第13話 閑話 ミントの休日
ギルドの看板娘、ミントの趣味は料理だ。
「ふんふ~ん」
歌を口ずさみながら、手際よく包丁で野菜を切る。
髪にはカインからもらった髪留めを着けている。一番のお気に入りだ。
汚したくはないから家の中でだけで使用している。
鍋から吹きこぼれる。
あわわ…沸騰してましたね。と鍋の火を止め、料理を続ける。
あっそういえば、オークのお肉少し足りないかな。
今日はミントの家にカインとイブ、そしてメンゼフさんがご飯を食べにくる約束だ。マンゼフさんは誘いはしたが、先約があると断られた。
イブの歓迎会を行うという名目だが、カインに会えるのが楽しみでしょうがない。
――わたしも先輩になったんだ。より一層責任感を持たないと。
カインがギルド職員になる前はミントが一番年下で、ギルド職員や冒険者からもかわいがられた。
何不自由なく働けていた。
そう考えると、カインさんはあれだけ変なうわさが立っていたのに、平然と働けている…自分がカインの立場だと思うと足がすくむ。
カインさんのことちゃんと守ってあげないと。
あの時、守ってくれたんだから…。
◇
これは今より少し昔のお話。
ミントは元々、帝国と共和国の境にある共和国側の村で、自然に囲まれて暮らしていた。
貴族のような華やかな生活ではないが、両親に愛され毎日幸せにくらしていた。
―――ただ、幸せな生活は長くは続かなかった。
帝国と共和国は停戦を結んでいるが、国境線近くでは小競り合いが続いていた、
どちらが悪いわけではないだろう。村が争いに巻き込まれたのだ。
家から金目の物を盗みまれ、抵抗する人間は殺された。
両親はミントと最低限のお金だけ持ち馬車で村から逃げた。
村を燃やした帝国が憎い。憎いが、まずは生活を立て直すために帝国の親戚を頼り帝国に向かった。
その最中、馬車で森を抜けようとすると馬車が盗賊に襲われた。
父が金品だけは差し出し許しを請うが、当時は獣人が奴隷として高値で取引されており、盗賊たちはそれを認めなかった。
父は母にミントを連れて逃げろと叫ぶ。
決心して剣を抜く。
母はミントを抱いて森の中に走り出す。
多勢に無勢。すぐに囲まれる。
盗賊の獲物をいたぶり遊んでいるような笑い声が、母の胸に抱かれるミントに突き刺さっていた。
――追手から逃げられたしやっと森を抜けられる。街まで後少しだ。
極力盗賊に合わないよう森の中を突っ切って走った。
ミントの母は胸をなでおろす。視界には少し遠いが街が見えていた。
なんとか逃げられた。旦那のことは考えたくないが、おそらく絶命しただろう。なんとかミントだけでも親戚の家に届けないと。
森を抜けると、そこには盗賊が数人待ち伏せしていた。
「やっと来やがったな。おせえんだよ。女だから高く売れるぜっ。」
盗賊たちは下品に笑う。その前に、味見でもしないとな。と言い、逃げようとするが髪を捕まれ、倒される。
抱えていたミントは地面に落ちてしまった。
「やめてください。こんなこと。」
母は必死に抵抗するが、男の力には逆らえない。
「抵抗するとおまえの娘を目の前でころすぞ。」
盗賊が母を脅す。母は覚悟を決めた。子を守るために自分が犠牲になろうと。
ミントは逃げ出したかったが、怖さのあまり震えて一歩も動けなかった。
「神様。助けて。」ミントがつぶやく。
その時だった、後ろから火の玉がミントの目の前で盗賊に当たる。
ミントはふり返ると、金髪の少年が盗賊に向けて再度ファイヤボールを放とうとする姿が見えた。
これで助かると思った。
だが、よく見ると少年一人みたいだ。盗賊は3人いて、1人は魔法が当たって倒れているが、まだ2人もいるのだ。戦況は不利だと絶望する。
盗賊がてめえなにすんだよおおおおと叫びながら少年に襲いかかる。
手には剣が握られている。
子どもが大人に勝てるわけがない。人が死ぬ姿は見たくない。ミントは目をつぶった。
剣と剣がぶつかる音と男の叫び声が聞こえる。
―――数分経っただろうか。
音は止んだが怖くて目を開けられない。
もう殺されるんだ。そう思っていた。
「きみ、怪我してない。」
声をかけられ、目を開けるとそこには少年が立っていた。
ミントは言葉を詰まらせる。
はい。怪我してないです。となんとか言葉を発した。
そっかよかったよ。と少年はにこっと笑った。
「よかったわ。ミント。」母がミントを後ろから強く抱きしめながら、少年に何度も何度も頭を下げてお礼を言う。
「いえ。無事でよかったです。僕は帰らないと怒られるので行きますね。10分も歩けば街に行けると思いますし、街道に出れば人も多いので安全ですよ。」
少年はさろうと走り出す。
母が少年を呼び止め、「お金はありませんが、お礼をさせてください。名前は何ていうんですか。」と聞いた。
「僕はカインです。お礼なんていりません。ただ目の前に困っている人がいたので助けただけなので。」
失礼しますと少年は会釈して帰っていった。
死ぬ恐怖から開放されたミントにそこからの記憶はない。安心して眠ってしまったのだろう。
数日後には帝国の親戚の家に母とミントはたどり着いた。
母は働きながら少年のことを探そうとしたが、帝都と街の距離は遠かった。ギルドを使って探す依頼も出したが、結局、見つけることはできなかった。
ただ、毎日のようにカインという子に助けられたのよと母に教えられた。
いつしかミントの中でカインが王子様になっていた。
いつか会える日が来るのだろうか。来たらどうしようと妄想をする毎日を送っていた。
◇
それから紆余曲折あり、ミントはギルドで働き始めた。
先輩の十六夜から最近イグニスの槍というパーティが初級の冒険者の中で飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍していると話を聞いた。
「ほらっ今入ってきたのが、イグニスの槍よ。後ろにいる子の中性的な顔が可愛いのよ。」
ミントは色恋にあまり興味がなかったが、受付に来た少年のことを何処かで見たことがある気がした。
「すみません。このクエスト受けたいのですが、まだ受け付けていますか。」
「はい。大丈夫ですよ。パーティ名と責任者の名前書いてください。」
少年が、クエストを受けるためにパーティ名イグニスの槍。名前をカインと書いた。
…カインっていうんだ。あの少年と同じ名前だ。
ミントは書類から少年の顔に目を移す。
―――あのとき助けてくれた少年だ!!!
ミントは話しかけようか悩んだ。
悩んでいると、後ろの席で座っていたイグニスの槍のメンバーがカイン急げと急かす。
少年はパーティとギルドを去っていった。
まさか、また会えるなんて、でも恥ずかしくて声をかけられない…
その日はすぐに家に帰り、既になくなった母の写真に手を合わせて報告する。
(お母さん、あの時助けてくれたカインくんに会えたよ。すごくかっこよかった。)
◇
―――そんなこともあったっけとミントは独り言をつぶやく。
扉をたたく音が聞こえる。
どうやらカインたちが来たのだろう。
急いで扉を開ける。
そこに立っていたのはカインただ一人だった。
「カインさんいらっしゃい。ってあれっ一人ですか。」
カインは頷く。
「そうだね。今ギルドでイブとメンゼフさんが話をしていて、全員が約束の時間に遅れるのも悪いから、僕だけ先に来たんだ。」
そうなんですね。と言い部屋の中に案内する。
「カインさん先に紅茶でも飲みますか。」
「せっかくだし、いただこうかな。」
カインと二人きりになる時間なんてほとんどない。
それに自分の部屋で二人きりなのは緊張するな。心臓の鼓動が聞こえてくる。
沸かしたお湯で紅茶を入れてカインの前に差し出す。
「ありがとう。ミントさん。」お礼を言い、紅茶をカインが飲む。
ミントもカインの正面に座り、他愛のない話をカインと楽しんだ。
(ああ今幸せだな。こんな時間が一生続けばいいのに。)
―――
数十分はカインと二人で話をしていただろうか。
扉をガンガンとたたく音が聞こえる。
この音は絶対にメンゼフさんだ。
ミントは扉を開ける。
そこには酒を片手に持ち上機嫌なメンゼフさんとイブちゃんが立っていた。
「もう、お酒飲みながら歩いちゃダメって言ってるじゃないですかメンゼフさん! イブちゃんもいらしゃい。料理温め直すから、席に座っててね。」
両親がいない今、ギルドの仲間たちがミントにとって家族だと感じていた。
料理を温め直し、ビールを机に出し終え着席する。
「今日はミントが乾杯の音頭取れよ。」
既に呑んでいるメンゼフさんがミントに言う。
えー良いですよと否定するが、それいいですねっとカインさんに言われると弱い。
「え~今日はお越しいただきありがとうございます。イブちゃん帝国にいらっしゃい。これからもよろしくねっ。それではっ乾杯っ! 」
食事も全部なくなり、お酒も進む。
ミントは楽しくて久しぶりに酔い潰れるくらいお酒を呑んだ。
◇
目を覚ますと、周りはまだ暗い。
いつの間にかベッドで寝ていたみたいだ。
机の上のお皿も片付けられている。
カインさんが気を利かせて片付けてくれたのかな。
優しいカインのことが好きだ。
カインが冒険者の女性たちから好かれていることはわかっている。
好きと言いたいけど、今の関係を壊したくはない。
…もう少しだけ今のままでいいかな。
お酒が残っていてまだ眠い。
ミントは目を閉じる。
夢の中でもカインさんに会えますようにと願いながら眠りにつくのであった。
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