第14話 騒がしい来訪者
ギルド職員になって1カ月は経った。
仕事にも慣れてきた。今日はアシスト制度でダンジョンに行く予定もない。ミントさんと受付窓口に入り、業務をこなす。
<災害>なんて本当に起こるのかと疑問になるくらい帝都は平和だ。不審な報告もない。
なにやら冒険者がザワつく声が聞こえる。なにかあったのだろうか。
自分には関係がないことなので覗いたりはしない。
目線は冒険者のまま、素材受領の手続きをする。説明も終わり報酬を渡す。冒険者は帰っていった。
ミントさんもちょうど対応が終わったようで、ミントさんに話しかける。
「ミントさんこの納品書って届け先変わったんでしたっけ。」
そう言い、ミントさんの方をむくと、目の前に少女が立っていた。
「お兄様。やっと見つけましたわよ。」
妹サナがそこにいた。
長い金髪に、青い瞳。服を見るとどうやら帝国の魔法学校の制服を着ているみたいだ。
2年前、別れも告げずに家を飛び出すまえに見たのが最後だ。少しだけ背も伸びたな。
冷静を装うが、背中に汗を感じる。
「やっやあ。サナ。元気そうだね。」
「元気そうじゃないですわ。お兄様。こんな不義理な兄だとは思っていませんでした。私に…私に黙って家を飛び出して、挙句の果てに元気そうですって。どれだけ…私がどれだけ心配したと思ってますのよ。」
サナがまくし立て。泣き出す。
「おっ落ち着いてくれ。今は仕事中だ。また終わったら話そう。」
後ろから冒険者たちがこちらを見てコソコソと話をしている。
またカインだ。あいつは女たらしだいつも女を泣かせてる。アイツばかりもてやがって。ミントさんといつも近えんだよ。あいつエンリルの弓矢にも手出したらしい。あんな美女を。うらやましい。
噂話と陰口、全部聞こえるぞ。顔覚えたからな。
「とっとにかく、一旦控室で待っていてくれ。もう1時間もせずに仕事も終わるから。」
「分かりました。私もポーン家の令嬢としてそこらへんはわきまえております。」
仕事場に押しかけて、プライベートの話をしている時点で、わきまえてはいないと思うぞサナ。
「ミントさん控室お借りしますね。ほら行くぞサナ。」
サナを控室に案内する。
「そこに座って。後1時間ほど待っていてくれ。」
返事を聞いて、何もするなよと言い。そのまま受付に戻った。
部屋から戻ると、冒険者からの視線が痛い。戻ってきたカインの姿を見つけると、誰も言葉を発しないのは辞めてほしい。
気を利かせてミントさんが話しかけてきた。
「カインさん。妹さんいたんですね。」
「ええ。まぁ。ちょっと家庭内複雑で。2年ぶりに会いました。」
「カインさんに似て奇麗な子でしたよ~」
「そうなんですね。奇麗かどうかはわかりませんが、よくお見合いの申込みは来ていたみたいです。」
「まだ営業時間内です。受付終わらせちゃいましょう。」
「次の方どうぞ~」
遠巻きにカインを見ていた冒険者も、観察することをやめ動き出したみたいだ。
受付に来た冒険者はニヤニヤした顔でよっこの色男と茶化してくる。
僕が不幸体質なのはあるかもしれないなとつぶやき。
また噂されるなと思い、深いため息を付いた。
◇
鐘がなり、ギルドの営業も終わりだ。
いつもならすぐに帰れるのだが、今日はサナと話さないとな。
憂鬱だ。
「サナ。おまたせ。今仕事終わったよ。」
「お疲れ様でした。お兄様、サナは悲しいのです。」
サナが続ける。
「2年ぶりの感動の再開ですのよ。昔みたいにハグをして奇麗になったねとか言うものじゃありませんの? 隣りにいる女とは仲良さそうに話しているのにサナは可愛いとおもいませんのっ。」
「公共の場では普通しないだろっ。」
要約すると、寂しかったということなのだろう。
ミントさんが気を利かせてサナに話しかける。
「サナちゃん。はじめましてカインさんと同僚のミントです。何か飲みますか。紅茶ありますよ。」
サナが椅子から立ち上がり挨拶をした。
「私はサナ=ポーンですわっ。お兄様の妹です。愚兄がいつもお世話になっております。」
お辞儀をして、紅茶いただけますかと返す。
じゃあ私紅茶入れてきますねと言い、部屋を後にした。
「お兄様、もう家には帰ってきませんのっ。」
「何も言わないで家を出ていったのは悪かったよ。だけどもう帰れない。」
ポーン家にあのまま居続けることはできなかった。サナに別れを告げなかったのは申し訳ないが、事情があったのだ。
だが、サナにそれを伝えることはできなかった。巻き込みたくなかったんだ。あのままポーン家にいたら、恐らく殺されていたか異国に売り払われていただろう。
長男がいるから、妾の子なんてポーン家には必要ない。
父アルベルトはそういう男だ。
…沈黙の時間が流れる
「決意は固そうですね。」
寂しそうな顔でサナがポツリとつぶやいた。
「分かりました。私も大人のレディです。お兄様が決めたことに反対はしません。ただ、可愛い私を二年間もほおっておいたことの償いはしてもらいますわっ」
「償い…大げさだなっ。なにをしてほしい…」
そういうとサナは立ち上がりカインの目の前に経ち言葉を遮るようにカインにハグをした。
「いっぱいお兄様に甘えさせてください。」
抱きつかれたカインはサナの頭を撫でる。
「寂しい思いさせてごめんよサナ。オレも色々なことがあったんだよ。それにサナは大きくなったね。」
「成長期ですもの。今月から帝国魔法学校に通うのですよ。ああ…お兄様の匂い懐かしいですわっ。」
汗もかいてるし匂いをかぐのは辞めてほしい。
「そうか。昔からサナは魔法得意だったもんな。そろそろミントさんも戻ってくる。離れてくれサナ。」
「あらっやましいことは何もしていませんわ。もしかして、ミントさんのことが好きで、お付き合いしていますの? 」
ミントさんのことは人として好きだが、お付き合いしている訳では無い。
「違うよ。一応ここギルドだからね。」
「うふふ。お兄様が変わっていなくてよかったですわ。相変わらずお優しい。この2年間ずっと寂しかったの。父からはカインに関わるなと言われていましたが、執事にこっそり調べてもらって、帝都の冒険者ギルドで働いていると聞いて飛んできましたの。」
「そうなのか。でも門限もあるだろ。そろそろ帰らないと家に着くのは夜遅くなる。父上に怒られるぞ。」
帝都からポーン家までは馬車で1時間以上時間を要するはずだ。
「いいえ。先日から魔法学校の寮に住んでおりますので、問題ありませんわ。」
「そうか。だから街までしか外出させてもらえなかったサナが帝都に居るんだな。」
「はい。そのとおりです。」
話をしていると、メンゼフとミントが部屋に入ってきた。メンゼフの手には酒。ミントの手には紅茶が入っているティポットが見える。
「カイン、またかわいい女連れてきたらしいじゃねえか。」
メンゼフさんを嫌いな冒険者はいないガサツなところはあるが優しく親身になって話をしてくれる。ただ話す内容はおじさんの会話そのものだ。妹のサナに聞かせる話ではない。絶対に。
「お兄様、またってこのひげの御方が言いましたが、いつも女性を連れ込んでいますの。」
サナはそう言い。カインをにらむ。
「いやそんなことはないよ。こちらはマンゼフさん。ギルドマスターだよ。」
あらっそうですのと言いカインから離れ、サナが挨拶をし、メンゼフも挨拶を返す。
「それにしてもポーン家の人間は礼儀正しいな。しっかり躾してやがる。さすがはアルベルトの子どもだ」
「父と親しいようですわねっ。」
「なに昔からの知り合いなだけさ。今日もさっきまで帝国議会で話していたところだ。」
そうですの。とサナが言いうなずいている。
「まあ立ち話もなんだ。座って話でもしようや。ミントが入れてくれた紅茶でも飲みながらなっ。」
メンゼフさんが僕にだけ見えるようにウインクをした。気を使ってくれてるのだろう。ありがたいと思うが酒を片手に言うことではない。
ミントさんが紅茶を入れてくれる。すごく美味しい。
一応僕だけがこの場にいる全員と知り合いなわけだ。話さないといけないが何を話せば良いのか思いつかない。悩んでいると、サナが少し心配そうな顔で質問した。
「お兄様は皆様に迷惑をかけていませんか。」
「いや、迷惑かけてるのはむしろこっちだ。カインはよく働いている。こいつがいねえとギルド回んねえくらいだっ」
ガッハッハとマンゼフさんが豪快に笑う。
「そうですのね。こんなに穏やかそうな顔をしたお兄様を見れて安心しました。家にいた頃は思い詰めたような顔しかしていなかったので。」
「サナ……」
ポーン家にいた頃は味方が誰もいなかったからな。
サナにも心配をかけた。
「皆さんも良い人そうですし、一安心です。」
席を立ちサナが続ける。
「寮の門限がありますので、そろそろお暇しないと。お兄様、送ってくださいます。」
「マンゼフさん、ミントさんどうかこれからもカインお兄様をよろしくお願いしますわっ。」
深々と頭を下げるサナ。
「もちろんだ。いつでもギルドに遊びに来いよっ」とマンゼフさんが言い、
「はいっもちろんです。」とミントさんは言った。
「僕もサナを送ってそのまま帰宅しますね。お疲れ様でした。明日もよろしくお願いします。」
◇
ギルドを出て学校方面へあるき出す。
「お兄様、一つ聞いてもよくて。」
「なんだい。サナ。」
「いまお付き合いをしているのはあのミントさんなのかしら。それとも別の人? 」
深刻そうな顔をしていると思えば、なんだそんなことか。
「いや。今お付き合いしているひとはいないよ。ギルドで働き出したばかりだしそんな時間もなかったから。」
「そうなのですね。」
嬉しそうにサナが言う。
「サナは好きな人いないのかい。」
「ええ。いますが結ばれることはないでしょう。私は父上が指名したお方と結婚することになると思います。」
「そうか…。貴族だからしょうがないとも思うが、兄としては好きな人と結ばれてほしいな」
「穏やかで優しかったお兄様で安心しました。」
クスクスと笑うサナ。
「お兄様、小さい頃、庭園の二人でよく会っていた秘密の場所でした約束覚えていますかっ。」
約束……。
なにか約束しただろうか。
「庭園でいっぱい話したことは覚えているよ。どの約束だったっけ。」
「覚えていませんのねっ」
悲しそうな顔をするサナ。
何を約束したのか全く覚えていない。
「あの嵐の日のことですわっ。」
―――思い出した。
あの日はサナの7歳のお披露目会。社交界デビューでサナは緊張していたのだろう。あの日、サナは緊張のあまり館を飛び出して秘密の場所で隠れて泣いていた。嵐が吹いている日で皆で捜索したっけ。
秘密の場所でうずくまっているサナをカインが見つけ、連れて戻ろうとしたけどグズっていた記憶だ。
「その時お兄様、私と結婚してくれるって言いましたのよっ。」
なんとかしようと思って、イエスを返した。
そんな昔のことよく覚えているな。
あのときに比べて、サナは立派になった。背も伸びたし、ポーン家の貴族を全うしている。
「思い出した。あの時に比べると立派な大人になったな。サナ。」
サナが満面の笑みを浮かべる
同じ父を持つ二人だ。結婚できるわけがないが、二人だけの約束を思い出したことが嬉しかったのだろう。
「結婚は立場上できませんが、これで許してあげますわっ。」
サナが近寄りカインの唇にキスをする。
「お兄様。ここまで送ってくれてありがとうございます。寮まですぐですので、ここで失礼致しますわっ」
両手で制服のスカートの端を少し持ち上げ、会釈して、走り出すサナ。
唖然としているカインを残し、サナは寮に入っていった。
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