第2話 ようこそ冒険者ギルドへ

 「母さん。今日はいろんなことがあったよ。」


 今日はいろいろなことがあって疲れた。母の唯一の形見であるブローチを握り締めながら1日を振り返る。


 (それにしても、ルークたちの仕打ちには驚いた。それにパーティのみんなも要らないと思っていったなんてショックだった。でも、メンゼフさんたちの優しさには救われた。落ち込んでいる人の力になれる強い人間になりたいな。)


今日は本当に疲れた。早めに寝て明日からギルドでの仕事を頑張ろう。


――――――


 「時間だしそろそろギルドに向かうか。」


 起きて数分で出かけられる準備を済ませる。この習慣は冒険者特有の職業病と言っても過言ではないだろう。


 早速ギルドに向かおう。どんな雇用形態でも拾ってくれた期待に応えないとな。


「よく来たなカイン。とりあえずソファーにでも掛けてくれ。」


 お礼を言いソファーに座る。それにしてもメンゼフの声は大きい。おじさんでもこんなに元気がいっぱいなのはなんでだろう。それにしても、メンゼフ、マンゼフの二人がニヤニヤしながらこちらを見ているのは気になる。


 「ほら。この紙がギルド職員の契約書だ。確認してくれ。」


 紙を机から引っ張り出す。


 そこには、ギルド職員の待遇が書かれていた。それにしても字が汚い。これでよくギルマスが務まるなと笑みがこぼれる。


 月給50万PYN。週休2日。


 この金額には驚いた。高給取りで憧れの職業1位の帝国騎士でもこの半分の金額だろう。これだったら家族も数人は養えるしなんだったら執事だって雇うことができる。


「こっこんなに高級な額を毎月もらっていいんですか。」


「カイル、おまえはそれだけの能力を持っている。それだけじゃねぇ下も見てみろ。」


 紙の下の方を見てみると…なになに。成果報酬と書いてある。


 「そう成果報酬だ。基本的にギルド職員はサポートが主だから、冒険者に優先して依頼は受託することはできない。それに、依頼をこなしても基本報酬はもらえない契約だ。その代わりに成果報酬として魔物のコアや剥ぎ取った素材の買取。依頼の難易度に応じて基本給にプラスされる。」


 「こんな金額は普通に働いてもらえる金額じゃありませんよ。どんな難易度の高い依頼が来るんですか。僕にこなせますかね?」


 矢継ぎに質問する。さすがにこの待遇は裏がなにかあるんじゃないかと疑ってしまう。


「なに<普通>の依頼だよ。それよりカインこの水晶に手を当ててみろ。」


 言われたとおりに水晶に手を当てる。この水晶は能力やレベルを測る魔法具だ。高級なもので下手したら一国を買える金額だろう。


 水晶がパッと光り、ステータスが表示される。


 「見てみろ。若えのにレベルも47と高水準だ。能力も平均して高い。全ての能力がBクラスだ。」


 「はい。能力が低くてパーティを追放されましたので。自分自身。それくらいの能力である認識です。」


 「何言ってんだ。おまえの元パーティメンバー、例えばルークでも力と防御力はトップクラスのAクラスだ。だが、他の能力に関してはDクラス。よくてもCクラスくらいだろう。まっ他のメンバーも同じような感じだろうな。」


 あくびをしながらメンゼルさんは言葉を続ける。


 「つまりカイン。おまえは<イグニスの槍>の全員より劣っているが、全員より総合値では上ってこった。いや本当に助かるぜ。これでギルドが受けられる依頼の幅も広がる。なにせギルドは常に人不足だからな。」


 メンゼフは言い終えるとブハハハと声を大にして笑った。それにしても、よく分かるような、わからないような理論だ。


 「そうなんですね。能力に関してはまだまだ未熟なので精進します。とにかく一生懸命働かせていただきます。」


 頭をカリカリとかきながらギルドマスターのメンゼフが答える。


 「おう。力を貸してくれ。とりあえず3カ月はやめないでくれよ。人材が不足してるったらありゃしねぇ。今日の仕事に関しては、ミントと一緒に受付を担当してくれ。後のことはミントに伝えてある。頼むぜゴールデンルーキー。」


 「はい。契約書サインさせていただきます。メンゼフさんマンゼフさん今日からよろしくお願いします。」


 契約書にサインしあいさつをして部屋を出た。まずはミントさんを探さないと。初日だし気合を入れようと深呼吸してから一階に降りる。


 階段を降りるとミントが受付から声をかけてきた。


 「カインさん、メンゼフさんから全部聞いていますよ。一緒に働けて嬉しいです。私が教えますので分からないことがあれば何でも聞いてくださいね。」


 ミントさんはもふもふの耳が特徴の獣人だ。身長は150cmくらいだ。ミントさんは年齢も若くギルドの看板娘だ。愛想が良くてすごくかわいい。人懐っこい性格で、すべての冒険者から好かれていると言っても過言ではないだろう。


 「改めて自己紹介しますね。私はミント=リンスカムです。年齢は秘密ですがカインさんよりお姉さんです♪戦闘は得意じゃないので事務と経理などを担当しています。本当にカインさんと働けるなんて嬉しいです。」


 しっぼがパタパタ動くのは獣人の性質なのだろうか。


 「はい。カインです。足を引っ張らないよう精一杯がんばります。ご指導お願い致します。」


 「そんなに肩肘張らなくてもだいじょうぶですよ~。なんせ、あのギルマスと副マスも絶賛していますから。」


 ギルドのメンバーの期待が高すぎて胸が痛む。


 「それに…カインさんイケメンなので一緒に働けて幸せです……」


 ぼそっと言われたので聞き取れなかったが、とにかく期待に答えないとな。


 「実は、メンゼフさんマンゼフさん、わたし以外にももう二人ギルド職員はいるのですが、今は出張中なので、私が主に受付と雑務諸々を担当しています。カインさんもわからないことや何かあったら頼ってくださいね。あと…少し伝えづらいのですがマンゼフさんがカインさんのことを『かわいいかわいい』と言っていましたので注意して下さいねっ」


「わっわかりました、気をつけます。」


 ギルマス室での会話中もずっとマンゼフさんがこっちを見ていた。そんな理由があったからだとは。そう言われると、たまに目が合うとすぐにそらされてたな。気をつけないとあいにくそういった趣味はない。


 「早速ですが、まずは事務室で書類作業をお願いします。依頼主からの依頼内容を依頼書にまとめ作業です。まとめたのはギルマスが確認して承認。冒険者に告示して募集をかけます。いっぱいたまっているので今日は30枚ほど作成していただけると助かります。」


 これは骨が折れるな。と目の前の書類の山を見てつぶやく。


 机に目をやると依頼者からの依頼が机に山のように積み重なっている。これを全部依頼書にするには普通に作業すれば数日は時間がかかるだろう。


 ダンジョンへの挑戦は命がけだ。よほどの命知らずじゃなければ自分でダンジョンに入り、素材を手に入れようとは思わない。必要なものはギルドに依頼することで、冒険者を使って手に入れるのが当たり前なのかもしれない。


 こうやって骨が折れる作業をこなすギルドがあることで、冒険者にとっても依頼者にとってもうまく回るようになっているのだろう。


 具体的な書類の書き方をミントさんは教えてくれた。「依頼者の名前・必要な素材・期限・募集条件・特記事項・クエストの難易度・報酬」が必須項目みたいだ。


「募集条件は冒険者の依頼を受けられるランクです。特記事項は特定のパーティへの依頼など。クエストの難易度はこの『ランク表』にまとめていますので、そちらを参考にF~Sクラスまで振り分けてください。まずは一つ私がお手本で依頼書を作りますね。」


 ミントはクライアントからの依頼の手紙と難易度が書かれたランク表を指で確認しながら依頼書に書き込んでいく。


「このクエストだと<薬草の回収>でランクはFランクですね。特記事項もなし。期限は月末まで。すべての項目を記載すれば作業は完了です。書類はこちらの箱に入れて下さいねっ。まとめてギルマスの認証をもらいにいきますので。」


なるほど。今までパーティで依頼を受けてきたので大枠は理解できた。


「ざっとこんな感じです。私は受付に戻りますので1時間ごとに休憩しながら今日は30枚は目標に作ってくださいね。カインさん分からないことがあったらお姉さんに聞きに来てねっ。」


――――――

【依頼書】

・クエスト名:薬草の採取

・クエスト詳細:薬草を最低ロット10。最高で1000まで。

・依頼者:商人ギルド十六夜

・期限:月末まで。早ければなおよし。

・報酬:1つあたり10PYN

・クエスト難易度:F

・条件:ランクF以上の冒険者。職業不問。


――――――


 「頑張ってくださいね~」ひらひら手を振りながらミントは受付に戻っていった。



 早速取り掛かりますか。なになにこの依頼は<赤龍の逆鱗>を求める依頼か。赤龍は50Fのボスで耐性がすごくてかなり苦戦して死にかけたっけ。気性も荒く好戦的で、物理攻撃も魔法攻撃も強い。雷の呪文を使えるパーティじゃなければ達成は不可能だな。難易度はBくらいか。念の為、ランク表で確認。ビンゴやっぱり難易度Bだ。


 こんな感じでどんどんこなしていこう。依頼の山に目をやるとゆうに数百枚はあるな。これは効率を上げるために魔法ブースト<筋力強化>で動くスピードをあげますか。



 依頼書をまとめる作業を始めてからどれくらいの時間が経っただろう。時計に目をやると2時間くらいだろうか。さすがに疲れてきた。書類の山も半分に減ってきた、もうひと踏ん張りってところか。


 コリを取るように肩を回すストレッチをしていると、タイミングでミントさんが事務室に戻ってきた。


 「ミントさん書類作成けっこう進んだので、念の為確認してもらえますか?」


 「はい。もちろんです。そろそろ少し休憩してくださいね~。ってどれだけスピード速いんですか!!!」


 ミントは作成が完了している書類の山を見て驚く。


 「今からチェックしますけど…完璧ですね。こんなに早く作業ができるなんて今日は初日だから30枚くらいでも十分なのに、その10倍は終わらせてるなんてカインさんすごすぎます。」


 「いえ。たまたまですよ。それに今日中にはなんとか依頼の山を片付けられそうですよ。」


 「さすがカインさんですね。驚きです。完璧です。間違いがひとつもありません。」


 ミントさんの書類を確認するスピードもすごく速いと思うんですが。


 「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです。実は作業スピードを上げるために筋力強化を使いました。ズルしたんです。」


 「<筋肉強化>って普通は数分くらいしか持たないと思うのですが…カインさんほんとうにすごいです。さすがはS級ランカーですね。」


 S級という言葉を口に出し、ミントさんがしまった。と気まずそうな顔でこちらを見ている。


 「いえいえ。たまたまですよ。S級だったのもパーティなのでぼくが凄いわけじゃないです。この調子で残りも終わらしちゃいますね。」


 「あぅぅ。デリカシーがない発言してしまってごめんなさい。今日はここまでにしてもらって。今ギルマスが帝国に呼ばれていて人の手がいくらあっても足りないので、受付の方を手伝ってもらえますか?」


 ミントさんのしょんぼりしている顔もかわいい。


 「はい。大丈夫ですよ。受付手伝いますね。」



 ギルドの受付は単純に言うと、主に2つに分類される。1つは冒険者が受託するさる際に受託できるランクに達しているかの確認。注意事項などの説明業務だ。もう1つは依頼の完了報告の確認。報酬の支払いだがこちらはマンゼフさんが対応している。


 今日は受付で依頼の受託に関する業務を担当した。


 「こちらの依頼は<ゴブリンの5体討伐>です。<銀色の牙>さんはEランクなのでこのクエストは受けられます。念の為説明するとゴブリンはダンジョン5F~10Fに出現します。ゴブリン1体だけであれば普通に倒せると思いますが、徒党を組んでいる場合は、知恵を使ってコンビネーションで攻撃してくるので注意してくださいね。討伐の証明になりますのでゴブリンの耳を持って帰ってきてください。」


 依頼者は兄妹でパーティを組んでいる<銀色の牙>らしい。たしかに依頼の難易度としてはEクラスと決して高くはない。ゴブリンの性質上群れることが多い。駆け出しの冒険者が2人でこなすには少し骨が折れるだろう。


 兄のヤマトが不思議そうな顔でにこちらを見あげている。


 「丁寧に説明していただきありがとうございます。討伐依頼を妹と受けるのは初めてなので不安で。ぼくらでこのクエスト達成できると思いますか?」


 「うん。そうだね。無理をしなければ問題ないと思うよ。ただ無理はしないようにね命は一つしかないから。ゴブリンの討伐は誰しも駆け出しの冒険者は通る道だし、心配だったらギルドが主催してるアシスト制度を利用してみたらどうかな。上級者がクエストを見守ってくれるしアドバイスもらえるし、何かあったら助けてもらえるよ。」


 「そんな制度があるんですね。さっそく申し込んでみます。ほらカエデもお礼を言って。」


 「あっありがとうございます。」


 「僕も駆け出しの頃はこのアシスト制度を利用したし恥ずかしいことじゃない。なにより命は一つしかないからね。」


 昨今、冒険者ギルドでは冒険者の死亡率が問題になっている。冒険者という生き物は僕を含めて難易度が高い依頼を受けたがるし、ダンジョンの奥深くまで行きたくなるものだ。


 特に駆け出しの冒険者の死亡率は高い。冒険に少しでもなれてもらい教育を強化しようとするのがこのアシスト制度だ。


 「申し込むのであれば、こちらの申込用紙に紙に書いてください。」


 何組も受付対応することで少しずつ慣れてきた。冒険者だったからこそ知り得たであろう情報もアドバイスもできたと思う。それにしてもこの目まぐるしい忙しさ。まさに激務だ。


 正午の鐘がなった。帝国の鐘は街のどこにいても聞こえてくる大きな音だ。鐘がなると、横で受付をしていたミントさんが話しかけてきた。


 「伝え忘れたかもしれませんが、ギルドの正午から一時間はお昼休憩の時間です。カインさんもしよかったらランチでもいきませんか?」


 「いいわねぇ。わたしもいくわよ。」


 マンゼフさんがいつの間にか僕の背後に立ち言葉を発する。無意識に背後を取られるなんて。この人は色んな意味で恐ろしい人だ。


 「はい。ぜひご一緒させてください。」


 パーティにいた頃はダンジョンでは寝食をともにすることが当たり前だったし、ギルドでもともに働く仲間と食事に行けるのはすごく楽しみだ。


 「わたしはカインさんと二人で行きたかったから誘ったんですよ~」


 頬をむくっとするミントさんはとてもかわいい


 「細かいことは良いじゃない。ほらさっさと準備しないとギルド行きつけの食事処明けの明星埋まっちゃうわよ。今日はお祝いに私がごちそうするわ。」


 マンゼフさんごちそうしてくれるのはとてもありがたいのですが、お尻触りながら言うセリフではありません。


 仲間たちとガヤガヤしながらの食事も良いものだなと思いながら、カインらは<明けの明星>に向かっていった。

 

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