間だよ。和田ひよりさん、また何かあったら……」
「オジサン、優しそうですね。私のブログ読みました?」
「優しくは無いですよ。ブログは……」
「女の子とか買わないんですか? 家族はいますよね? 奥さんとか娘さんとか息子さん、いるんですよね?」
なんだこれは、矛先がオレに向いてるじゃないか。どういう……。
「オジサンの家族は、オジサンはどういうセックスが好きですか? 奥さんはどんな髪型ですか? 娘さんは処女ですか? 息子さんは童貞ですか?」
「いや、そういうのは普通だし、知らないな。矢野君、行こうか。面会時間を過ぎると病院は……」
「私、こんなの付けられちゃって動けないんです。何とかしてもらえませんか?」
「それはアナタが自傷行為をしたからですよ。動けな……」
バサッと蹴り上げた真っ白な掛け布団の下は、病院のピンクの寝間着姿だ。
何も着けていない下半身を、脚を広げて見せ付けているらしい。
どうだ、とでも言いたげな、挑発的でギラギラした顔を赤くしている。どういう意味なんだ?
「見ましたね? ウフフッ、見た、見てる、アハハハッ……フフフッ……殺した理由」
「……なにかな?」
「見たのに、結婚はしないって言われたんです。キレイに撮れたのを送ったのに、十六歳になったから婚姻届も渡したのに書いてくれなくて。私、
「そうですか」
「目を刺した理由」
「はい」
「オジサンが優しそうだったから、ユウキさんと結婚しようと思ったんです」
「そうですか」
股を広げたままニコニコと、なんだこの時間は? いや、供述を引き出せたと言うべきか。
本当に面会時間いっぱいになって看護師が来て救われた。
「センパイ、俺、悪い人を捕まえる為に警察官になったんすよ」
「うん」
「……あれ、悪い人なんすか?」
「うん?」
「なんていうか、普通?」
「はあ?」
「いや、まっさらな普通じゃないっすよ? なんか分からなくもないっつーか、一生懸命考えたら理解できそうな気がしないでもないっつーか」
「大丈夫か?」
「ヘヘッ、大丈夫っすよ」
特殊な面会の後は通常業務に追われ、深夜になった帰り道。矢野は先に帰ってるはずだ。大丈夫っすかね、本当に。
歩道橋をのぼりながら、救急車のサイレンに顔を上げる。この幹線道はサイレンの鳴る車がよく通る。
真ん中辺りで見下ろせば、赤と白の光の川だ。
今日までは特に山も谷も無い人生だった。何でもない日々に黒い小さなシミが付いたらしい。
奥さんの髪型? 娘は処女か? 息子は欲しかった。
どうでも良いのに、どうでも良くなくなった気がする。髪は、短かった気もする。娘は十五歳だ、十五歳なら街で補導する子供じゃないか。
まだブログは読んでいない。また呼ばれるだろうから読まなくては、和田ひよりの言葉を……足下がグラッと揺れた気がした。
終わり。
日記 もと @motoguru_maya
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