第3話 ここが東京
東京に帰ってきた政の第一印象は、人が多いの一言だった。
まず、飛行機から出たとたんに人の多さに圧倒された。松山も人口としては多いはずだが、やはり密度が違う。空港の人の多さとがやがやとうるささは忙しさにもなり、なかなかに気が休まらない。これが日常として当たり前みたいに生活していたのだと思うとわりとハードな日々を過ごしていのだたなぁとぼんやりと思ってしまう。
まだ眠っている猫を落とさないように片腕にしっかり抱いて案内に従って空港の外二出る。ここからは電車で市内を目指すだけだが、そうこうしていると猫がぱちりと目を開けた。
「あ、あわわわ」
怯えた声に政は視線を向けた。
「これは、またすごい」
「ふつーですよ」
「ふつー……ですか?」
「松山では見ないですね」
空港から電車で出ており、そこにのって移動するのは確かに松山にはない光景だ。
それも電車も数分に一本出ているので、あまり待たない。これが松山だと電車は下手すると一時間に一本ということもざらになる。
人混みの多さに猫が怯えてしがみついてきたので、落ち着かせるためにもそっと懐にしまい込むように抱きしめる。
人に見えないが、こうして自分だけが見えているからこそ、注意する必要がある。
なにせ、今日は休日で、時間帯はわざとずらしたが、電車のなかで人混みはざらだ。ぎゅうぎゅうのすし詰め状態は慣れた人間でも圧迫死を覚悟するほどだ。そんななかに今でも震えている猫が入ったら一発で気絶する。
人混みを出来るだけ避けるコースにしたのは正解だった。
電車を降りても猫は不安そうにしがみついてくる。
「人がいっぱいです」
「そう、ですね」
小声で政は言い返した。
松山はここまで人も、建物も多くなかったと思い直す。
建物がごみごみと集まり、外に出るとガス臭い。
匂いが違うというのは、はじめて知った感覚だ。それだけ松山の空気が澄んでいたのだろう。
他者を圧するほどの巨大な建物にひゃあと言いながら猫が爪をたててきた。
「東京タワーみたいんじゃなかったんですか?」
「見たいですけど、大きすぎます、この街のものはすべて」
「まぁ、確かに」
「東京タワーもおっきいんですか?」
「一応、……今はスカイツリーのほうが大きいじゃなかったですっけ? あれが出来て東京タワーもだいぶ観光客が落ち着いたらしいですが」
「ほぉ。やっぱり有名人は多いんでしょうか」
「それは……期待されても」
こんな人も物も多い場所だったのか、自分がいたのは。けれど人は適度な距離をとって離れている。冷たいわけではなくて、距離感のとりかたが田舎よりもずっと遠慮深いのだと思いなおす。道を歩くにしても人にぶつからないように注意するし、会話なんかで人と関わるにしても。
自分は東京のことが嫌いではないのか。
政はそこまで思い至りちょっとだけ驚いた。自分に故郷を思う気持ちがあるとは予想していなかったからだ。けれど今確かに松山と東京を比べて、ここにはここのいいところがあるのだと再確認して、良いところだと思いなおしている。
離れがたいというほどではないが、それでも寂しさは一瞬だけ浮かんだ。
「政さん」
「はい」
「政さんの故郷、すごいところですね」
「……そう、ですね」
自分は、この街をちっとも知らない。それがひどく申し訳ないとも思えてしまった。
今更だ、なにもかも失って、再びこうして気が付く。
否、猫が今は一緒にいてくれている。だったらここをもう一度知って、好きでいる、ということもできるのではないかと思い直した。
自分はどうやらわりと諦めが悪いらしい。
「落ち着いたら観光、しましょうか」
「いいんですか!」
「はい。俺も、この街についてもっと知りたいです」
「楽しみです!」
猫が嬉しそうに笑うのに、政の心もほころんだ。
「では、猫、今から」
「はい」
「一緒に地獄に落ちますよ」
「はい?」
がしっと猫の胴を抱えて政は歩き出した。
「ふ、わわわわ。はやい、はや、あたる、あたるって、ひゃー」
「しっかりと捕まっていてください。駅は足を止めたら迷いますよ」
「ひゃーい」
猫が悲鳴に近い声をあげている。
政としては普通に歩いているつもりなのだが、猫にとっては早いらしい。思えば松山にきた当時、電車にバスが限られているため、レンタカーばかり使って歩いていることがほぼなかった。
しかし、もともと東京育ちの政は普段は電車で移動している。それ以外は基本歩きだ。下手すると一キロくらいは平気で毎日歩いていた、気がする。
そして猫にも口にしたが歩みを止めるのは、後ろの人に邪魔になる可能性が高い。
小学生のときから学校には電車で通っていたおかげで駅のことは頭に叩き込んでいるし、電子掲示板を確認しながらルートを脳内で直し進むということもお手の物だ。向かい来る人を避けながら歩くスキルもある。
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