始まりの歌-4
舞台袖に移動したシキと吟遊詩人は、簡易椅子に座りながら順番を待つ。前の人の演奏だろうか笛の音だろうか、緩やかでしっとりとした音色が聞こえる。
「そろそろ前も終わるか。シキ準備はいいかい」
「うん」
シキは靴を脱ぎ、素足になる。男はシキが先ほどの慌てぶりが収まり、普段通りの落ち着きを取り戻したことを確認して、楽器をケースから取り出して立ち上がる。
「いつも通りで」
「うん。いこう、ししょう」
――
舞台の上はキラメキだった。
灯妖精が様々な色で強く発しているからだ。無秩序に舞台を彩るこの中にメンダコ妖精はいるのだろうかとシキは思いながらライの簡単な前説を聞いている。
シキはきまぐれに灯妖精が青くならないかと思っていると、灯妖精はぽつぽつと青色の比率が増えていく。薄明りに溶けそうな淡い光や青空のような目の覚める青、湖のような澄んだ色など様々だ。大勢の灯妖精の色変化に妖精使いを中心にざわめきがひろがる。
なぜなら契約できている妖精の数が明らかに規格外だからだ。そのざわめきをシキの仕業と知っている酒場の常連たちは声援を送っている。
挨拶が終わり椅子に腰掛けるために移動する男からやんちゃを叱る視線を貰いながらシキは舞台中央より少し前へ歩みを進める。男が脇に寄り楽器を構える。一呼吸置いたあと二人は同時に動き出す。
男の勇ましい旋律にのせて跳ねるように踊る
冒険者ならば誰もがもつちっぽけで大切な英雄譚を語るように歌う
それで満足できずに偉大な夢を追いかけてあっけなく死んでしまう
哀愁のメロディ感情のない無垢な歌声
生き残った者による弔いの歌が観客の静寂に寄り添うように静かにその心へ捧げられる
すすり泣く声が聞こえる
シキは眠るようなポーズで静止する
パラパラと拍手の音が聞こえ終わりかと思ったそのとき
感傷に浸るのはこれまでだと吟遊詩人は弦をかき鳴らす
しなやかながら力強く踊り残されたものを奮起させるようにシキは歌う
シキの歌に反応するように灯妖精も明るい色を称え始める
「ソル」
シキの最後の決めフレーズで灯妖精はオレンジ色の光へ一斉変わる。シキのお願いでもなく一気に変わってしまい、観客や男はもちろんだがシキも内心驚きこの光景に目を奪われながらパフォーマンスを続けているとシキはそのなかに唯一赤色の光をみつけた。
パフォーマンスが終わるや否や急いで観客側へ降りてメンダコ妖精へ駆け寄ろうとする。
観客中央手前辺りだろうか、妖精の方はふらふらと飛びながらシキの手の中に納まると光が強まりシキの意識は再度刈り取られる。
――
意識が覚醒する。いつの間にか舞台の袖にいて手の中にメンダコ妖精が眠っている。
観客だろうか、遠くから一定のリズムで拍手が続いているおかげでイレギュラーな事態でも落ち着きを取り戻すことができた。
わたしは記憶を思い出した。
わたしは捨てられた子どもだった。
乳飲み子の頃に父が死に数日後の寒い日に母が病で倒れそのまま息を引き取った不幸な娘。
村で半端に育てられ飢餓で捨てられたどこにでもいる村娘。
「あぁそういえばトリを押し付けられていたのを忘れておった。困ったな」
それでも思いだした愛情の記憶
二人が歌ってくれた子守唄
「シキ。アンコールなのだが」
「ねぇ、カリマのララバイひける?」
「問題ないが、教えてもいない古い伝承歌だが歌えるのか?…………もしかして記憶が」
「うん。もどった」
「そうか!よかったな」
恰好を崩して喜んでくれる本当に優しい方
歌を教えてくれた師匠で
「うたからでいい?ししょう、あわせられる?」
「こちらは気にせず歌いなさい。腕の見せ所じゃのう」
彼は笑いながら楽器を片手に抱え手羽根を差し出してくれる。わたしはふわふわの羽根に手を重ねてずっと気になっていたお願いのような質問をする。
「いっしょにできる?となりで」
彼ははたと考え込み、一瞬の間を開けて決心したように答える。
「…………いや、うむ。そうだな。シキには話しておくか」
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