始まりの歌-3

「シキ」


シキの身体が揺らされる。どうやらテントの中で机に突っ伏し眠っていたようで、鳥の特徴を持つ吟遊詩人の男に起こしてもらったシキは戸惑いの表情をみせる。


「!?」


「起きたかい?そろそろ出番だが」

      

「…………?」


「――よく眠っていたが、疲れは取れたかい?お水、飲むかね」


男は陶器のコップに水を注ぎ差し出す。シキは混乱した頭で受け取り口をつける。

ひんやりとした水が喉を通り悪夢見心地な脳が現実に引き戻される。






人形師の舞台は夢、だったのだろうか。



「先程からぼんやりしてどうしたんだい?……まさかどこか調子が悪いのか!?」


いつも酒場では揉め事も起こさず感情的な物言いはしない男の剣幕な様子にシキは驚いている。男は気付け薬として度数の高い酒を嗅がせるためにいまにもテントから探しに飛び出しそうだ。


「だ、だいじょうぶ」


シキは男を止めるべく一小節歌ってにこりと笑ってみせた。


「問題ないか、よかった。……すまないね、焦ってしまって」


「ねぼけてただけ……しんぱいかけて、ごめん」


「……調子が悪いときはすぐに言うよう約束してくれ。具合が悪いなら儂だけで出ても構わない」


「だいじょうぶ。やくそく、する。ありがとう、ししょう」


シキは男の手羽根をとり立ち上がる。出入りや立ち位置など最終確認をしながら身だしなみを整える。

男は白を基調にしたシンプルながらも品のいい衣を纏い、彼自身が特徴として持つ美しい瑠璃色の羽根がアクセントになっており男の佇まいも手伝ってオリエンタルな優美さが醸し出されている。

衣服や防具など機能性が優先される辺境の村では二人は老紳士と少女はさながら異国の芸術品のような趣ある出で立ちだ。互いに身だしなみに問題がないことを確認して、シキは赤いメンダコ妖精を頭から降ろそうと手を伸ばす。


しかし、その手は空を切る




「いない」


「何がだい?」


「あかいの」


シキは表情を曇らせながら手でジェスチャーする。

男は腰に手羽根を当てて少し考えてからひらめいたように手羽根をたたく。


「あぁいつもの奇妙な妖精か。そういえばみていないなあ」


「あのこがいないとじょうずにひからないの」


ライの元で研究を続けてはいるが、いまだに赤い妖精でしかお願いを聞いてもらえていない。 最近はもっぱらシキよりもメンダコ妖精をメインに研究が行われている。



「なんだ、そんな心配か。お前さんの歌は光で目立たせなくとも十分魅力的よ」


「でも」


「お前さんに大層なついているんだろう?祭りに浮かれてどこかほっつき歩いておるかもしれん。番が終わったら私が空から探そう」


「……うん」




人形師

メンダコ妖精の不在



不思議な出来事に後ろ髪を引かれながらシキは二度目で初めての大舞台に上がる。



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