第4話 仕事ですか?
そして電車だ。
朝一に出たため遭遇すると思っていたが、人の群れ。
いや、時間帯がズレているおかげで減っているが、いつもながらこれはうんざりする。
ここは決して引かぬ勢いが大切だ。
セクハラにならない程度のボディブローと一緒に乗り込んであとはひたすら耐える。
そして目的地になれば再びの押しあいへし合いで外へと出る。
ネットでの自宅仕事が増えていたせいで、この移動の手間と体力を一気にもっていかれる疲れを久しぶりに味わった。
松山はそういう意味で車が基本の移動手段なので、こういう人の群れのしんどさは少なかった気がする。
なんとか会社の最寄り駅で降りて、歩いていると
「ひーひー、もうやーんです」
猫がギブアップ宣言している。
「会社にはどうしても顔を出したいのですが」
「ひぃーん」
「耐えてください、これも妻の務めです」
「政さん、それいったら私が我慢すると思ってるでしょ」
「思ってます」
真顔で答えると猫がもぉーと声をあげてしょぼんとしている。
そんな猫を尻目に政は会社に向かった。久しぶりにやってきたその建物はやはり圧倒される。人込みや建物のごてごてと溢れているのもそうだが、やり手の社長が企業を拡大しつ、売上につなげているのだから本当に恐ろしいと思う。
「おっきい」
「一応、企業としては大手ですからね」
「政さん、実はエリートなんですね」
「実はなく、エリートですよ」
「はう」
などとやりとりをして受付を通り抜けていると
「あー、先輩~」
エレベーターから犬が現れた。
いや、飯田だ。
栗色の髪の毛にわんぱくな少年がそのまま大人になったような好青年。それが飯田だ。明るく、どんなときも声がでかい。
今もでかい声で呼ぶもので、社員たちがなんだなんだと視線を向けてきている。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました。すいません。今すぐ、手続きを」
「みんな待ってますよ」
「あ」
荷物をさっと奪い取って、飯田が歩き出す。
「みんなっていうのは」
「そりゃあ、みんなですよ。同じオファス仲間でしょう!」
「はぁ」
自分は急いで総務課にいって有給消化についで四国部に行く打ち合わせをしたいのだが、これはどうも抗えないと踏んだ政は諦めて飯田のあとについていった。
飯田は一人で仲間たちのことを話して楽しそうだ。
政はもともとシステムエンジニアとして、いくつかチームを組み、リーダーを務めたりもした。
小さなアプリを開発にも携わってきた。
主にプログラムの確認もするが、メインとしては顧客の概要を聞いてそれをまとめるための仕事だ。
政は人との接することが苦手だと常々思っているが、どうも仕事をよくふられる。
オフィスに行くとよく通話にいた小竹、矢野、濱口、嬉野とフルメンバーが待っていたのに驚いた。彼らは何度もチームを組んできた仲間だ。
「おー、おかえりー」
「まってたわよー」
「みかんおいしかった?」
などと声をかけてくるのに政は、はぁ、まぁ、と声を返しながら困惑していた。ここまで歓迎されるものなのか。
「おかえりー、犬山くんっ!」
感動の声をあげたのは湯本だ。
政がやりあって左遷させた上司のかわりにやってきた彼は眼鏡に天然パーマらしくふわふわとした黒髪に人の好さそうな顔で政に近づいてくると、がしっと力強く肩を掴んできた。
「待ってたよ! さっそくだけど、教えてほしいことがあるんだよねっ」
「はい?」
「ほら、こっちの仕事の資料と、こっちの」
「……休みに入る前にある程度片付けてきたはずですが、それに、これはお得意様の杉山さんですよね? あの方が問題が?」
「おおありだよー! あの杉山さん、いってることが一転二転してさー! もう無理、それ無理っていうことするし、それでもプログラマーたちにお願いしたら総スカくらうしっ」
「はぁ」
「みんな犬山くんがよかったとか思ってそうだし、う、うう」
泣いている。
どうも情動が元気に混乱しているようだ。
「湯本さん、犬山さんの仕事やろうとするから無理でちゃったみていなんですよねー」
横にきた飯田が苦笑いしている。
「犬山さんぐらいですよ。ああいうめんどくさい人たちをあしらって仕事をすすめちゃえるの」
「めんどくさい?」
「杉山さん含め、犬山さんが担当していた人たちですよー。自覚ないんですか? あの人たちの注文、かなりめちゃくちゃでしょ。けど、犬山さん、打ち合わせのとき、無理なものは無理ってきっぱりいうし、プログラマーさんたちには出来ることしかふないからー」
「それは普通では」
「いやいや、ふつーじゃないです」
飯田がきっぱりと言い切る。
エンジニアとしてプログラムを組むことも、いじることも、バグがないかの確認もするが、基本メインは客との打ち合わせがメインになることが多い。彼らも望むものを作るために打ち合わせと提案を行い、それをまとめることが仕事の一つだ。
「ほんとだよ、犬山、お前自覚ないかもしれないけど、前の河崎のとき意地悪く、めんどくさいやつばっかり担当させられてたんだぞ」
小竹が同情のまなざしを向けてきたのに政は目をぱちくりさせる。
「むしろ、ここ最近は犬山くんがめんどくさい客をいなしてくれて、逆に虜にしていた気がする」
「そうそう、嘘つかないし、見栄もはらない。だから信用できるってみんないってるの、お前、知ってた?」
続いて矢野、浜口たちに言われてさらに驚いた。
「そうでしょうか?」
「自覚しろよ、政」
本気で心配する顔の嬉野にはぁと返事をしながら湯本が、たすけてよ~と声をあげてくるのに、はいと返事をしつつ、いない間に湯本がやろうとして出来なかったと溜まっていた仕事の確認をする。
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