第3話 冒険者ギルド労働初日

 食事処<明けの明星>では話しに花を咲かせた。ミントさんマンゼフさんもすごく優しいギルドに関するいろいろなことを教えてくれた。ギルドは午前中はクエスト依頼が多いこと。午後は完了確認の業務が多いこと。最近ギルドで話題になっているパーティなど話としては多岐に渡った。


 お昼からはマンゼフさんとともにクエストの完了確認と素材の検品作業を手伝うらしい。


「カインちゃんは冒険者だったからわかると思うけど、素材の検品作業と完了確認がギルドで一番だいじな作業と言っても過言ではないわ。完了していない状態で完了のスタンプを押しちゃうとお客さんに迷惑がかかっちゃうし、ギルドの質が下がるからしっかりと頼むわね。」


 まっ素材をごまかすような輩はわたしが締めるけど。マンゼルさんが首をコキコキと鳴らす。


 「今日は初日だし、カインちゃんが受付して頂戴。素材の検品は私が主にやるから。」


 適当に頼むわね。分からないことがあったら聞いてちょうだい。とぽんと肩をたたき検収室へ入っていった。



 受付をこなしていると、見知った顔の男が話しかけてきた。顔を見た途端、背中に嫌な汗をかく。


 「おう。カインじゃねえか。こんなところで働いてたのか。無職を満喫しているかと思ったぜ。」


 ニヤニヤしながら嫌みを言うのはイグニスの槍のパーティリーダーのルークだ。


 「相変わらず性格が悪いなルーク。それでギルドに何しに来たんだ。」


 「90Fに挑戦する前に、おまえの替わりにイグニスの槍に新しく入ったメンバーを紹介しようと思ってな。盗賊のニコラだ。カイン。お前と違ってニコラは俊敏性が高いから活躍してくれそうだぜ。」


 「はじめまして。盗賊のニコラです。無能なカインさんの替わりに新しくイグニスの槍に参加しました。もう会うことも話すこともないですが、よろしくお願いします。」


 皮肉たっぷりの自己紹介をしてくるのは新メンバーのニコラらしい。イグニスの槍の槍のパーティ構成を考えると必要なのは絶対的に前衛のはずだ。盾役がいなくてあれだけボスに苦戦していたことを覚えていないのか。


 「てっきり僕の代わりに前衛の盾役を加入させると思っていたけど、どちらかというと後衛役の盗賊を入れたんだな。」


 「はァ? なにえらそうに言ってんだよ。無能が俺に意見しようってのか。」


 「いや。意見するとかじゃなく。事実だろう。」

 

 「俺はなカイン。1から90Fに到達するパーティを作ってきたんだよ。おまえごとき、ギルド職員のザコが偉そうに口出すんじゃねえよ」


 「少なくとも、前衛はルークと戦士アパムしかいないんだから、これ以上後衛を入れても破綻するだけだろう。90Fは下見だと古龍が3匹は出現するはずだ。盾役が2人しかいないのにどうやって攻撃を防ぐんだ。」


 「そうですよ。無能のくせにいちいち口をはさまないでください。嫉妬ですか。」


 ニコラも便乗して攻撃的な言葉を投げかけてくる。正直少しでもイグニスの槍に戻りたい気持ちがなかったかと言われればうそになる。その気持ちも一切消えてしまった。もう勝手にしてくれ。


 隣の窓口で心配そうな顔をしているミントさんが会話を遮った。


 「カインさん、もうほおっておきましょうよ。今はギルドの仲間なんですから。ルークさん、ニコラさん依頼受付は終わったんですからあまり業務の邪魔しないでくださいね。ギャラリーもできていますし。」


 他の冒険者もNo.1パーティである『イグニスの槍』のけんかには興味津々のようで皆に好奇の目で見られている。


 「カイン。謝るなら今のうちだぞ」


 今にも剣を抜きそうな剣幕でルークがにらむ。


 「僕がなにを謝るんだい。イグニスの槍の活躍を応援してるよ。」


 「すまし顔ですけど、この人めちゃくちゃ悔しいんですよ。なんせイグニスの槍を無能だからクビになったんですからね。ルークさん日も暮れちゃいますし、はやくダンジョンに行きましょう。他のメンバーも外で待ってますから。」


 追放されたのは事実かもしれないが、何を後悔することがあるのだろうか。一切話し合いには応じなかったのだからなにも後悔する要素はない。今はギルドの仲間もいるんだから。


 「そうだな。まあ頑張れよカイン。せいぜいギルドでは足引っ張んなよ。またクビになったら荷物持ちとして雇ってやってもいいぜ。」


 ルークは捨て台詞をはきニコラとギルドを出ていった。遠巻きにこちらを見ていた他の冒険者たちがカインはクビになったといううわさは真実だったんだと話をしているのが聞こえてくる。


 ルークがいなくなるとミントさんが泣きそうな顔でつぶやく。


 「カインさんはわたしたちの仲間で、無能でもなんでもありませんから。そんな事を言う人は私が許しませんよっ。」


 怒っているミントさんの顔もかわいい。


 「ミントさんありがとうございます。僕は全然気にしていませんから大丈夫です。それより、イグニスの槍は90Fは攻略に失敗しますから。そちらのほうが心配です。」


 「?? 攻略失敗するってなんで分かるんですか? 」


 「いいですかミントさん、前提としてモンスターは人間より強いんです。だからこそわれわれ冒険者はパーティを組んでダンジョン攻略をしています。もし人間より強い敵で数がパーティ人数より多い場合はどうすれば敵を撃破できると思いますか。」


 「どうするんですか。」


 「さまざまなシチュエーション。敵の特性によりますが、部分的に数的有利を作りだし各個撃破が一番手っ取り早いです。全体を相手にしてると能力差で押し切られますから。」


 「なるほど~さすがはカインさんですね。」


 ミントさんは腕を組みふむふむ言いながら話を聞いている。


 「それに。イグニスの槍はパーティ全員個性が強く、協調性があるタイプではないので…たぶん90Fまでいくことも危ういかもしれません。」


 「すごい分析ですね。たしかにそう言われるとそんな気がします。」


 数年間組んでいたパーティだ。うまく切り抜けてほしいとは思うが。


 ミントさんが「ザワザワしていて今は誰も受け付けに来ないと思いますの。念の為、副ギルマスのマンゼフさんに報告しておきますね。」と言い検品室へ移っていった。


 周りを見渡すと物珍しいものを見る目でこちらを見ている。確かに、こんな状態の僕に話しかけられる勇者はいないだろうなと納得の雰囲気だ。



 先程の騒動から数分たっただろうか、やはり遠巻きにこちらを見ており誰も受付にはこない。


 そんな中、「今、受付しても大丈夫かしら。完了確認をお願いっ。」とB級冒険者<エンリルの弓矢>のパーティが申し出てきた。依頼書を見ると40Fのボス骸骨ロード討伐で、ドロップアイテム骸骨ロードの刃を検品してほしいらしい。


「間違っていたら申し訳ないけど。あなた、イグニスの槍のカインさんよね?」


「はじめまして。はい、カインです。」


「やっぱり。カインさんと話してみたかったのよ。わたしはエンリルの弓矢のリーダーミナト。あなたイグニスの槍を追放されったってほんとう?」


「…はい。今はギルド職員としてお手伝いをしています。」


「ルークたちが偉そうに、カインは無能だから追放してやったっていろいろなところで言いふらしてるわよ。」


 うわさをされることは多少はしょうがないとは思っていたが、まさかこんなに早くうわさになってるなんて。


 「もしよかったらなんだけどさ、わたしたち『エンリルの弓矢』とパーティを組まない? シンラもユキナもカインさんと一緒にダンジョン行きたいって話をしていたのよ。カインさんはすごいっていつも話題にしてたわ。」


 『エンリルの弓矢』はエルフの女性3人で組んでいるパーティだ。強くてかわいいエルフ3組だと冒険者界隈では話題になっている。


 「ありがたい申し出ですが、今はギルド職員として精一杯がんばっていますので、残念ですがお断りさせていただきます。」


 さすがに3カ月は働くと約束したし、すぐに辞めるなんてできない。拾ってくれた恩もある。


 「そう…残念ね。私たちはカインさんのことをすごく評価してるのよ。アタッカーもサポートもできて。加入してくれたらすごくパーティのバランスがよくなると思ったのに。」


 エルフ美人3人組にパーティ参加を誘われるのは光栄だ。エンリルの弓矢は3人ともエルフという種族ということもあり、前衛が不足しているのだろう。


 「休みの日は助っ人でもなにかしら手伝えることもあるかもしれないから言ってくれ。ところで、検品は骸骨ロードの刃だと明日には検品が終わると思うから、明日の午前中にでも来てほしい。」


 「ありがとう。明日受け取りにくるわ。それに、お言葉に甘えて今度お誘いさせていただくわ。ちょっと面倒な依頼があってすごく困ってるのよ。」


 「そうしてもらえると助かる。なにせギルドは人手が不足中だからな。宿屋の部屋番号を渡しておくから連絡してくれ。」


 「こちらこそ助かるわ。今日の夜にでもお邪魔させてもらおうかしら。」


 じっと目を見つめながらミナトから連絡先を渡される。それにしてもエルフは美形だというのは間違いない。太陽のような金の髪。宝石のような目。色気を感じる眉毛。スラッとした姿は誰しもとりこにする。絶世の美女と言っても過言ではないだろう。


 「19時以降であれば大丈夫だが、あいにく狭い部屋だし、少なくとも休日しか手伝えないぞ。」


 「それでも十分よ。それじゃあまた後で。」


◇ 


 それから遠巻きに見ていた他の冒険者も受付を済ませていった。カインには直接なにも言わないのに、なにか聞きたげな目で見られるのはすごく気になる。


 17時の鐘がなりギルドが閉まる時間となった。やっと長い一日が終わる。


 「カインさん。今日はお疲れさまでした。」


 「こちらこそミントさん今日はいろいろと教えていただきありがとうございました。」


 「私はちょっとしか教えていないですよ。それにすごく仕事も早くてさすがカインさんです。明日からもよろしくお願いしますね。」


 僕はうなずくと、ミントさんは満面の笑みで話しかけてきた。


 「よかったです。初日で冒険者にやっぱり戻りたいと言われたらどうしようってずっと不安だったんです。」


 「拾ってもらった恩もありますし、そんな急にやめたりしませんよ。まずは業務を全部こなせるようになるようにがんばります。」


 ミントさんがギュッとカインを抱きしめた。


 「カインさん。私はカインさんと一緒に働けて本当に幸せなんです。知らない人から嫌な事を言われたりするかもしれませんが、私が守ります。」


 急に抱きしめられ動揺する。心臓の鼓動が早くなる音を感じた。


 「ミントさんありがとうございます。僕はがんばりますよ。メンゼフさん、マンゼフさんにも恩返ししないといけませんから。」


 ミントさんの頭をぽんぽんする。もふもふのミントさんには癒やされる。


 「あんたたち。営業時間が終わっててもここはギルドよ。いちゃつくのやめなさい。」


 メンゼフさんが扉の奥からこちらをじっと見ている。


 「私にもカインちゃんをギュッとさせない~」


 慌ててミントさんがカインから離れる。メンゼフさんに抱きしめられると筋肉がすごいし胸毛が顔に当たる。


 「メンゼフさん痛いですって。」


 「なにを言ってるのよ。あんたはわたしたちから愛されてんのよ。減るものじゃないし良いじゃない。それにしても、あんたいい筋肉してるわね。」


 「冒険者だから鍛えているのは当たり前ですよ。」


 ふっと力を入れ、メンゼフさんの抱きしめを力でほどく。


 「この後予定があるので、ミントさん、メンゼフさんお先に失礼します。」とあいさつし、ギルドを後にした。


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