【KAC202211】消えた猫の行方

井澤文明

日記

「柚子姉ちゃんの部屋から日記が出てきた」

 荷物で溢れる姉の部屋で私に弟の享は言う。

 私たちの姉・柚子は、つい数日前、交通事故に巻き込まれ、突然亡くなってしまった。そして私と弟は、両親が姉の葬式の準備や死亡後の手続きをしている間、姉の遺品整理を任されたという訳だ。


「日記は見ない方がいいんじゃない? プライベートなものだし」

「でも、猫観察日記ってあるよ?」


 弟の手にあるノートの表紙を見ると、確かに姉の字で『猫観察日記』と書かれていた。


「近所の猫を観察してたってこと?」

「でも、ここら辺って猫がいそうな場所ないよ?」


 私たちは首をかしげる。


「とりあえず、読んでみる?」


 弟はそう言って、私の返答を待たずにノートの1ページ目を開いた。そこには日付と文字が書かれており、下の方には猫の絵まで描かれていた。


『2月25日 今日から猫を飼うことにした。めっちゃ可愛い。癒し。』


「───猫を、飼ってたの?」


 弟と私は言葉を失う。そして急いで家中を、日記に描かれた三毛猫を探し回った。でも家に猫が飼われていた形跡は全くない。あるのは猫のグッズばかりだ。


「放し飼いをしていた、とか?」

「放し飼いでも、家にキャットフードもトイレもないのはおかしいよ」


 私たちは頭を抱える。


「お母さんなら何か知ってるかも。電話してみよう」


 私は携帯電話を取り出し、母に連絡をした。だが、母も猫のことを知らなかったようで、驚きの声をあげた。


「あの子、ずっと猫欲しいとは言っていたけど、本当に飼い始めていたなんて知らんかったわ」

「でも部屋に猫を飼ってたような形跡がないんだよ」

「でも日記には飼い始めたってあったんでしょ? 大家さんにでも聞いてみたら?」


 母に言われた通り、私たちは姉のアパートの大家さんに電話をした。両親とそう歳の変わらない女性だった。


「大原さんが猫を?」

「はい、日記にそう書かれていて」

「おかしいわね、うちってペット禁止なのよ。お隣さんからも特に苦情なんて来ていなかったし」


 私たちはまた行き詰まってしまった。

 姉の友人なら何か知っている可能性があると思い、今度は姉と一番親しかった人に連絡を入れた。


「柚子が猫を? ああ、あれか」

「知ってるんですか!?」


 電話越しに姉の友人の大きな笑い声が聞こえてきた。


「あーおもしろ、家族にバレてやんの」


 事態をうまく理解できていない私は聞き返す。


「えっと、姉は何をやっていたですか?」


 まだ笑い続けていた友人は、息絶え絶えに言葉を返す。


「ああ、あいつ、猫を飼いたかったけどお金ないから、『猫を飼ってるっていう妄想』を日記にしてたんだよ」

「猫を飼っているという妄想?」

「そう、妄想。それを日記にしてたんだ」


 別に知らないままでも良かった姉の一面を見てしまって、私たち姉弟は姉の友人にお礼を言った後、黙って日記を元あった机の奥にしまったのだった。

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